1. 弟子が男になって帰ってきました
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その声は、もう“あの子”のものではなかった。
代わりに降ってきたのは、低く、鼓膜を甘く震わせる青年の声。
「……ただいま、師匠」
大きな掌が、逃げ場を塞ぐように壁を打った。
「ドンッ」という鈍い音が、狭い庵に響く。
その腕は、かつての華奢な少女の面影を微塵も残していない。筋張り、しなやかで、有無を言わせぬ力を秘めている。
見上げる視線の先には、透き通るような白銀の髪と、獲物を捉えたような、深い碧の瞳。髪色は違う。が、瞳の色は懐かしい色のはずなのに――どこか違う。柔らかさの奥に、執着にも似た熱が、静かに、しかし確かに灯っている。
「ま、待って! あなた、ルーシー? 私が育てた、あの小さくてちょっと生意気な可愛い女の子だったよねーーーー!!!!????」
森の静寂を切り裂くようなリヴィエラの叫びが、木々の間を抜けて消えていった。対する青年は、その反応すら愉しむように、わずかに口元を歪めた。
「ええ。あなたが拾って、育てた――“あの子”ですよ」
その言葉に、リヴィエラの脳裏に、ある日の光景が蘇る。わざと強調された言い方に、ぞくりと背筋が粟立つ。逃げようとすればするほど、距離はじわりと詰められていく。まるで最初から、逃がすつもりなどないかのように。
「会いたかった。もう逃がしませんよ」
* * *
魔力の強さが、人の価値を決める国
――クリスタニア大帝国。
魔法を使えば、折れた骨も、裂けた肉も、瞬きする間に繋ぎ合わせることができる。しかし、この国の万能な魔法には、唯一にして最大の欠落があった。内側から身体を蝕む「病」だけは、どんな高位魔導師にも治せない。
一般的に、薬草の栽培自体は誰にでもできる。だが、その「効果」は人によって天と地ほどの差があった。
だからこそ、大地から真の生命力を呼び覚まし、病を癒やす「魔女」は、帝国にとって喉から手が出るほど欲しい、至高の「生きた資源」だった。
リヴィエラの母は、かつてブレイン伯爵邸のメイドだった。その類まれなる美しさに目をつけた伯爵に無理やり手籠めにされ、リヴィエラを身籠った。母は愛娘を権力争いの道具にさせまいと、夜の帝都を逃げ出し、人里離れた場所でひっそりと二人、息を潜めて暮らしていた。
リヴィエラは、生まれてからずっと土と薬草の香りに包まれて育った。
「いらっしゃいませ。今日はどんな薬がご入用ですか?」
母は、魔法の効かない病を癒やす薬の需要が多いことに目をつけ、薬師として生計を立てていた。その背中を見て育ったリヴィエラが、薬草作りに興味を抱くのは必然だった。
ある日、彼女が遊び半分で庭に薬草の種を押し込んでみたときのこと。
「お花、咲くかな……?」
その瞬間、種は土に触れた途端に、まるで心臓が宿ったかのようにドクンと震え、瞬く間に生命力に満ちた薬草が育った。母が熱を出した時も、その薬草は嘘のようにあっという間に熱を鎮めてしまった。
「リヴィ、いい? この力は絶対、お外の人に見せてはいけないわ」
驚愕に目を見開いた母は、リヴィエラの細い肩を強く掴んで言い聞かせた。母はリヴィエラが薬草を育てているところを絶対に見せないよう注意し、あえて普通の薬草を使い、一般的に流通されている薬と同じものを販売していた。それは母の愛であり、同時にこの国で生き抜くための「呪い」でもあった。
そうして、リヴィエラが十歳になった頃。一人の女性が、死んだように青白い顔をした男の子を抱え、家を叩いた。
「どこに行っても、この子は治せないと……! この街に良い薬師がいると聞いて……! お願いです、この子を助けて……!」
男の子は、この国では見たことのない美しい白銀の髪をしていた。首元には、キラリと光る不思議なペンダント。
