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48 交錯

 なんだったんだろう。


 よくわからないことを言っていたソフィさんを見送り、僕は第垓ダンジョンへと向かう。


 地図を見てだいたいわかってはいたが、だんだん道が細くなっていって、森が深くなってくる。

 僕はいつでもギルドにもどれるよう、ギルドに設定し直してもらった転送の腕輪を意識しながら進む。


 

 行き止まりが見えてきた。

 道は岩場に直結していて、その岩に大きな穴があいている。

 

 第垓ダンジョン、と岩に刻まれた文字があった。

 いままでとはちょっと雰囲気がちがう。

 

 そう思いながらダンジョンに入ろうとしたとき、ものすごい光が僕を包んだ。

 

 


 最初に見えたのは白だった。

 それから、なんだかおかしいと思ったら、僕は寝ているんだということに気づいた。

 白は天井の白だったのだ。


 体を起こそうとすると、あちこちが痛む。

 ふとんをどかしてみると、僕は水色の薄っぺらい服を着ていて、右手に包帯が巻かれていた。

 体を起こしてみる。

 頭がずきっとした。

 手をやると、頭にもなにか巻いてある。

 横を見る。

 くもり空で薄暗い外の風景と、窓ガラスにうっすらと映る僕の姿があった。

 

 頭に、かんたんに包帯を巻いていて、警戒するような目つきをしていた。




 それから様子を見に来た看護師さんが僕の様子に気づき、医者もやってきて、僕の状況についての説明が行われた。

 交通事故にあってから一週間ほど意識がもどらなかったという。

 ケガはどこも致命的なものではないというから、意識がもどらないというのが一番致命的になりそうだったのだろう。

 しばらくして母がやってきて、僕は各種検査を受けることになった。

 眠っている間にも検査をしていたらしかった。


 今日はできなかった検査もあったし、また検査の結果が出るまで、まだ僕は入院をしているらしい。


 母が医者に礼を言い、僕と母が病室で二人だけになった。


「それじゃあ、お母さんはまた来るから」

「うん」

「なにか必要なものがあったらこれに書いておいて」

 母はメモ帳とペンを、窓際の低い棚に置いた。

「わかった」


「中途半端な……どうせなら……」

 母は小声で言って、病室を出ていった。

 結局母は、僕の目を一度も見なかった。



 それから夜までなにもすることがなかった。

 個室だったので、他の患者との関わりもない。

 たまにやってくる看護師さんと、ごく短いコミュニケーションをとるだけだった。

 

 どんどん、以前の自分がもどってくる。

 僕と他人の間には透明な壁があり、一定距離以上に近づくと僕の中のなにかがシャットダウンしてしまって難しいやりとりはできなくなる。

 母はいつも、具体的な単語は出さずに僕の死を願うし、父は僕のことが見えなくなる。

 そして僕は毎日ほんの少しずつ、自分のまわりの壁を厚くする。



 

 病院の窓から飛び降りるべきなんだろうか。

 でもそれで生き残ってしまったら、いま以上に大きな迷惑をかけることになる。

 いや、そんなこと以前に、飛び降りるなんて無理だ。

 

 僕はこういうところで、狭い狭い自分の世界にこもっていることしかできない。


 夜になって、電気が消されて、僕はベッドで目をつぶった。


 こんなことならもっとダンジョンさんとの時間を大切にすれば良かった。

 第垓なんて行かずにダンジョンさんといれば良かった。

 そして、ゆっくりと眠りに落ちていった。




「ん……?」


 目を開けると、岩場があった。

 振り返ると森の中の細い道があった。


 もう一度前を見る。

 岩に、第垓ダンジョンという文字が刻まれていた。

 これは……。


 僕は転送の腕輪でギルドへ飛んだ。

 まさか。


 そして月の宿へ。

 まさか!


 その裏へ。

 

 僕とダンジョンさんの家がある!

 家に入る。


「ダンジョンさん! ダンジョンさん!」


 ロフトまで上がっていったが、いない。

 まだ宿か。


 走って入っていくと、おどろいた顔のカジル、スランス、ミミ、そしてダンジョンさんがいた。

「ダンジョンさん!」

「ナリタカ、どうしたの?」

「ダンジョンさん!」

 僕はダンジョンさんの手をとった。

 しっかりと、そこにいる。


「おい、どうしたんだ?」

 カジルが不思議そうにしている。

「なんでもない……」

「なんでもないって顔じゃねえぞ」


 僕は首を振った。

 よかった。

 あれは悪い夢だったんだ。

 

「次のダンジョンに行くんじゃないの?」

 ダンジョンさんが言う。

「いい。今日はいいんだ」

「ふーん?」

「そうだ、今日はちょっと散歩しない?」

「さんぽ?」

「うん。ダンジョンさんとの時間を大事にしようと思って」

「なんだよ。深刻そうな顔しやがって。のろけかよ」

 うんざりしたようなカジルの声を受けつつ、僕はダンジョンさんと外に出た。



 ふつうに町を歩いたのは初めてかもしれない。

「どこ行くの?」

「僕もあんまり知らないんだ。歩いてみるだけなんだけど、いい?」

「いいよ!」


 町は大きくダンジョンのある崖や岩場に囲まれていて、中心にいくに従って建物が密集している。


「いろんな人がいるね」

「そうだね」

「ナリタカ、なにかあった?」

「なんにもないよ!」

 僕は笑顔をつくった。

 そしてテンションを上げて、ダンジョンさんと楽しく話をしながら歩いた。


 さっきのは悪い夢だったのだ。

 白昼夢、というやつだろう、きっと。

 疲れていて、これまでの記憶や、ネガティブな思考や、それらのいろいろなものが混ざり合って、なんだか変なものを作り出してしまったのだ。

 

 ダンジョンのことを忘れて、家のことを忘れて、ダンジョンさんといろいろな店にも行った。

「新しい服買う?」

「うわー、いろんなのがあるねー!」

 ダンジョンさんと服も見た。

 いろいろ迷っているダンジョンさんを見ているだけでも楽しかった。

 ギルドでスイーツ的なものも食べたり、それでも夕食を宿でたっぷりとっているのを見たり、ダンジョンさんを見ているだけで楽しかった。


 そして夜になって、僕らはロフトでならんでふとんに入った。

「今日は楽しかったね」

「うん」

「また明日も楽しいといいね!」

「うん」

「明日、モンスターの出るところ、気をつけようね」

「うん」

「おやすみ!」

「おやすみ」


 女の子と二人きり、という煩悩は湧いてこなかった。

 そんなことはどうでも良かった。

 ただただ、いまが続いていて欲しい、と思うだけだった。




 そして目を開けると、また白い天井があった。

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