9. 絡まる蜘蛛の糸と魔女の末裔
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王城の一角、豪奢な私室に鋭い怒声が響き渡った。
「ルシウス! あなた、公務を放り投げて一体何を考えて――」
「ああ、先程の『隠密魔導師』たちですが」
詰め寄る王妃の言葉を、ルシウスは一瞥すらくれずに遮った。
「残念でしたね。……全員、二度と使い物にならないようにしておきましたから」
「……っ!」
王妃が握りしめていた象牙の扇子が、メキメキと嫌な音を立てて歪む。
ルシウスはそれ以上何も言わず、興味を失ったように踵を返した。
まるで、路傍の石でも見るかのように。
悠然と去っていくその背を、王妃は血が滲むほど唇を噛みながら睨みつける。
「……あの、出来損ないが……ッ!」
吐き捨てるように呟き、王妃は踵を返した。
向かう先は、城の奥深く。
人の気配すら遠ざかる、隔離された離れ。
重い扉の先、薄暗い部屋の中で、ひとりの少年がベッドに横たわっていた。
「……う……あ……」
虚ろな瞳。
痩せ細った手足。
皮膚には黒ずんだ斑が浮かび、まるで"罰"のように、内側から腐り落ちていくかのようだった。
「……っ、可哀想に……私の子……」
王妃はベッドの傍らに膝をつき、その頬にそっと触れる。
だがその瞳に宿るのは、慈愛だけではない。
歪んだ執着と、燃え滾る憎悪。
「あなたを王にするために……あの女だけは、完璧に消したはずだったのに……!」
かつて、王の寵愛を一身に受けていた踊り子。
王妃は嫉妬に狂い、毒を盛らせた。
王はあの離宮の警護を徹底させていた。侍女も騎士も、身元の確かな者だけを厳選し、一分の隙もないはずだった。
わたくしがどれほど苦労して、あそこに『毒』を送り込んだことか。
狙っていたのは、あの忌々しい踊り子の女だった。
だというのに、あの小癪なガキ――ルシウスは、見慣れぬ侍女の不審な動きに、鋭く気づいたのだ。
『母上、そちらのスープは冷めています。取り替えましょう』
そんな子供らしい、あどけない顔をして。
あいつは、母親を庇うようにして、自ら毒の入った料理を口にしたというのだ。
「……っ、あの出来損ないが、小賢しい真似を……!」
絶対に助からない猛毒。
子供の細い喉を焼き、内臓を抉る激痛。
ベッドの上で血を吐き、死を待つだけだったはずのガキ。
――だが。
「あの子は……生き延びた」
あり得ないことだった。
ルシウスが、一晩でその毒を打ち消したと
報告を受けたのだ。
(あの時、確信した……)
この国のどこかにいる。
"病を癒やす存在"。
「魔女の末裔……!」
それ以来、王妃は密かに探し続けていた。
だが、未だ尻尾すら掴めていなかった。
けれど――あの時。
ただ一つだけ、確かなことがあった。
「……あれは、どう見ても"女"だった」
見舞いの前に、侍女から報告は受けていた。
着替えも、身体の線も――少女そのものだったと。
念のため確認もさせたが、結果は同じ。
そして実際に目にしたルシウスもまた、疑いようのない"女"の姿だった。
女であれば、王位継承の脅威にはならない。
だが――
「だからといって、残しておく理由にはならない」
王があの女に再び子を産ませる可能性。
あるいは、気まぐれで王位に据える可能性。
どちらも、王妃にとっては“排除すべき未来”だった。
「だから……終わらせたはずだったのに……!」
刃に毒を塗り、踊り子を葬り、証拠を隠滅し。
禁忌の森へと追い詰め――すべてを終わらせた、はずだった。
確かにこの手で命じた。刃には毒を塗らせ、脇腹を確実に抉らせた。
「……なのに……!」
王妃の爪が、シーツを引き裂く。
「あの子が、男だったなんて……!!」
森から帰還したルシウスは。
封じられていた魔力を解き放ち、
圧倒的な力と共に――"第一王子"として君臨した。
一方で。
原因不明の「腐り病」に侵され、生きながら内側から崩れていくように蝕まれている。
