3. それ、全部覚えてますよ
少しでも気に入ってくれたら、
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(……ちょっと待って。落ち着いて、私。記憶を整理しよう?)
朝食の準備をしながら、リヴィエラの脳内では過去の映像が濁流のように押し寄せていた。
(私……ルーシーとずっと一緒に寝てたよね!? 『ベッド2つ買うより1つの方が安上がりだよ』ってルーシーに言われて……。なんなら、お風呂も一緒に入ってたよね!? 『2人で入った方がお湯も薪も節約できるから』ってルーシーに言われて……!!)
当時は「しっかりした合理的な女の子だわぁ」なんて感心していた自分を、今すぐ禁忌の森の底に埋めに行きたい。
(いや、でもあの時は女の子だったから! 魔法でそうなってたんだからセーフ……なわけないでしょ!! 中身は男の子だったんでしょ!? 完全にアウトだよ!! ……いやアウトどころじゃない!!)
「師匠? どうかしましたか。顔が真っ赤ですよ」
背後からかけられた、低く心地よいバリトンボイス。
振り返れば、そこには手際よく野菜を刻むルシウスの姿がある。袖を捲り上げた腕の筋肉、広い背中。チラリと見てしまうたびに、リヴィエラの顔面温度はさらに上昇した。
リヴィエラは「魔法」の才能は皆無に等しい。かまどに火を点けるのも、いつも火打石を使った古典的な方法だ。
「……あ、火、つけなきゃ」
「貸してください。手伝いますよ」
ルシウスが指先を軽く鳴らすと、パチンという乾いた音と共に、一瞬でかまどに勢いよく橙色の火が灯った。
「あ、ありがとう……って、ルーシーが魔法!?」
「あ、そうそう。男に戻った時に、魔法も“戻った”みたいです」
「みたいですって、無詠唱で……? そんなこと可能なの?」
「まぁ……誰にでもできるんじゃないですか?……僕にとっては当たり前ですけど」
ふっと、余裕のある笑みを浮かべるルシウスの見慣れない顔。 かつての「可愛い愛弟子」は、もうどこにもいなかった。
(お、落ち着け私。大丈夫、これはきっと親愛の情とか、師匠への執着を勘違いしてるだけ。私にとって、ルーシーは今でも可愛い女の子……女の子なんだか……らっ!)
「危ない!」
「っ……!?」
考え事に没頭しすぎて、スープの鍋を運ぼうとした足がもつれる。
視界がぐらりと傾いた瞬間、力強い腕がリヴィエラの腰を抱き寄せ、その身体をがっしりと支えた。
至近距離。
鼻先をかすめるのは、朝の森の香りと、彼特有の清涼な体温。
ドクン、と心臓が跳ねた。それは今まで感じたことのない、警鐘のような、甘い鼓動だった。
「師匠……? 大丈夫ですか」
心配そうに覗き込んでくる碧の瞳。まつ毛の長さまで見える距離に、リヴィエラの思考回路は完全にショートした。
「わわわわわたし、ちょっと薬草の様子見に行ってくる!!」
「あ、師匠! まだ火が――」
ルシウスの制止も聞かず、リヴィエラは逃げるように庵を飛び出した。
冷たい朝の空気に当たっても、顔の火照りは一向に引かない。
「あんなの……あんなの反則だよ……心臓がもたない」
森の奥、お気に入りの薬草畑の縁に座り込み、リヴィエラは深くため息をついた。冷たい朝の空気に当たっても、顔の火照りは一向に引かない。
「リヴィー?」
背後から、低く、どこか不機嫌そうな声がした。
「ホロウ」
「なんなのあいつ。……朝から暑苦しいんだけど」
ホロウはリヴィエラの隣にどさりと座り込み、アンバー色の瞳で彼女をじっと見つめる。
「ホロウが来る前に、一緒に住んでた子だよ」
「ふぅん。……で、なんでそんなに動揺してんのさ」
「ど、どど、動揺なんてしてないよ!」
「……ふーーーーーーーん?」
疑わしげな視線に、リヴィエラは肩を落として、膝に顔を埋めた。
「……」
「……女の子だったの」
「うん?」
「男になって戻ってくると思わないじゃん。 しかも、あんな……あんな風に」
そう、ルーシーはとても可愛い女の子だった。
出会ったあの日も、彼女は確かに「女の子」としてリヴィエラの前に現れたのだ。目を閉じれば、四年前、初めてこの森で「彼女」を拾った日のことが鮮明に蘇る。
* * *
「きみ……は?」
森の奥、蒼く光る薬草の輝きの中で、少女はゆっくりと瞳を開けた。
「私はリヴィエラ。あなたは?」
「ルシ……なんだっけ、ル……シ……?」
少女は弱々しく首を振る。その瞳は、何か大切なものを喪失してしまったかのように虚ろだった。
「ルーシー?」
「う、うん。たぶん」
「たぶん?」
「よく、思い出せなくて。自分のことも、これまでのことも……。気づいたら、ここに倒れていたみたいで」
「……そっか」
孤独に震える少女の姿が、家を追われた自分と重なった。リヴィエラは、泥に汚れたその小さな手を、迷わず握りしめた。
「ここは危険だから、私と一緒に来る?」
「いいの?」
「私も家から逃げてきた身だから、これから大変だとは思うけど……」
「行きたい。僕を救ってくれたのは、あなたでしょう? 恩を返したい」
「そんなこと、気にしなくていいのに」
「行こう」
二人の逃亡劇は、そこから始まった。
リヴィエラはトランクから自作の『薬』を取り出した。
「ルーシー、これ飲んで」
「なにこれ?」
「一時的に身体を透明にする『薬』」
「は?」
「自分で実験した時は、手とか足とか部分的にしか透明にならなくて……最近やっと完成したんだ。私から飲むね」
「!?」
ゴク、と喉を鳴らしてリヴィエラが薬を飲み干すと、その姿が霧に溶けるように消えていく。
「み、見えない……!」
「ほら、早く飲んで。私の手を離しちゃだめだよ」
空中から聞こえるリヴィエラの声と、手を繋がれた温かな感触。ルーシーはおそるおそる、差し出された瓶を仰いだ。
禁忌の森を、二人の「透明人間」が駆け抜ける。
傍から見れば、古びたトランクだけが不自然に宙を浮いて飛んでいくという、異様な光景だった。
* * *
(あの時は、あんなに必死で。あんなに可愛かったのに……!)
今のルシウスからは想像もつかない、無垢な瞳を思い出してリヴィエラは再び頭を抱えた。
「……リヴィ。顔、また赤くなってる」
「う、うるさいよ、ホロウ!」
「……やっぱり、あいつ、きらい」
ホロウは不機嫌そうに呟くと、リヴィエラの袖を強く引っ張った。




