ゲッツー・ザ・レーザービームと鼻血の放課後
テスト期間といえど、アニメは見る。
このテストが終われば長い休みが待っている。全力をもって良い点とって勉強を進め、そこそこの大学に行くのだ!
でもアニメは見るのだ。三十分だけだし、なんなら単語帳とか見ながらアニメ見てるから許されるはず。
授業が全て終わり放課後、この土日で何をしようかな? 英語の教科書を写すとか、世界史の人間を覚えるとかかな、数学は勘弁。
と、クラスからこんな声が聞こえる。
「櫂斗ぉ、今日スタバ行かね?」
「お前な、テスト期間だぞ、勉強しなくていいのか?」
「何言ってんだよ! 駆け抜ける青春は今だけだぜ?」
無表情な海棠も、露骨に嫌そうな顔をしている。けど栗林はそういう時だけは本当に空気を読めない。もしかしたらあえて読んでないのかも。
「陸也、あんた本当に大丈夫なの!? そうやってまた夏休みに補修とかなったらどうしようもないよ?」
「大丈夫だってぇ、今回は俺をマジ、信じてくれちゃっていいんだぜ!」
みんなもわかるだろ、なんか言っていることが既に馬鹿っぽい。
ちなみに栗林は中学の頃から似たようなことを言ってきたが、たった一度も漏れることなく駄目だった、信用はできない。海棠とか牛山さんが意外と真面目な分、一層性質が悪い。
「イッツショウタイム! どう、最近?」
名前を呼ばれたかと思いきや、ショーが始まっていた。というのは冗談で放課後に珍しく藤が来た。
「最近? テスト前しんどいです。そういえば藤は勉強できるよね? どんな風にしてるんだ?」
「普通に授業受けて、毎日ノートと教科書で復習して……うーん、割りと普段の勉強を大事にしているかな。でも勉強時間は長いと思うよ? 時間をかけたら大体なんでもできるんじゃない?」
意外とまともな返事に驚いたけど、内容は驚くほど地味。でも勉強はそういうものなのだ。
学問に王道なし、勉強とは別に世界史で歴史の人物を憶えることも、中途半端な英語を喋れるようになることも重要ではない。
重要なのは、机に向かう精神力と努力し続ける根性、なんて言う人もいるのだ。
俺も勉強は物事の暗記とかじゃなくて、そうすることにより思考力を鍛えるとか、そんな感じだと思っている。
ま、勉強の意味は自分で見つけるものだって姉貴も言ってた。たまに真面目なこと言う。
だから栗林に勉強を教えるなんて必要ないだろう。栗林自身が勉強をしようと思わない限り、それを教えることなんてできるわけがない。
「それじゃ藤、帰ろう!」
「おお、積極的。芳乃ちゃんとは呼ばないんだ」
なんか興味深そうに言われたけど、芳乃ちゃんはピンと来ない。
「ピンと来ないんだよね、呼び方が」
「でも、いつまでも藤、藤、じゃちょっと悲しいな」
「そうか、へへへ」
なにこのカップル、俺、幸せなんだけど。
俺と藤が廊下に出ると、ババババと激しい音が聞こえた。乱射されてはないはず。
「ちょっといっつん! 約束が違うじゃない!!」
気の抜けるような呼び方ながら、この声聞くだけで強気な奴と思わせる甲高い声、藤とはえらい違いなんだよなぁ。
「約束とは言うけど、今朝『じゃあもう良いわよ馬鹿』つって怒ったのは誰?」
ぼかぁショタコンであってもマゾやあらへん、こんなキーキー言われても喜ばんのや。
「知らないわよそんなの! 櫂斗の友達ならあの馬鹿の友達でもあるわけでしょ!?」
