そんなアイロニー!
藤の鼻血は収まったのだが、俺のが本当に酷くて一人で保健室に行きました。
うろちょろしている間に海棠と栗林が帰ってなかったら良いけど。
それにしても藤とゲッツーさんは仲良さそうにしてたな。藤って女子に好かれる才能とかあるのか? キヨとかめっちゃ好いとう、ごめん、適当な方言使った。
「すいません、先生いますか?」
保健室には常に二から三人の先生が常駐している。なので、まあ惨状を見てくれれば大丈夫。
先生が心配そうに鉛筆と小さな紙を渡してくる。怪我をした場所とか症状を細かく書く紙らしく、冷静に考えてみると何の意味があるのかわからない。
怪我をした原因、なんて書こう……。どう考えてもゲッツーさんの暴力なんだけど、それ書いていいのか? こけたとか適当なこと書いてもなぁ。
べっ、別にゲッツーさんのこと庇ってるんじゃないんだからね!? ただ後で殴られるのとかが本当に怖いだけなんだからねっ!? この喋り方って本当に印象操作できそう。これで俺が女性に気を使う紳士というアピールもできた。でも、本当に暴力振るう女って怖い。
おばちゃん先生の入念な鼻チェックの結果、折れてないけど安静という曖昧な判定が出た。触っても痛くないとかその辺は重要っぽい、知らんけど。
ま、普通に両鼻にティッシュ詰め込む無様な姿を見せつける訳だ。ゲッツーさんに辱められた。
ともかく治療は済んだ。一度教室に戻り、藤がいるか確認して、いなかったら帰る、でよし。
しかし地理が悪かった。
生徒会と保健室は隣にある、といっても生徒会に問題はなかった、ただ保健室から見えた外に、興味深いものがあった。
外にある体育倉庫の隣、外トイレの見えにくいところ、クロと読書ちゃんが珍しい立ち話をしている。
それだけなら実は付き合ってたのか!? とか意外と仲良いんだな……で済むのだが。
読書ちゃんが立ち読みしているブックカバーの本から右手を離すと、軽やかにクロの頬を打った。
その後は何か言ったのだろうか。言ったとしてもよほど短く少ない言葉であろう、すぐに読書ちゃんは帰ってしまった。
クロは茫然と立ったまま向こう向いているし、読書ちゃんは前髪長くて目が見えない、一体二人がどんなことがあってどういう経緯でこうなったのかが気になる。
すぐ傍の木とクロの短めの髪が風に揺れていて、青春の一場面という印象がある。
ただ分かることは……いやないわ。
俺、あの二人のことは何も分からない。びっくりした。
部員だし、クロとはちょいちょい喋ることもあったが、俺達は全く自分のことを話さない。
精々クロが馬鹿みたいに性善説を語るような奴だというくらいしか知らない。
一度二人揃って休むこともあったが、あの二人が特別仲良いとか悪いも知らない、だから今後どうなるかも分からない。
他人のゴシップを気にする俺ではない、あの二人がどうなろうと知ったこっちゃないな。
……藤にバレたら怒られそうだから、報告ぐらいはしとくか。
ここ最近、コンビニには色々と嫌な人がいるので近寄りません。直帰です。
あ、もちろん藤がいないか教室には戻りましたよ。でも誰もいなかったんです。
さてと、下手に出る癖は抑えて、バックホーム! これゲッツーさんの影響だね。
家の前に自転車が停まっている。大きさと色的に、高校生くらいのものと見た。ほら、大人はおとなしい色だし、子供のは小さいし。
うちに来る人なんて検討つかん。姉貴かな?
と、なると、当然警戒する。家に帰ったことすらバレないように。
俺は音を極力立てず、裏口からの侵入を試みる。姉貴には虫退治のお礼をしなければいけないとかいうのがあって、会うのを極力避けたいのだ。
マジでGのあれのサービスをしたくない、略してMGSごっこである。いやマジで頑張るスパイごっこでもいいかな、MGSなら何でもいいんだ。
だが俺は真剣である。裏口からきったない廊下を匍匐前進する程度には本気。リビングから聞こえる女性の声は……二つ。
この声は間違いなく姉、しかしもう一つは……藤?
