2. 元弟子の正体が重すぎる
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「ちょ、ちょっと近いってば! 一旦離れようか!」
リヴィエラが必死に突き放すと、青年――ルシウスは「……嫌です」と、子供のように不満を漏らす。渋々離れたかと思いきや、今度はソファに座り、自分の逞しくなった膝を掌でポンポンと叩いて「ここに来い」と言わんばかりにこちらを見つめてきた。
「座らないよ!?」
「……」
「……チッ」
(舌打ちしたな、今、確実に舌打ちしたな……!)
かつての可憐な面影はどこへ行ったのか。リヴィエラは冷や汗を拭いながら、震える手でお茶を準備した。
「とにかく、なんでこうなったのか……順を追って説明してちょうだい」
「話は長くなるのですが……」
ルシウスはふっと表情を消し、碧の瞳をわずかに伏せて静かに語り始めた。
「僕、王家の隠し子だったみたいで」
「…………」
「……は?」
ガシャン、と危うくカップを落としそうになった。
「おうけの……かくしご……?なにそれ新しい魔法の呪文かなにか?」
「違いますよ、現実逃避しないでください。本名はルシウス・アクア・クリスタニア。幼い頃から命を狙われていたようなのですが、母が持たせてくれたこのペンダントの魔道具で、姿と性別を偽り、追手から逃れ――」
「重いし情報の量が多い!あ、それで『ルーシー』だったのね」
あまりに壮絶な告白に、リヴィエラが言葉を失っていた、その時。トントン、と眠たげな足音が階段から降りてきた。
「リヴィ……? おはよー、誰か来たの……?」
目を擦りながら現れたのは、十五、六歳ぐらいに見える一人の子ども。
その瞬間、穏やかだった室内の空気が嘘のように、部屋の温度が氷点下まで落ちた気がした。ルシウスの碧い瞳から甘さが消え失せ、本物の獲物を狙う猛禽のような殺気が放たれる。
「……リヴィ……だと? 彼は誰です。僕がいなかった一年の間に、あなたはまた誰かたらしこんで……!」
「ストップストップ! その殺気をしまってちょうだい! あの子はホロウ。私の使い魔よ!」
「使い魔……?」
不審げに目を細めるルシウスに、リヴィエラは慌てて補足した。
「怪我をしていたところを助けたの。梟の獣人なのよ」
ホロウと呼ばれた黒髪の少年は、ルシウスをじろりと見上げると、小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「……なんか、やな感じ」
そう言って、わざとらしく、リヴィエラの細い腰に腕を回して、ぎゅっと抱きつく。アンバー色の瞳にほんの一瞬だけ鋭い光が宿る
「なっ……! 距離が近くないですか!?僕だってまだ抱きしめてないのに! 離れなさい!」
ルシウスの声が怒りで低く震えるが、リヴィエラは困り顔で首を横に振った。
「何言ってるの。こんなに小さい子に」
「ぐっ……! 小さくても『男』ですよ!」
「は? この子はお……もごもごっ!」
リヴィエラが言いかけた言葉を、ホロウの手が素早く塞いだ。
「リヴィ! そんなことよりお腹すいたよ! ご飯にしよ!」
「そ、そうね。ルーシー……じゃなかった、ルシウス様も何か――」
「ルーシーのままでいいですよ。僕がいいって言ってるんですから。……ね? 師匠」
細められた碧の瞳の奥に、リヴィエラはかつての愛弟子の面影と、それとは決定的に違う「男」の執着を見た。
* * *
一年前、彼は何の前触れもなくリヴィエラの元から姿を消した。
あの日――リヴィエラは二十歳、ルーシー(ルシウス)は十九歳の誕生日だった。
「今日はご馳走ね!」
リヴィエラが花のように笑う。その笑顔も、飾り気のない仕草も、彼は心から愛していた。家族以上の感情を抱いていたと、今なら確信できる。
しかし、運命は残酷に割り込んだ。
ルーシーがいつものように森で薬草を摘んでいた時、その男は突然現れたのだ。
「探しましたよ……『王子』」
「あなたは……?王子? 僕を知っているのか」
「はい。ずっと貴方様を探しておりました」
背後に控える騎士団の気配。リヴィエラをこの争いに巻き込むわけにはいかない。
「あの人に手は出さないと誓えるか」
「もちろん、貴方様が大人しく来て下さるなら」