リヴィエラは祈るように土を弄り、溢れんばかりの生命力を宿した特注の薬を作り上げた。
「……ん、……おかあ…さま?」
死の淵にいた男の子が、嘘のように目を覚ます。「ルシウス!」と叫ぶ女性の横で、リヴィエラは微笑んだ。
「なおってよかったね!」
「きみ……は?」
「他言無用でお願いします」
母は女性に食いかかるように言った。
女性は息を飲むと、何度も地面に額を擦りつけ、金貨を置いて去っていった。
だが、噂というものは、どれだけ隠していても漏れ出すものだ。あの女性は何件も薬師をあたったと言っていた。その不治の病が一晩で治ったのだ。聞きつけたブレイン伯爵が、ついに居場所を突き止めた。
「お前ぐらいなら、『金になる道具』と言えば文句は言わんはずだ。……いいか、逃げるなよ? 逃げたら母親の命はないと思え」
母親の叫び声を背に、荷物のように無理やり馬車に詰め込まれた。
ブレイン伯爵邸での毎日は地獄だった。窓もない薄暗い部屋で、粗悪な原料から薬を作らされる日々。
リヴィエラは寝る間も惜しんで、伯爵が他所から安く買い叩いてきた、枯れかけた質の悪い薬草をひたすら調合し続けた。
だが、それは不幸中の幸いでもあった。原料が粗悪だったおかげで、完成する薬の効能を「平凡なレベル」に偽装することができたからだ。
「くそ、何が良い薬師だ。しけた薬しか作れんじゃないか!」
父は毒づくが、その「しけた薬」を売り捌いて豪遊しているのは他でもない父だった。
「リヴィ! リヴィエラ! 何してるの! 早くしなさいよ、この泥棒猫の娘!」
義妹・セレナに冷たい水を浴びせられ、腫れ上がった指を踏みつけられる日常。それでも、いつか母とまた暮らせる日を夢見て耐え続けた。
「絶対に逃げ出してやる……」
しかし、十六歳の誕生日前夜。
お腹が空いて、いつものようにこっそり厨房に行こうとしていたその時。ふいに聞こえてきた父の言葉が、すべての希望を粉砕した。
「リヴィエラを金持ちの老人の後妻として売り払う。アイツの母親はうまく逃げたようだが、リヴィエラは母親が逃げた事を知らないからな」
(お母様が……いない? 嘘……嘘よ!)
絶望の中、リヴィエラは逃走用に用意していたトランクを手に裏口へ向かった。こんな時間だ。義妹は寝ているし、父も母も酒を浴びるほど飲んでいたのでしばらくは大丈夫なはずだ。
裏口の看守はいつも惰性だった。幸いにも、今日も気持ちよさそうに寝息を立てている。
(よし、ゆっくり……ゆっくり……)
「んんん」
「っ!」
看守が身じろぎをし、リヴィエラは心臓が止まる思いで立ちすくむ。
「すー……すー……」
(びっっくりさせないでよ!)
屋敷を飛び出し、リヴィエラは夢中で走った。走り疲れた頃、見えてきたのは懐かしい家。けれど、そこにあったのは風に晒され、腐りかけたもぬけの殻の廃屋だった。
「お母様……どこにいったの……? お願い、返事をして……っ」
返ってくるのは冷たい夜風の音だけ。
「それよりも、早くここから……捕まったら、もう二度と……!」
母からもらった一袋の種と道具を握りしめ、リヴィエラは禁忌の森へと転がり込んだ。
月明かりが不自然に歪む森の奥。彼女の前に横たわっていたのは、返り血で汚れた豪華なドレスを着て、奇妙な輝きを放つペンダントを握りしめた『金の髪の』『少女』だった。
「……大丈夫!? しっかりして! 目を開けて!」
外傷はない…が、首に禍々しい痣のようなものが広がっている。今にも息絶えそうなその子を救うため、トランクを広げすぐに袋から種を出し植えた。
暗闇の中でキラキラと蒼く光り輝きながら育つ薬草。それをすり鉢ですり潰し、口に含ませる。
「きみ……は……?」
うっすらと開かれた瞳。その輝きはこの薬草の輝きにとても似ていた。
(あれ、この子……どこかで……)
それが、運命の再会――「ルーシー」との出会いだった。