聞き耳を立てる、二人の会話は筒抜けであるぞ。母は今日もどっかでカウンセリングだろう。
「いやぁ、いいんですか、本当に入っちゃって」
「気にしないの、なんなら私だって追い出されるかもしれないし」
会話は丁度今始まったらしい。我が家と反対方面の藤がついでで我が家に寄るわけがないし、たぶん帰省した姉貴とばったり会って、来た、みたいなものだろう。
「それにしても伊津男くんはどこに行ってるんでしょうね?」
「もう、芳乃ちゃんったら……私がいる前で他の男の話しないで」
この姉貴の喋りはお仕事で培ったのかな? 哀れすぎて何も言えねーぜッ!
それか、藤に本当に女に好ませる才能があるかどうかだな。信憑性増してきた。
「そうですね、折角ですし、闘華さんとお喋りします」
「やったー! 芳乃ちゃん大好きっ!」
「わっ!」
どたどたと倒れる音が聞こえる。姉貴の愛情表現が過激な様子が聞こえる。藤が、この飯野家を篭絡している……。
おっと、なんだか特段小さな声が聞こえる。より耳を澄まし、距離を近づけます。
「……お姉ちゃんって呼んで?」
姉貴の色香攻めだ! 近寄り押し倒し距離を縮める戦法! 姉貴は見境ないな……。
「それは……なんだか恥ずかしいです……」
お、この藤の発言は録音して目覚ましボイスに設定したい。
「良いじゃん良いじゃん! 別に伊津男と仲良くしてるんでしょ? 結婚、あるでしょ!?」
急に姉貴がでかい声を出す。
結婚、か。これは俺がいない時の話を聞けて得だ。
藤は、俺のことをどう思っているのか、姉貴の前なら藤の本音が聞けるかもしれない。
「結婚ですかぁ、あるといいんですけどね」
「なぁに、その言い方? まるで望み薄いみたいな言い方。芳乃ちゃん次第でしょ?」
「いやぁ、流石に私から告白とかプロポーズはしないので。伊津男くんにその度胸と踏ん切りがあれば、イエスなんですけどね」
「踏ん切り?」
「踏ん切りついていないと、私は断ろうかなと」
どういうことかと疑問を憶えたが、それは姉貴も同じだった。
「ちょーっちょちょ、それどういうこと!? 詳しく詳しく!!」
姉貴はめちゃくちゃ狼狽しているようだが、俺もそれくらいに狼狽はしてました。断るなんてなんで!? 本当にどういうことか詳しく聞きたい。
「伊津男くんって、ショタコンじゃないですか?」
「うん。それ今関係ある?」
「彼のそれ、割りと本気じゃないですか?」
「それは知らんけど」
それは俺も知らん。ショタ好きだけど、女も好き。
「それでですね、私は彼が少年が好きなところに惹かれているわけですよ。もっと言うと、それを全面に押し出していた孤独だった時。一人の時の彼の鬱屈とした瞳、この世に希望も何もないかのような表情、疑念と、不安に塗れたような、そんな暗くて、けれどこの世のどこかに一縷の光を見つけたような感じが好きだったんですよ!」
「ごめん、全っ然わかんない!」
俺も、全然分からない。俺、そんなに闇の力に目覚めそうな感じしてた?
「でも、そんな彼に近づくと彼は段々と普通になってきている。好きな彼に近づけば、彼は好きな彼ではなくなってしまう、そんなアイロニー! だから悩んでますね」
そんな風に、藤のあっけらかんとした声を聞いた。
そんなこといっても、ワイどないすりゃええねん。好きなものは好きだからしょうがないって、藤の管轄でしょ? 今さら見捨てられたら本当に闇の力に目覚めかねない。
そもそも藤が俺を普通にしているんじゃないんですか? 今までの行動の意図は?
「そんなぁ……じゃあ、芳乃ちゃん、私と結婚しよ?」
姉貴がなんか変なことを言っている。でも藤が義姉になるとしたら……ううむ、悪くない。悪くはないが。
「そうですねぇ……今日はもう帰ります。あんまり居座ってたら、伊津男くん、警戒して帰ってこなさそうですし」
「いやいや、たぶんもう帰ってるんじゃない? 話聞いてたりして」
姉貴と藤が何を考えているのかはよくわからないが、少なくとも俺のことを大体把握していることは分かった。
……怖い、本当に。