あの馬鹿、の部分はだみ声みたいな言い方だった。そんなにイントネーションつけてあげるなよ、同情しちゃうだろ。
「こっちこそ知らんよ! 海棠とはお情けで友達だが、友達の友達は友達じゃないんだよ!」
それが俺流、友達の友達は知人か他人か。少なくとも友達じゃあない。
「伊津男くん、伊津男くん」
「なんだい芳乃ちゃん?」
今のはそう言える雰囲気だから言った。
藤は一瞬だけ、ほんの小さく目を見開いたけど、いつも通りの作り笑顔になった。
「友達の友達は、お・と・も・だ・ち」
「…………マジすか?」
「マジもマジ! 牛山さんの言う通り、友達の友達は友達なんだよ? ね牛山さん?」
「そ、そうよ! なんだ、藤さんも良いこと言うじゃない、見直しちゃった」
へーい、とゲッツーさんと腐女子がハイタッチ、マジで藤さんのコミュ力がパナイ。
「いや、藤がそう言っても俺は違うから……」
俺を睨む二人の女子、こ、これだから女は……なんて言うと本当にホモみたいだからやめる。でも子供の純真さに惹かれる理由はお分かりだろう。はぁ。
「私は伊津男くんが自分の生き方を決めたって言うなら、別に良いんだけどね。分からないなら手伝ってあげなよ」
「どうしてそんな話になるの……?」
疲弊しきった様子で俺が訊ねると、藤は堂々と言い返す。
「何事も経験! とりあえず何でもやってみ」
バキューンといわんばかりに藤は指鉄砲を打ち抜く。可愛すぎて心臓がドキュンですわ。
「ううむ、悩ましいな……。くりりんの勉強嫌いなんて、俺にやる気があっても意味ないからな」
「それは、私も手伝うから!」
ゲッツーさんが潔く言ってくれる。でもなぁ……。
「藤、実は中学時代にも陸也の勉強を見ようと、俺達三人で色々やったんだよ。勉強法とか、色々と。でも結果は惨敗だ。あいつはどうしようもない」
「諦めるの?」
「諦める。ちょっとあいつはしんどい。きつい」
結局の所、栗林は昔から何も変わっていないのだ。ふざけた態度も、馬鹿な発言も。
みんながいるから、と言いこの宵空高校に入学して、みんながいるから文系に来て、結局あいつは友達が大切なだけの、やる気も何もない奴なのだ。
友達を重要視することは、まあ悪いことではないが、あいつみたいに自分をないがしろにするレベルで重要視するのはいけない。何事も中庸が一番。
だってさ、いつか裏切られるかもしれないんだぜ? 俺みたいに。まあ俺は裏切られたというか、見限ったというべきか。
「本当に何もかもやりつくしたの? それで無理だったの?」
藤が聞いてくるから、俺は覚えている限りを言う。
「お菓子で釣ったり、みんなやってるから、と麻薬みたいなキャッチフレーズ使ったり、後は将来ヤバイとか将来便利とか」
「絶交する、なんてことも言ったわね」
ゲッツーさんの言葉を受け、更に俺は思い出した。
「そりゃあもう、脅しみたいなことから暴力みたいなことまでしたものさ」
「なるほど、それじゃ脅しと暴力はしてないのね?」
藤がきゅぴんと眼鏡を光らせた。
冗談……じゃ、なさそうなのが藤さんの凄い所。
「もう、どうせなら伊津男くんが疎遠になる前に『お前が勉強したら、ショタコン我慢してやるから』みたいなこと言えばよかったのに」
「いや、そんなコミカルなシーンじゃないから。シリアス爆盛りだから」
本当に藤は人のトラウマをがんがん抉ってくる。俺、この人と付き合っていいん?
