49 二つの世界
目が覚めたところは、また病室だった。
その日は検査もあったが、ほとんどがひとりきりの自由な時間だった。
看護師や医者と話をすることもあったが、ベッドでぼんやりしていた。
母も来たが、最低限のことをするだけなので、関わりは薄い。
だから考える時間がたっぷりあった。
昨日、と言っていいのかわかりにくいが、初めて昨日、ここで目を覚ましたときには、絶望に近い心境だった。
僕は交通事故で軽症だったが意識を失い、自分の妄想でしかない夢を見ていたのではないかと、強く感じざるを得なかったからだ。
だけど、眠ってからまた、あの世界に行けた。
ダンジョンさんにも会えた。
触ることもできれば、カジルたちと話をすることもできた。
あらためて考えてみて、あの世界の感覚は、鮮明だった。
味覚、触覚など、五感が夢では片付けられないところがあった。
意識不明になっていた人間の妄想、で片付けるにはかなり現実感が強いのだ。
あれが妄想というのなら、いまのこの状況だって妄想といえなくもない、そういう感覚だ。
僕は元々あちらの世界の人間で、いまこの状況が異世界に移った状態だ、ということだってありえなくはないんじゃないだろうか。
まあ、でも、小学生のころの記憶なども残っているから、そこまで本気で考えてるわけでもないけど。
でもやっぱりおかしい。
昨日、ダンジョンさんの世界に行けたときのきっかけは。
眠った瞬間だった。
今日はどうだろう。
夜になり、僕は眠った。
「おはよう!」
目を開けると、ダンジョンさんがすぐ近くにいた。
「もう外に出たからだいじょうぶだよ!」
「え?」
「ダンジョンになっちゃったでしょ?」
ダンジョンさんが言う。
「ああ」
ダンジョンさんが眠ってしまうとそこがダンジョンになる。
それを解消するためにはいったんダンジョンさんが外に出ればいい。
ちゃんと覚えてる。
朝食をとろうと宿屋に行くと、今日は客が多くて忙しいということで、ギルドで朝食をとった。
「おいしー!」
ダンジョンさんがバリバリ食べる。
「ほどほどにね」
「うん!」
と言っておいて、食べすぎるのがダンジョンさんである。
ちょっと考えている間に目を離してしまった。
この前よりはましだけど、のっしのっし、という感じで、ギルドから歩く。
「ちょっと食べすぎちゃった」
てへへと笑う。
「まったくもう」
「そのうち調整できるようになるから!」
「はいはい」
夢というのは、見たことがない人は見られない、という話も聞いたことがある。
シチュエーションに関してはどうなんだろうか。
「ねえ、今日はダンジョン行くの?」
「行かないかな」
「そうなの? どこ行くの?」
「ソフィさんに会えれば、と思ってるけど」
「なにするの?」
「話をききに」
僕は宿屋にダンジョンさんを送って、ギルドにもどった。
カウンターへ。
「こんにちは」
リーナさんが言う。
「なんだか久しぶりな気がします」
「そうですね」
リーナさんがにっこり。
ダンジョンさんの次に良い。
「ソフィさんに会えますか?」
「ソフィさんからも、ナリタカさんにお願いしたいことがあると」
「はい」
離脱石をつくってくれ、とか言われていたからすぐ会えるのだ。
「いつもの部屋でお待ち下さい」
「はい、どうも」
僕は、奥の部屋に向かった。
なんだかすっかりギルドの内部の人みたいだ。
十分もたたずにソフィさんがやってきた。
大きな袋を背負って。
「もう来てくれたのかい」
どっさり入った脱出石を見せてくる。
「これですか」
「そう。頼むよ」
と出ていこうとする。
「ちょっといいですか」
「なんだい」
「ソフィさんは、この世界、以外のことについて、わかりますか」
ソフィさんは僕を見てから、椅子に座る。
「この世界以外?」
「はい。僕はこの二日、別の世界と出入りしてるみたいなんです」
「ふうん?」
「信じますか」
「まあね。あんたの言うことやること、だいたい信じるよ」
「ありがとうございます」
「でも悪いけど、力にはなれないね」
「え?」
「ちょっと手に負えない」
ソフィさんが小さく首を振る。
「そうなんですか? でも、僕があっちの世界に行く直前、ソフィさんが変なことを言ってたんです。向こうの世界の僕の事情を。ソフィさんが知らないようなことを」
「それは、なんていうんだろうね。ちょっと、乗っ取られたみたいなもんかね」
「のっとり?」
「そういうのが得意なスキル、持ってるわけよ」
ソフィさんは言った。
「だけどあんたのそれは、本当に世界の違いなのかい?」
「はい?」
「世界が違うっていうのがよくわからないんだよ。それは、場所が違うっていうことではないのかい?」
そう言われてみると難しい。
世界のルールからなにから、まったく異なると思っていたけれども、たしかに、ここが現代日本と同じ時代で、場所だけワープしているという考え方もある。
でも。
「向こうの世界では、僕は手と頭にケガをしてるので、状態が違います」
「そうかい。それじゃやっぱりよくわからないね」
「そうですか」
「どっちの世界がいいとか、あるのかい?」
「こっちです。断然」
僕が言うとソフィさんは軽く笑った。
「そりゃ良かった」
「自由に行き来できてるのかい?」
「いえ。でもルールっていうか、向こうの世界で寝てる間だけ、こっちの世界にいられるみたいです」
「寝てる間?」
「はい。だから、昼過ぎ、夕方にはなる前、くらいに、向こうにもどることになると思います」
起きた時間が正確にはわからないけれども、朝の七時八時に起きたんだとすると、睡眠時間が七時間程度なら、午後三時、四時くらいか。
「寝てる間にこっちにいたら、向こうでは睡眠不足かい」
「いえ、寝たことになってるみたいです」
「寝たことになってる?」
「はい。眠さは感じませんでした。いや、そうですね……。そうだ、昨日の夜、眠ったときには、眠さは感じなかったかもしれません。そういう時間だからいちおう、ダンジョンさんと寝たっていうか」
「あの子と寝たの?」
「はい。いや、そういう意味じゃないですよ!」
「必死だね」
ソフィさんが、くっくっく、と笑う。
「あんまりからかわないでくださいよ」
「いやいや、でもそれ、すごいじゃないか」
「なにがですか」
「寝ないで、その分、他の世界で生活できるんだろう? つまりさ」
「人生が二倍、生きられるようなもんじゃないかい?」
そういう考え方はなかった。
でもそうだ。
こちらでも、あちらでも寝ずにすむなら、そういうことじゃないか。
考え方を改めるべきか。
一瞬、病院で死ねばずっと、ダンジョンさん側にいられるんじゃないか、という考えも浮かんだ。
しかし向こうの僕が基準になっている可能性は高い。
死んだらそこで終わりかもしれない。
そもそも、向こうの生活をゼロにする必要はない。
そういう考え方にするべきか。
こっちの生活100%にできないことをがっかりするんじゃなくて、これまでの向こうでのしんどい生活に、睡眠時間がいらなくなり、ボーナスステージが確保できたと考えよう。
毎日たくさん、友だちや恋人と会える時間を確保できたと考えたらどうだろう。
両親や学校のクラスメイトがどうだろうと、これまでよりもずっと、気にならなくなるんじゃないか?
なるんじゃないか、じゃなくて、そうしよう。




