激闘編エピローグ
金曜日、ついにテスト一週間前である。
俺はテスト前になってから勉強を始めるタイプで、普段は先生の指示通りの予習とか、小テストの勉強を十分休みにするくらいである。自由に遊ぶことも、一つの勉強だと思っているから不真面目ではない、決して。
「おはよう、伊津男」
「うわ、櫂斗……おはよう」
デカい図体の水泳部部長も、特待生クラスの能力を持ちながらもテスト前は朝練がないらしい。別に朝どころか放課後もしている人はいるのだが……まあどっちが大切かは人次第だね。
「うわ、とはなんだ。うわとは」
「どうしてよりによって昨日の今日で朝に会うんだろうねぇ」
本来なら、朝のこの時間には絶対に会わないはずなのに。
会いたくないわけではないのだが、まあ心の準備というか、ここから教室までずっと一緒に歩きたくないというか。あ、本音が漏れてるね。
「一年間、一緒に来てたからな。お前がいつ来るかは分かっていた」
「本格的に気持ち悪いことを言うなよ。お前とよろしくするのは、藤のためなんだからな」
「そんなよくある台詞いって、本当は海棠くんと仲良くしたいんじゃないの?」
噂をすれば影がさす、という台詞はどうしてなんとやらと言われ続けているのでしょうね。しかし噂をすればなんとやら、その場で間に入ったのは藤芳乃当人である。今日も目と精神が腐ってらっしゃる。こんなに血色の良い肌をしているのに。
「俺は今さら櫂斗だってなんだってどうでもいいよ、藤、君がいれば……」
「女たらしだな」
「うん、たまに発言が気持ち悪いよね」
まさかのコンビネーション、言っておくが、俺の心はすぐに折れる。
「俺、真剣なんだけどな。本当に藤一人さえいればなんでもいいんだけどな……」
「それはそれでヤバくないか?」
海棠が訝しがるが、確かに依存度は強い。学校では藤くらいしか話す人がいないというか、むしろ藤以外を毛嫌いしているから。
普通は隠す秘密事を、たった一人でも理解してくれる人がいるから。安心して依存してしまう。
「私は平気だよ? 他の女に取られるくらいならね。でもまあ他の男の人取るならやぶさかではない」
「やぶさかだよ! 意味はよくわからないけど……」
「ケチるケチらないの意味だから、伊津男くんがやぶさかであるということは、ちょっとケチるけどまあいいか、みたいな意味になるはず、たぶん絶対」
「適当なことを言って俺を陥れようとしていない?」
「いいじゃん、潜在的ホモなんだから」
「藤っ! それは怒るよ!」
ショタコンをネタにされると悲しい。それに割りと気にしているところである。でも別物、別物だから……。
「本当に、仲良さそうだな」
ふと海棠が言った。相変わらず表情はつかめないが、どことなく安堵しているかのような雰囲気がある。
海棠は藤が悪人だと思ってたみたいだから、たぶん俺を利用してるとかなんとか考えていたんだろう。でも仲良さそうだから安心しているんだろう。
実際藤が良い人か悪い人かなんて、俺にも分からない。たぶん藤自身にもわかってない。人を二つに分けること自体馬鹿馬鹿しいと思うし。
にしても、藤を信じきれない俺も情けないが、すぐ安心しちゃう海棠もなかなか世知辛そう。人を安易に信じないのは我が信条である。
「ま、櫂斗と俺よりかは仲良いよ、俺と藤は」
「それはそれでいい。俺は友達で充分だからな」
「それには同感」
むーっと唸る藤を尻目に、俺と海棠が並んで歩く。
なんともむず痒い気持ちになる光景だが、こんなのが現実になるとは夢にも思わなかったし、望みもしなかった。
不思議な感覚だが、不思議と悪くない。
海棠も自然と顔がほころびて、藤もなんだかんだにやにやしている。藤の笑顔は、あれ、俺と海棠が並んでいるからなんだろうね……。
で、俺も自然と笑顔になっていた。
何もかも手に入れるなんて、まさしく主人公のようではないか。
ただし、性癖は変わらない。来週は絶対にけんとくんのところへ……。
テスト一日前ですね……。