実際、藤・悪女説とかあるけど、海棠達とよりを戻してくれたわけだし、藤がどういう人間なのかはよく分からない。
腕を組んだ藤は満足そうな顔で大きく頷くと、溜息と共に言う。
「それじゃ、次やることは決まったね!」
ゲッツーさんがまさか、という表情だが、何も言わない。いや言えない。
「藤、一つだけ聞いておくけど、何する気?」
「まず見てて欲しい。そしたら栗林くんを止めて」
言いながら藤はぐっと力を込めた二の腕を見せた。いやいやいや。
「な、に、す、る、気!?」
牛山も凄みを利かせるが、藤はなんてことないように笑っている。
「ちょっと私の手に頭突きしてもらうだけだよ」
「藤、駄目だ!」
そう言うと、藤の顔から笑顔が消える。ま、そりゃそうだ。
「藤さん、あまり無茶と危ないことは止めた方が……」
「伊津男くんっ! 後ろっ!」
突然の驚いた表情の藤と叫び声で、俺も思わず後ろを振り向く。
だが何かを確認する前にゲッツーさんと藤の方から思い切り地面を蹴る音が聞こえて悟る。
「ちょ、藤!?」
「藤さん!? 正気!?」
しかし、あの太腿を高く上げ、両肘を九十度くらいに曲げて、掌を手刀のような形にして走るのだから正気どころか本気だろう。スカートの下が見えそうで見えない。
俺が追いかける前に、ゲッツーさんが上履きと靴下を脱ぐのが見えた。綺麗な足ね。
それでもう、走る気をなくしました。
学校の上履きはサンダルで走りにくいし、正直なところ栗林を一発くらいぶん殴って欲しいし、何より――牛山が走るなら問題ない。
説明するならさっきと同じようになる、高く上がる腿、腕はピシッと九十度くらい、掌は風を切るような形、それでもどちらの方が走る姿として美しいかと問われたら、誰もが牛山の方だと言うだろう。
女子ソフトボール部一番センターのゲッツーさん、あんまりゲッツーは取らないけどバックホームのレーザービームは凄い。数十メートルの距離、物凄い速さで硬球を投げることができる肩の持ち主なのだ。
だが一番で最も広く、カバーに入らなければならないセンターというポジションを守るだけあり、スタートダッシュと加速は陸上部にも引けを取らない実力者。
牛山の走りは本当に凄い、見てると速いなぁと思うほどに速い。俺、専門家じゃないからそれくらいしか言えないけど。
みるみる藤と牛山の距離は縮む。たださっきのところと教室との距離があまり遠くないので、どっちが勝つかは……。
おーっとここで牛山さんの豪快なタックル! 月宇という雄雄しい名前に似つかわしい豪快な突撃が藤の背中に直撃し、ともに前のめりに倒れる!
そして俺は見てしまった。めくれあがった一対のスカート、薄緑と白、ありがとうございました。お二人とも綺麗な足ですね。
ではここらで勝利の雄たけびを一つ上げさせてもらいましょう。
「イエス! 高須クリニッギャアアアア!!」
両手でサムアップした俺の顔面に直撃したのは、藤の足から取られたサンダルによる、ゲッツーさんの全力の右投げ。
まさかついさっき説明したばかりのレーザービームの餌食になろうとは思わなかった。パァン! と思い切り地団駄踏んでも鳴らないような音が響き、俺の鼻からはダラダラと鼻血が流れる。
「この変た……いっつん!?」
いっつん!? じゃないよ、君がやったんだよ。俺のこの血みどろの惨状は君がやったんだよ。
というか藤も大丈夫か? 思いっきりタックルされてこけてたけど。
ひとまず、左手で鼻を押さえ、ふらふらと近づく。
「藤、藤は大丈夫か?」
無論、鼻声。自分でも思うけど、血だらだら出してふらふら手を前に出して歩く姿は軽くホラー。ってか鼻、折れてないよなこれ?
「ちょ、ちょっと寄らないでよ……」
ゲッツーさんが引いている。俺はこの女にドン引きだ、暴力的ヒロイン反対。精神暴力の藤とどっちが勝つかな……。
そこで藤が立ち上がるのが見えた。
綺麗な眼鏡をスチャ、と直し、こちらを真顔で見つめた。
ただし、鼻血が垂れている。
真顔から、藤の顔がゆるやかに驚愕のそれへと変わる。
「なんで鼻血出してるの!?」
「ホントに、なんでだろうねぇ? 藤も出てるけどねぇ!」
ゲッツーさんに皮肉タップリの視線をやる。
ゲッツーさんは顔を反らし藤を見るが、藤も鼻血が出ているのですぐに顔を反らした。
「藤、そいつを抑えて。ちょっとこの惨状を見せてやらないと……」
「伊津男くん、同意見」
「ちょ、ごめん、ごめんって! 本当にごめんなさい! だからその顔を向けるのは……いやああああああああああ!!」
散々ゲッツーさんを弄ったあと、三人で教室に戻った。
ちなみにゲッツーさんの放った藤の上履きのことを考えると、間接顔面踏みであって、ドエムならば興奮間違いない。でも俺違うから鼻が痛くて正直泣いた。




