契約の履行
再び生徒会室に、文藝部員と海棠の仲間達が揃う。
手押し相撲に勝った我が願いを、みなの前で披露するのじゃ。おほほほほ。
「勝ったんですね。おめでとうございます、飯野くん」
「……ありがとうございます、部長」
キヨのこの喋り方が、物凄く腹立たしいのはなぜでしょうか? それは彼女が嘘を吐いている時の喋り方だからです。俺のことを嫌う人間が一人でもいるということが辛い。そんでこの人嫌い。
何はともあれ、俺はかねてからの願いを心置きなく言うことができる。
「それじゃ、何でも言うこと聞くって話だが……」
海棠も藤も心中は穏やかではなさそうだ。海棠は普段と変わらないように見えるが、唇を軽くぎゅっと噛み締めて、まるで苦手なテストが返ってくる直前みたいな顔だ。
一方藤は祈るように両手を握って、さながら受験の合否を気にする受験生。いや、藤はもう少し肩の力を抜きなよ。
「それじゃ言います! えー、今後一切、海棠は俺に話しかけないこと、いいね!?」
「そっ、そんなっ!」
これは、藤の台詞である。海棠は顔を下に背けるのみで、藤だけが立ちあがり俺の肩を揺さぶる。予想してたよ。未来予知というよりも先読みの才があるのだ。
「なんで!? ねえなんで!?」
「いや、藤、ちょっと落ち着いて、冷静に考えてみてよ」
藤はさして考える様子も見せず、どんどん捲したててくる。
「考えたけどないよ! その選択肢はないよ!」
「でもさ、もともと海棠がややこしいこと言ったりやったりしたからこんな七面倒くさいことになったんだよ!? もう今後一切喋らなければ問題ないと思うんだよ!」
「部長、飯野くんがこんなこと言ってます! 同級生のお友達同士、喋らないなんてあってもいいと思いますか!?」
「それは……いけませんね」
お前は藤の言われるがままだろうが! だがこの藤の煽り方は、やはり周りの空気を大いに動かす。エアコンってレベルじゃない。
「ま、確かになー。もっと優しくしてやれよ」
「うっさいなクロは。俺だっていろんな考えがあって……」
「いや、マジありえねーわー、なに考えているかわかんねーわー」
「今それを説明してやるって言ってんだろうが! このバカチンが!」
「どんな理由にせよ、普通じゃないわ」
ゲッツーさんにばっさり切り捨てられる。批難の目が辛い。いや、慣れているけど。あ、ゲッツーさんって牛山月宇さんのことです。
ドブもクロも藤も、栗林も牛山も、こちらを見る目は全部マイナスといった感じ。
キヨを別にしたのは、この人はマジでなんか殺意すら篭っている感じがするから。この人本当に嫌いっていうか怖い。
海棠は目を閉じ、我関せずといった感じだ。弁明も釈明も何もないのは実に海棠らしいが、ここらで『いや、俺は勝負に負けた、何でも受け入れよう』とか言ってくれたら本当に嬉しい。
そして、読書ちゃんは名を体で表していた。密かに俺の中で読書ちゃんの好感度が上がってしまった。わが道を行き過ぎでしょ、どんな夢見る若者でも本を読み続けるあなたには負けますよ。
俺は針のむしろ状態で、一息ついた。
「べ、つ、に! 皆さんに認めてもらわなくたって結構です! 俺と海棠の中でだけ約束が守られれば良いですから!」
半ば逆切れみたいなものだ。でも正当な理由で怒っているのだから構わない。クロは、それが俺だと認めてくれたのかすんなり諦めてくれたみたいだ。
だが海棠フレンズはそんな俺を認めてくれない。キヨの殺意も変わらない。何より藤が溜息をついた。
「私……そんな飯野くんは嫌いだなぁ……」
「い、いや、藤がなんと言っても今回は折れないよ!?」
「そんな飯野くん、私付き合いたくないなぁ……」
「そんな馬鹿な!」
思わず叫んでしまった。そしてこのキヨの笑顔、オモチャを買ってもらった子供だってもっと慎ましく笑顔を耐えるよ!
そもそも藤と一緒にいたいから海棠と戦い、勝ったというのに、勝っても別れる可能性なんて微塵も考えなかった。
「何を考えている、藤芳乃」
海棠すら疑問をぶつけた。いや、俺も聞きたい。でも藤が何を考えているかなんて一度も知ったことがない気がする。
「いやぁ、みんななかよく、って素敵だと思わない?」
この人はまた心にもない事を! 口実よりも純粋な想いが聞きたい!
でもたぶん、俺と海棠が仲良くするのを本当に願っていそう。仲良しの度合いが問題なんだけど。
しかし、流石に藤が離れるといってしまった以上、俺も発言を撤回するしかない。だって別れたくない……ていうか別れる別れない以前の問題な気もする。
「じゃあ、じゃあ俺は海棠に何を言えばいいんですか……?」
心を折りつつも、俺は藤に問う。
藤は人差し指を下唇につけて、んー、と唸る。
そしてそのまま手を動かして、こちらに案を示した。
「お友達に戻りたい、とかで良いんじゃない?」
「え、えー……?」
俺はもちろん、海棠も何がなんだかさっぱり分からない。普段から分からない人だとは思っていたけど、今回の藤の考えはやっぱりさっぱり分からない。
悪女と呼ばれたのですよ、あなたは? なに、自分の汚名を雪ぎたいのですか?
でも、俺と海棠以外の人はほとんど納得している。そりゃそうだ、ただの大規模な喧嘩程度にしか思っていないのだろう。
俺は海棠をちらりと一瞥した。海棠も困ったような、微妙な表情を浮かべた。無表情の鉄仮面も、今回は困惑を隠せない。それにしても今回の一件では表情がよく出ていたなぁ。
「……では、お、お友達っ、なんつって……」
あー、死にたい死にたい。空気が、もう空気が……。
「良いのか?」
海棠の疑問はもっともである。俺も良いわけないと思う。でもまあ、藤様の言う通りだ。
「言っておくが、友達っつっても俺は自分から話しかけたりしないからな!? 好きなものとかも全然撤回しないからな!? 何かあればすぐ絶交だからな!?」
我ながら、なかなか屑の発言だと思う。けど海棠はフッと笑った。こいつ普通に笑えねえでやんの。
「ああ、よろしくな、親友」
こいつはすぐ恥ずかしいことを真顔で言う。もう恥ずかしすぎて俺が顔反らすレベル。
「それじゃ、友達同士の抱擁でも……」
「藤、それはない」
なんか、クロとかゲッツーさんとかが親みたいな笑顔を向けてきて正直うざい。しかも、キヨは不服そうに目を閉じている、やっぱ俺も海棠もどうでもいいみたいです。
そして、読書ちゃんは相変わらず読書していました。俺もこの人みたいになりたい。




