073
「それでは行こうか。」
夜明けまでには片づけないとならないらしい。
「キズナ。持って行け。」
三原先生から渡されたのは小さな鈴が一つついた、ん?
猫の首輪ですか?
「腕輪だよっ。熊よけに付けろ。」
そう言って右手首に巻いてくれた。
違和感は続いていた。
その祠に向かう山道は灯りこそ無いものの
観光客相手に整地、整備されている。
何の説明もなく連れ出されたままの恰好で
何の苦も無く目的地に辿りけそうだ。
それにしても、「不気味」とはこんな時に使うのだろうか。
むしろ「不快」と言いたい。
この山の雰囲気がそう感じさせるのか、それとも他に何かあるのか。
何だったら僕の後ろを歩く大人達の緊張感なのか。
「見えたぞ。」
暗闇にしか見えなかった。
祠があるであろう場所は真っ暗で、闇の中に黒い穴があるかのような。
ユラユラとその穴が揺れているのが判って
その「何か」が僕の想像以上に大きくて「怖かった」
鳥肌が立っている。一人で居たなら走って逃げた。
「見えるかな?」
はい。ハッキリと。
それで、僕がアレを毟り取ればい
ガサッガサッ
大人達が一斉に身構えた。
ドオッ
地鳴りのような、犬の唸り声をずっと低くしたような音。
熊。ツキノワグマ。
ああそれになんてことだ。
この熊も「憑かれて」しまっている。
「これはちょっとマズイな。」
そんな事言わないで。
橘さんの父親がボソリと言ってしまったので
他の大人達は完全に怯んでしまった。
硬直しているのが傍から見て判るほどだった。
その人たちに下がってくださいと言いながら腕を振った。
鈴がリンと鳴る。
あれ?
声を出した僕に見向きもしない。動いた僕にまるで無関心だ。
もしかしたら。
期待とか希望とか願望などでは断じてない。
それは信頼だ。
「真壁君。君も下がりなさい。」
橘さんの父親のその言葉にのみ、熊は反応し立ち上がり、威嚇した。
僕は下がらず、熊の横に回りこむよう歩いた。
殊更大袈裟に、音を立て、声を出した。
が、熊は僕には無関心だった。
やっぱり。
信頼は確信と安心を与えてくれた。
「待ちなさいっ」
と叫ぶのを聞きながら熊に向かって走り、
その熊に纏わりついている黒い「何か」を掴んだ。
同時に、強烈な頭痛と嘔吐感に襲われた。
何とか堪えて、引っ張った。
後で聞いたのだが
「憑かれた」存在に纏わりつくその「何か」は
その本体とは完全に定着する事は無い。
以前僕がエリクとルーにそうした事があるのだが
あれは本人に元々ある「人ならざる部分」をそうしたのであって
後から憑いたものではないので「簡単に」引き剝がす事は出来ないのだそうだ。
いつものように、そしていつもより大きな音が頭の中で響いた。
その瞬間、ツキノワグマに纏わりついていた霧が剥がされる。
橘さんの父親はその熊に駆け寄り処置をする。
他の大人達は僕が剥がしたその「何か」を処理している。
何をどうしたのか判らないのは
僕の意識が飛びかけていたからだ。
大きさに関係してるのであれば
あの祠の周囲の「それ」を引き剥がしたら僕はどうなってしまうのだろうか。
でもとっとと終わらせたい。間隔を開けたらイヤになってしまう。
そんな事を考えていたと思う。
僕はそれでもフラフラと祠まで辿り着く。
よろけると橘さんの父親が脇で支えてくれた。
「できるのか?」
黙って頷き、それを掴んだ。
多分、こんな方法ではないのだろう。
浄化はもっとスマートに行われるべきた。
言うなれば、水洗いしなければならない物に対して
研磨剤を使っているよような。
もう、こんなバカな事でも考えていないとやりきれなかった。




