4. 王子の求婚は強制です
「……で? ルーシーはなんでまたここに?」
ようやく食卓についても、空気は重いままだ。スープを口に運びながら、リヴィエラは努めて平静を装って尋ねた。ホロウは向かいのルーシーを、今にも噛みつきそうな勢いで睨みつけている。
「え? そんなの、また貴方と暮らすために決まっているでしょう」
「ぶっ……! 王子なのに!?」
「はい。正確には王城で……ですが」
「却下」
ニッコリと即答したリヴィエラに、ルシウスは動じることなく、優雅にパンを千切った。
「そう言うと思っていました」
「っざけんな! さっきから聞いてれば勝手なことばっかり……!」
ホロウが椅子を鳴らして立ち上がろうとした、その時。
ぴくり、とホロウの獣の耳が微かな震動を捉えた。アンバー色の瞳が鋭く細まり、森の奥を睨みつける。
「ホロウ……どうした……の?」
「……来る」
空気が、明らかに変わった。
低く唸るホロウの横で、ルシウスが冷ややかに視線を投げた。
「王妃の差し金か。……鼠が。朝食の邪魔をするな」
雰囲気が一変したルシウスが、音もなく玄関のドアを開ける。
次の瞬間、庵を囲む木々が不自然にざわめき、銀色の鎧を纏った一団が姿を現した。王宮直属の隠密魔法兵――その数、十数名。彼らは一斉に、空間を震わせるほどの重厚な詠唱を始めた。大気にパチパチと魔力の火花が散り、庵全体が嫌な圧迫感に包まれる。
「な、なになに!? どういうこと!?」
混乱するリヴィエラの前に、ルシウスが壁のように立ちはだかった。その背中は驚くほど広く、絶望的な状況下でさえ頼もしさを感じさせてしまう。
「リヴィエラ、よく聞いてください。貴方は狙われています」
「なんで……私、何もしてないよ!?」
「全部、僕のせいです。……責任はとりますよ。あなたの人生ごと、全部」
自分に向かって、かつての「ルーシー」のような無垢な微笑みを浮かべながら告げられた言葉に、リヴィエラは背筋がゾクリとするのを感じた。それは愛の告白というより、逃げ場を完全に塞ぐ呪文のようにも聞こえた。
直後、魔法兵たちの詠唱が完了し、破壊の光が奔流となって庵を襲う。
(こんなの避けられない……!)
思わず手元のトレイで身を守ろうとするリヴィエラ。ホロウが彼女を庇おうと飛びかかろうとした瞬間――。
ルシウスが、右手を無造作に前へ突き出した。
「――散れ」
詠唱も、魔法陣の予兆すらない。
ただ一言の「命令」に従うかのように、溢れ出した魔力が膨れ上がる。それは次の瞬間、龍のような炎へと姿を変え、迫りくる魔法の奔流を丸ごと飲み込んでいく。
不可視の衝撃波が森を薙ぎ払い、兵士たちを盾ごと、鎧ごと、一瞬にして森の外へと弾き飛ばした。
森の木々が数本、衝撃だけで根元からへし折れた。
見たこともない高密度の魔力が、一帯の空間を支配している。リヴィエラの頬をかすめる風すら、ピリピリと肌を焼くような濃密な魔力を帯びていた。
「な……っ」
あまりの光景に呆然とするリヴィエラをよそに、ルシウスは埃を払うような仕草で振り返った。
「さて、朝食に戻りましょうか」
「……は? なんなんだよその魔力量……! しかも、リヴィが狙われてる!? お前のせいで!?」
ホロウがその圧倒的な魔力に驚愕しながら、ルシウスの胸ぐらを掴み苦々しく問い詰める。ルシウスは、さも当然だと言わんばかりにリヴィエラの瞳を見つめた。
「僕は、リヴィエラと結婚するためにここに戻ってきたんです」
「「けっ……!?」」
一瞬の静寂。リヴィエラは手からトレイを落とし、ホロウは尻尾を逆立てて叫んだ。
「ぜっっっったい許さないからなー!!!!! お前なんか、どっか行けーーー!!!」
平和だったはずの森に、ホロウの怒号とリヴィエラの悲鳴が木霊した。
そしてルシウスは、まるで最初からこうなる運命だったと確信しているかのように、満足げな笑みを浮かべて二人を見下ろしていた。
「もう、もうわけがわかんない! なんで私が狙われて、ルーシーと結婚することになるのよ!」
混乱の極みに達したリヴィエラは、ルシウスの胸ぐらを掴んで離さないホロウに「落ち着いて」となだめながら、食卓の向かい側に座る青年に詰め寄った。
「王妃が、あなたの『力』に目をつけたからです」
ルシウスの静かな、けれど重みのある言葉に、リヴィエラの身体がビクッと硬直した。「魔女」としての素質を隠して生きてきた彼女にとって、最も聞きたくない言葉だった。
「……! それって……」
「そもそも僕がなぜ、あの日突然王城へ連れていかれることになったのか。いくら鈍い師匠でも、だいたい察しはつくんじゃないですか?」
ルシウスは冷めた紅茶を見つめ、自嘲気味に口角を上げた。
「……まさか」
「そう、第一王子……。あぁ、今は僕が第一王子ですから、正確には第二王子ですが。彼が病で倒れたからですよ」
リヴィエラは絶句した。王宮から逃げ出した自分にとって、それはもっとも忌まわしい「政治の道具」としての論理だった。
「第二王子の素行は最悪だったみたいでね。賭博に酒、淫らな女性関係……。まぁ、そこで自業自得な『病』をもらってきたんでしょう。王妃は必死に隠していますが、もう長くはない。王妃にとって、リヴィエラ、貴方の薬草学の知識は……その先にある『魔女の力』は、最愛の息子を救うための最後の手札なんです」
「なるほどね……。それで、身代わりのスペアとしてルーシーを利用しようとしているわけね」
「で? なんでそこでリヴィと結婚っていう話になるんだよ。話が飛んでんだろ」
ぶっきらぼうに椅子に座り直したホロウが、鋭い視線でルシウスを射抜く。ルシウスはそれを受け流し、ゆっくりと立ち上がってリヴィエラの隣へと歩み寄った。その動作一つ一つが、しなやかな獣のように優雅で、威圧的だ。
「今の僕の魔力量を見たでしょう? この魔力なら、王妃の差し金だろうと、どんな脅威からだってあなたを守ることができる。王妃の手が届かない場所にあなたを囲うには、僕の『妃』にするのが一番合理的です」
ルシウスは迷いのない手つきでリヴィエラの両手を包み込み、逃げられないように指を絡めた。その熱に、リヴィエラの思考が白く染まっていく。
「だからリヴィエラ。僕の傍にいてください。僕と、結婚してください」
「~~~~~~!!!!」
リヴィエラの顔面が、一気に沸騰したかのように赤く染まっていく。一年前まで「ルーシー」と呼んで一緒にお風呂にまで入っていた相手からの、あまりにも直球な求婚。
「するわけないでしょバカー!!!!」
リヴィエラの絶叫が、静かな朝の庵に、そして森の奥深くまで響き渡った。
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