火曜日・戦の準備じゃ
社会にとっていかに子供が重要か、というのはもはや議論の余地もない。
子供のままでは無力。しかし将来を担う、永劫の繁栄を守り促進する象徴である。
故に、子供は守られねばならず、教え、伝え、大切に育むのが先人の使命である。
老人の知恵と経験もそれは肝要であるが、それは子供に伝えるために肝要なゆえ、有効活用できない老人にとっては宝の持ち腐れに過ぎない。
青は藍より出でて藍より青し、とは全く言ったものである。人類は先に学び子供を育て永遠永劫の繁栄をもたらすのだ。
言わば人類という超巨大組織にてもっとも利益をもたらす大切な存在こそ子供、老いた者も重要であるが、そういう人こそ若き者の重要さがわかっている。
つまり、まあ、なんだ、子供が好きなら好きなだけ徳が高いと思わない?
「イッツ元帥、ご報告があります!」
「なんだね藤中将、そんなに慌てて」
きりっと軍人のように敬礼する藤に対し、俺はありもしないカイゼル髭を伸ばすような仕草を見せる。これくらいわけの分からないノリに乗れない俺ではない! つか俺、いつの間に元帥にまで出世したんだ……。
「実は、校内に変な物を見つけたであります!」
「ふむ、なんだね?」
バッと藤が取り出したのは一枚のチラシ。
いやチラシというほど大層なものではない、校内のあちこちにある掲示板に張られている一枚のプリントのようなものだろう。
生徒会ニュースとか、学年連絡とか、そんなプリントと似た類であるが、その内容がとても変わっていた。はっきりいって変。
「どれどれ? ……水曜日午後四時半より、校内水泳大会開催、水泳部部長海棠櫂斗が、君達と勝負、参加者募集……とな?」
水曜日と言えば、俺と海棠が戦うという日である。だが、なぜかその日に水泳大会が開かれるという。
本日は火曜日であり、水泳勝負すると決めたのが昨日である。一体いつのまにこんなの用意したの? っていうかダルそうなことになっている……。
「ふむ、この件は全て中将に任せよう」
「それより、ここに注目してくださいであります!」
藤がプリントの下端の方を指差す。
なになに、男子しか出場できない……それはいかん!
ジェンダー論者を自称する俺にとって、性別のみで区別するのはいけない。正式には全員参加可能、もしくは男子大会と女子大会の両方を開く、ベターな手段。
藤もそういうつもりで言ったんだよね? 男だけでウハウハとか考えてないよね? おお神よ……。
「まあ、いけないことだよね、男女は平等じゃないとね」
「え? 違います! こっちですこっち」
藤が指の位置をつつーとずらすと、そこにはまたも驚愕の文字。
主催・水泳部&生徒会。
……キヨさん、なにしてんすか?
勝っても得せず、負けたら死ぬ、それが俺にとっての水泳部海棠との戦いである。ハイリスクノーリターンという意味不明なルール。無益と呼ばれる戦争でもまだリターンあるよ……。
そんな水泳部の戦いをより豪華に、より派手に、それを手伝うのが我らが生徒会であるという。
エンターテインメントはもっと過激にもっとハードにで良いんだが、これは男と男の欲望がぶつかる醜い争いだ。誰かが本気出すようなことじゃない。
ということで放課後、部活がてら藤と生徒会室に行ったのです。
ところがそこは結構な人だかりが出来ていて、しかも中には見慣れぬ顔が。
立っているのはでっかい海棠櫂斗、もう一人ポリエステルの白いシャツを着、首から赤いホイッスルをかけた体育教師のナントカさんがいた。
なんかもう、知らん人多すぎて喋れないよね。
「よ」
とクロが手を挙げて挨拶してきた。
「よ」
流石にそれには答えられる。でも状況が全く掴めない、俺が何か訊ねられると思うたか? むりむりむっりー。
「海棠くん、これは一体どういうことかな? 明日はいつ、飯野くんと水泳バトルって聞いたけど?」
黙っている俺を見据えてか、藤が言う。
けど海棠は相も変らぬ無表情、つまらん男よな!