もはや正気すら保てない。
死んだはずの女の子が、男だった。
その事実が。
王妃の築き上げたすべてを、音を立てて崩壊させていく。
「……でもようやく見つけたわ。あの馬鹿なルシウスのおかげで」
低く、這うような声。
「魔女の末裔……」
歪んだ瞳が、虚空を睨む。
「……あの奇跡を、私のものに」
王妃はゆっくりと立ち上がると、背後に控えていた影に視線を向けた。
「――来ているのでしょう?」
返事はない。
だが次の瞬間。
「ええ、もちろん」
いつの間にか。
部屋の隅に、一人の男が立っていた。
足音も、気配もなかった。
白衣のような長衣。
細い指先。
笑っているのに、まるで温度のない瞳。
「随分と、興味深い標本が見つかったようで」
ぞくり、と空気が冷える。
王妃は一切驚かない。
「……"魔女の末裔"よ」
「でしょうね」
男は即答した。
「でなければ説明がつかない。毒を二度も越え、なお生き延びるなど」
その声には、恐怖も畏怖もない。
ただ、純粋な興味だけがあった。
「捕まえなさい」
王妃は命じる。
「生きたまま。必ず」
一瞬の沈黙。
やがて男は、楽しげに目を細めた。
「もちろん」
* * *
「……目をつけただろうな」
場所は変わり、月明かりだけが照らす冷たい王城の回廊。
ルシウスが、窓の外の深い森を見つめながら低く呟いた。
「でしょうね。あえてリヴィエラ様の存在を匂わせるような動きをなさいましたから」
背後に控えるジークが、深い溜息混じりに、苦々しく応じる。
「あの人は優しい。優しすぎる。今まであの力を知られなかったことが奇跡だ……。俺が側にいなければ、すぐに食い物にされる」
「しかし、プロポーズを断られたのは誤算でしたね」
「……うるさい。それは今、関係ないだろう」
「関係大ありですよ。……頼みますよ殿下。それにしても、あの方が本当に国宝に匹敵するほどの力をもつ魔女の末裔なのですか?」
「あぁ、1日も早く保護しなければ」
「保護……ねぇ」
ジークは、その言葉の裏にある「本音」を察して苦笑した。
ルシウスは、遠く森の方向を見つめた。その碧い瞳には、王妃への敵意よりも深い、リヴィエラへの昏い独占欲が渦巻いている。
「ずっと、女として息を殺して生きてきた。彼女には二度命を救ってもらった。師匠は一度目は覚えていなさそうだが」
ジークは、かつて離宮で孤独に耐えていた幼い主君の横顔を思い出し、胸を突かれた。
だが、今のルシウスの横顔に浮かんでいるのは、哀愁などではない。
確固たる意志と、冷徹なまでの執念。
「それにしてもどこで何をしていたかと思えば、獣人を拾ってまた戻ってくるとは……。庵に感知魔法を仕掛けておいてよかった」
「まったく、その魔法が反応した途端に公務を放り出して飛び出して行くんですから……。どれだけハラハラさせられたか」
ジークの愚痴混じりの言葉に、ルシウスは端正な唇をわずかに歪めた。
「血は争えないな」
かつて、王は愛した母を離宮に囲うことしかできなかった。
守るためという名目で、暗がりに押し込めることしか。
……だが、俺は違う。
繋ぎ止めるためなら、世界をも欺く。
かつての少女は、今や愛しい獲物を搦め捕るための蜘蛛の糸を、静かに、そして確実に張り巡らせていた。
急ぎの書類に目を通し処理をしながら、窓の外、遠く広がる夜の森に視線を戻したルシウスの唇が、ふっと甘く、そしてどこか歪な形に弧を描いた。
「さて、愛しの師匠の元へ参りますか」
「殿下、夕食は……」
「…」
ルシウスは端正な唇に人差し指を当てて、ジークの言葉を遮った。
その碧い瞳には、王宮を支配する冷徹な覇王の光は消え、ただ一人の女性を恋い焦がれる、一途で危険な熱だけが静かに燃えていた。
ごめんなさい。最初に助けた男の子→女の子に変更してあります。ルシウスは十七歳まで女として育てられています。ルシウスは三年リヴィと一緒に暮らし、一年後再開しているので、現在は二十一歳。リヴィより二つ上ですが、年下だと思われています。