後ろ髪を引かれる思いで、彼は大人しく王宮へ向かう道を選んだ。
――たどり着いた謁見の間。玉座には王と王妃が座り、彼を冷たい目で見下ろしていた。
「あの方が……」「失われた第一王子の……」
貴族たちの騒めきが広間に満ちる。
「よく戻った。ルシウス・アクア・クリスタニア」
「……私はルーシーです」
「はは、そうであったな。我が『娘』よ。お前はこの国の第一王子だ」
「!?」
王の一言で、広間の空気が凍りついた。
貴族の一人が狼狽えて声を上げる。「じ、女性にしか見えませんが……!」
「今に分かる、呪縛が解ける時がな。さて、そろそろ真の姿を見せてもらおうか」
従者が掲げた水晶玉が放つ禍々しいまでの光に、ルシウスは激しい頭痛に襲われ膝をついた。
「うっ……ぁ!」
その時、ルシウスの身体に異変が起きた。
華奢だった肩幅が広がり、骨格が逞しく作り替えられていく。可憐だった喉仏はせり出し、声は地響きのように低く沈んだ。ペンダントの魔力が弾け飛んだ時、そこにいたのは少女ではなく、冷徹な美貌を持つ第一王子だった。水晶玉が放つ強力な魔力は、彼の体躯が逞しくなるのと同時に、王家の威厳を象徴する第一王子の礼服へと、一瞬にして『上書き』していく。
「なんと…!!!!」貴族が驚く。
頭の中で、バラバラだったピースが嵌まっていく。
そうだ。僕は十五歳まで、この城の離れで『王女』として育てられていた。王妃からの暗殺を避けるため、母が魔道具で僕の性別と記憶を封じていたのだ。母は追手に殺される直前、僕を逃がした。……封じられていたとはいえ、こんな大事なことを忘れていたなんて。
「大人になるにつれてな、お前の魔力が少しずつ漏れていたのだよ。おかげでやっと居場所を特定できた」
「……私を呼び戻したのは、なぜだ」
「第二王子が病にかかってな。代わりが必要になったのだ」
「なるほど。スペアが欲しくなったんだな」
「お前……王の御前だぞ!」
兵士が剣を突きつけるが、王は冷笑を浮かべてそれを制した。
「よい、これからお前には王子教育を受けてもらう」
王の冷徹な一瞥が、ルシウスをスペアとして定めたことを決定づけた。
その言葉が放たれた瞬間、王の傍らに座る王妃の顔が、怒りと屈辱で引き攣った。彼女が握りしめた扇の骨が、嫌な音を立てて軋む。
「……陛下、何を仰いますか。第一王子ですって? このような、どこで泥を啜っていたかも分からぬ『娘』だったものを……!」
王妃の視線は、もはや隠しようのない殺意を孕んでルシウスを射抜いていた。彼女にとって、病に伏せる実の息子――第二王子こそが唯一の正当な後継者であり、目の前の白銀の髪を持つ青年は、忌々しい過去の遺物でしかない。
「我が息子……我が愛しき第二王子は、必ずや私が癒やしてみせます! 魔法の粋を集め、この国の叡智を尽くせば、あの子の病など……! ですから、このような『紛い物』に王座を掠め取らせるなど、断じて許しませぬ!」
叫ぶ王妃の瞳には、狂気にも似た執念が宿っていた。ルシウスを「息子」としてではなく、いつか不要になれば切り捨てるべき「部品」としてしか見ていないことが、その激昂から痛いほど伝わってくる。
「……ふん、せいぜい足掻くがよい。それまではこの男が、お前の息子の『席』を守ってくれるのだからな」
王の冷笑が広間に響く。王妃は唇を噛み切りそうなほど強く結び、震える手でルシウスを睨みつけた。
それから一年。
王城という名の檻に閉じ込められ、スペアとしての教育を叩き込まれながら、彼はただ一点だけを見つめて耐え抜いた。
(待っていてください、リヴィエラ。僕の師匠、僕の――)
* * *
ルシウスは、ホロウの手を振り払い、再びリヴィエラに一歩歩み寄った。
その距離は、かつての師弟の境界を軽々と踏み越えている。
一年ぶりに見た師匠は、相変わらず小柄で――
抜けるような白い肌と、腰まである淡い茶色の髪。紅い瞳には、揺るがない強さが宿っている。
頼りなさそうな見た目は、昔と変わらないのに。
目が離せない。
「一年の間、一日たりともあなたのことを忘れたことはありませんよ。……本当は僕の方が、あなたよりいくつか年上だったみたいですし。もう『可愛い弟子』扱いは通用しません」
年齢の逆転、そして隠されていた性別。歪な同居生活は、最初から波乱の予感しかなかった。