っていうか今、伊津男っていいかけて飯野くんって言い直した! うーん、良い感じ。
「ああ、どうせなら盛り上がった方が良いだろう? ルールも正式に決めたし、何よりこうでもしないと部員が納得しないからな」
俺は盛り上がるよりも、隠れ家的レストランのような静けさが好き。でもそういう店って雑誌で特集組まれて結局騒がしくなりそう。おしゃれな外食とか一度もしたことないけど。
部員の納得、というのも部活してないような俺にはピンと来ないが、部長の私闘をするぐらいなら、全校を巻き込んだイベントをしよう、ということらしい。
そりゃお前しか得してないもんね。俺のことも考えて欲しかったです。
「そんな身勝手は今度一切止めてほしいものです! 明日までにどれだけの準備が必要か、せめてもう少し事前にお知らせしてください!」
キヨが嘘敬語を使って先生と海棠に非難の目を向ける。まあ大変なんでしょうね、全く他人事ですけど。
あとクロが敬語を使うキヨを見てくすくす笑っている。こいつも大概屑だな。斯くいう俺も声に出して笑ってやりたいけどね。キヨむかつくんだもん。
そういえば、よく見れば読書ちゃんがいなくて、生徒会のドブとかが出張っている。本日は緊急会なのであろう。
となると、周りの野次馬のような人々は水泳参加希望者か。
いるわいるわ、自分の肉体に自信がありそうなやる気に満ちた瞳、とにかく騒げそうだから適当にやりそうなチャラ男、単にプールに入りたいリア充、みんな死ねばいいのに。
藤はなにやら調子が悪そうだが、単に男の群れとプール祭りのこの状況に興奮しているだけだ、ただし人が多いので本性を暴露できない。
なんだこの陰謀策謀渦巻く空間、戦国時代レベル。軍師は海棠一人だけど。
ともかく、この場は文芸部部室ではなく生徒会会議室としての役割を果たしているので帰るべきだろう。
「それじゃ藤、今日はもう帰ろうか」
「えー! なんだよそれ。俺はお前を待ってずっと生徒会を手伝ってたのに」
とクロが悪態を吐くと同時に、藤がなんか変なポーズをとった。
なんか有名になりすぎた外国人のファッションモデルがする初心者にはよくわからんポーズを想像してくれれば大体それだと思う。厳密に言うと右手を後頭部から回して左頭部に、左手を腹部を通って右腰部に、足を交差させ天を仰いでいる。このままウィスパーボイスでジーザスとか言い出しそうで怖い。
「いや、藤の調子がおかしいから帰るよ。お疲れ」
いうまでもなく、クロの一言に何かが迸ったのだろう。耐えてくれよ……。
「待ってください。今日は生徒会のメンバーが半数も揃わず人数が足りません。どうか人助けと思って手伝ってもらえませんか?」
さも清純な乙女のように助けを請うキヨ、しかし内心では俺と藤が二人きりなのがいやなんだろう。男の嫉妬は醜いというが、女の嫉妬も大概醜い……。
「キヨ、じゃなくて生徒会長はそんなに困っていて、手伝って欲しいんですか?」
俺も後輩っぽく訊ね返す。実に大変そう。変態でもある。
「はい」
「断る! 俺はどこかの漫画家の先生と違って、相手が圧倒的弱者の時に断るのが超気持ちいい人間なんだよ、あーっはっは!!」
先生すらいる、生徒会のメンバーや藤や海棠すらいるが、俺は堂々と言い放った。
齢十七に突入する前であるが、人生でもベストスリーに入るくらい気分が良い。なんて下らない、と思う人もいるかもしれないが、下る下らねーは人次第なんだぜってギャングも言ってたし、仕方ないね。
なんてったってキヨには何度も煮え湯を飲まされたのだ! このくらいの逆襲復讐、行わないと堪らない! やーいやーいこのスカポンタン!
だが予想外の反応に、キヨが切れた。
「貴様はそれでも人間かあっ!! その腐った根性は一度叩きなおしてやる必要があるな! こっちに来い、人倫と道徳を体に教えつけてやろう!」
藤も体育教師も海棠も、俺も、何も反応できず、俺は首根っこを掴まれて……。
水泳部の海棠くんや、体育の奥田先生も手伝ってくださり、無事に生徒会は本日の業務を終えることができました。
手伝ってくださった野川くん、藤さん、何より斉藤清生徒会長たちには感謝をいくらしてもしたりません、本日も宵空高等学校は平和です!
…………冗談だよ、と言いたいけど、今は言えそうにない。
何があったかは脳内補間推奨。ドキドキッ! 生徒会長と密室でえと☆ミ、なんて良いものじゃない。アレは悶絶竹刀責め・男子高校生・密室の放課後、ってのがしっくり来る。
……死にたいっていうか、一度死んだ。今までの俺は一度消えた。
ようやく帰宅、母も家にいるようで愛想よく挨拶してすぐ部屋に引きこもる。
この部屋に傾いたクローゼットとかタンスとかがあるので、俺は水着を捜すことにしたのである。
しかし高校では水泳の授業がなく、中学頃の水着を捜すことになり、もはや行方不明。
タンスの一段一段を引っくり返したり、クローゼットにはないはずなのに捜してみたり、いまだ残ってるゴミ袋もいくらか探ってみたが……ない。
全くやれやれ、困ったものです。
水着ちゃんったら、照れちゃって表に出て来ないんですって。でも俺のことが好きなら出てきてほしい。いや好きじゃないんだろうけどね!
水着が見つからない、ということは試合放棄になるのだろうか?
なかったら、借りる、か。水着はあんまり借りて履きたくない。生理的に無理じゃない?
今から買いに行くのも億劫、しかしもう捜すのも面倒、バトル自体やめたい。
だらだら探し回ること数十分、見つけたのはなんとスクール水着。
男子用ではない、言い方で判断できる人もいるだろうが、女性用の例のあれである。
こんな悩殺できそうな布が我が家にあるとは思わなんだ。ドキがムネムネしてきた。
が、姉貴のものと悟って、細かく切り刻んで捨てる事にした。いらねー。
さて水着はどこにあるのかな……?




