無口で無骨な水泳部部長
月曜日、英語で言うとMonday、続いてTuesday、Wednesdayとある。
さてここでMondai! どうして俺は行きたくない学校に行くのでしょうか!?
シンキングターイム! ちくたくちくたく、ぼーん。
答えは世間体とか将来のため、あとは藤がいるからである。
藤が三番目くらいになるのがこの世間の辛いところである。辛すぎて激辛ラーメンを激つらラーメンと呼んでしまうほどだ。つ、つらい……。
ようやく学校に辿り着き、まあ本日も藤とだらだらお話をしましたというところだ。
ところがトゥデイはとってもエスペシャルでドリーミーな出来事があったのデース!
リアリーテンションおかしいが、それほどスクールはドントライク。大柴みたいだね。
普段、藤がいない間は教室で本だったりラノベだったり予習だったり睡眠だったりトイレだったり、様々なことをしている。二行で済む程度にはいろいろしてない。
ちなみに本とラノベは別物扱いである。一緒くたにしたらキヨに殺されかけた。
ともかく、読書中の俺の肩をぽんぽんっと叩く手があったから、藤かな? って思って顔を上げたのだ。
すると、そこには髭の生えた大柄な男が!
無論、キャーと叫ぶわけもなく、俺は無愛想に眠そうに「なに、どうしたの?」と尋ねた。
それは、前までよく喋っていた海棠櫂斗である。
「よお」
「よー」
俺が気軽ーな挨拶を返すと、海棠はなんとも言えない雰囲気でぼりぼりと頬を掻き、周りの視線も気にせず二の句を告げる。
「放課後、屋上に来てくれないか?」
無骨な声が耳に響いた。
こ、これは、もしや、俗に言う、「屋上に来いよ……久しぶりにキレちまった……」というやつではないか!?
海棠はデカい、百八十ちょっとの体長はマジで化け物級。しかも水泳部主将で肌は浅黒く逆三角形の筋肉がマジムッキムキ。マジ化け物、略してマジ化け、隠れた名作っぽい。
「屋上って、何のようですか?」
「敬語かよ。普通に喋れねーのか?」
「はいはい。で、なんのようだよ」
こちとら怖いし、藤じゃないしで散々嫌な気分である。
「言えねー。で、いいか?」
良いわけねーだろ! 言えよ! なんで言えないんだよ!
も、もしかしたらクラスの空気を濁し続けたために謝罪を求められたりするのかな……、このクラスゎ先生もぁゎせて三十五個一だょ、とか言うのかな? で俺はその中にいない。
クラスにも不穏な空気が流れ、俺も珍しく注目を浴びる。思わず両手を挙げたくなるが、スター気分を味わうより降伏宣言っぽいのでやりません。
どうみても危険なのに、藤はなぜか息を荒げじっと俺と海棠を見ていた。
頬は上気し、目は尋常ならざる腐り具合で……もう、何も言いません。
で、五時間目の授業が終わって速攻、藤は俺のところに来た。
「ねねねねね、さっきの人は海棠くんだよね! 水泳部の主将にいったい何を呼び出されたのかなーっ!?」
ああ、藤さんがなんかいつにも増して張り切ってらっしゃる……。
「ちょっと教えてよ飯野くん! いやあなたって元々いろんな人と交友があったけれど、まさかあんな総攻めみたいな人とまで交流があったなんて……はぁはぁ、心臓がちょっと」
「ちょっと落ち着いて。大丈夫? まあ、説明くらいはしてあげるから」
「は、はぁ、はすはす! くわしく、その辺もっと詳しくおなしゃす!」
本当に久しぶりな藤の超ハイテンションである。こっちのテンションは相対的にも絶対的にも下がる。
けど、話さなくっちゃならないことは確かだろう。
クラスは一緒だったけど、藤が全く知らなかった頃の自分というものを。
「海棠は――友達だった、ね」
本人が教室内にいても、いつもと変わらぬように、ただの談議をするように、俺は言った。
「何から話せばよいのやら。彼はまあ中学の時は水泳部になんとなく入っただけだったけど、意外と才能があって地方ベストなんぼかぐらいには入ったんだ。だからまあ今でも水泳をしている、アスリート的な方ですね」
「ほ、ほほー! それはそれは、良い肉体してらっしゃるわけだ……」
藤がもう藤じゃない、これ。腐じにモードチェンジである。
「で、何が聞きたい?」
「伊津男は、彼が好きなのかい?」
妙にボーイッシュな声を絞り出し、藤は努めて冷静な雰囲気を醸し出す。
「ねーよ」
「ねーよねーよもホモのうち、ってね!」
今度の藤はちょっと昔のアニメの少年みたいに鼻を親指でぐっと拭った。なんだこれ。
「ちょ、ちょっと今日の藤はいつもより特段変だね……」
「そりゃそうなるよ。最近真面目なことばっかりでエナジー補給できてなかったもん」
しみじみと藤は語る、その笑顔はどうにも穏やかでありつつ、何か臭った。これは腐の臭いである。エナジーって何のエナジーなんですか……。
しかし発言には全く同意する。姉貴との一悶着とか部活動とキヨの告白とか、しかも藤まで順応しろだの諦めろだの言うし、真面目な話ばかりだった。
しかも藤は知らないが、俺は親父と愛人についてまで一悶着、そりゃ落ち着けない。
そんな辛いことばかりの日々だから、藤がいきいきするのだ。格好の餌を見つけて。
「ねねねねね! 書いていい!? いろいろ書いていい!? 二人で小説でも漫画でも書いていい!? 書かせろ~書かせろ~」
藤はぱたぱたと俺の机の周りを回りながら、挙句催眠術のように指をうにうに動かす。
いや本当にどんな気分かと言われると、子供っぽくはしゃぐ藤が超可愛い。指咥えたい。
「できれば勘弁して欲しいかな。まあ無理はしない程度で」
「それじゃどうしてやろうか……うふふ」
藤は笑い声を隠そうともせず、妖しい瞳のまま自分の席に戻っていった。
藤の可愛さが俺を救うことは間違いないにせよ、放課後呼び出されたことは怖ろしい。
俺はどうするべきなのか、逃げるというのも情けないので立ち向かうことにした。
さてさて、やってまいりました放課後。
早速、海棠より先に藤が俺のところに来た。
「ついに来たね、この時が……」
「ああ、長かった、長すぎるくらいにな……」
無駄にシリアスな雰囲気を出していたが、藤はけろっと笑顔を見せた。
「じゃ、清先輩には遅れるって伝えておくからね!」
「ん? それはどういうことかな?」
まさか、まさかこんな日にまで部活に来いなんて言わないですよね? という視線をがんがん向けていたが、藤は変わらない表情のままそそくさとどこかに行った。
俺、実は海棠に命を奪われるんじゃないかと心配なほどドキドキしているのだが、藤はまるで気軽そうで実に不愉快。
「じゃ、行こうか」
海棠が肩に手を置いた。心臓が口から飛び出るかと思いました。




