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肛門科で――男性医師に見てもらうため、家から離れた病院を選びました

金曜日の午後でした。


会社の自席で、午前中に作った資料を修正していました。

来週の会議で使うものです。

数字を確認して、表の幅をそろえて、上司に送るメールを書きます。


いつもと変わらない一日でした。


「お先に失礼します」


定時を少し過ぎたところで、隣の席の人が帰っていきました。


「お疲れさまでした」


私も普通に挨拶を返します。


周囲にはまだ何人か残っていました。

キーボードの音がして、電話で話している人がいて、複合機が紙を吐き出しています。


そんな中で、私は仕事とは関係のないことを考えていました。


(明日だ)


予約を入れたのは、その三日前の夜でした。


自宅のベッドでスマートフォンを見ていました。


検索欄に、


『女性 肛門科 初診』


と入力します。


一度消して、


『おしり かゆみ 病院』


と入れ直しました。


検索結果には、痔や皮膚炎について説明する病院のページが並びます。


私は痔ではありません。

かゆみもありませんでした。

少なくとも、病院へ行かなければならないような症状は何もありません。


(でも、かゆいと言えば)

(診てもらえる)


自宅から電車で少し離れた場所にある病院を選びました。


家の近所ではありません。

会社の近くでもありません。


知っている人に会う可能性が低く、女性の看護師さんが診察に同席することが案内に書かれている病院でした。


院長紹介のページを開きます。


五十代ぐらいの男性医師の写真が出てきました。

白衣を着て、穏やかに笑っています。


(この人に)

(見られるんだ)


その瞬間、胸の奥が小さく震えました。


予約画面には、受診理由を入力する欄がありました。


『数日前から肛門の周囲に痒みがあります』


そこまで書いて、指が止まります。


(嘘ついてる)


悪いことをしているような気持ちになりました。


実際、嘘でした。


症状がないのに、あることにして診察を受けようとしています。


それでも入力した文章を消すことはできませんでした。


『出血や痛みはありません』


もう一行つけ加えます。


間違いがないか何度も読み返してから、予約ボタンを押しました。


『予約が完了しました』


画面にその文字が表示されます。


(予約しちゃった)


取り消そうと思えば、いつでも取り消せました。

でも、私は取り消しませんでした。


土曜日の朝。


目覚ましが鳴る少し前に目が覚めました。


しばらくベッドの中で横になったまま、天井を見ていました。


(今日、本当に行くんだ)


病院へ行く支度をします。


白いブラウスと、膝丈のスカートを選びました。


特別に派手な服ではありません。

どこにでもいる普通の会社員が、休日に少し用事を済ませにいくような服装です。


下着も、普段と変わらないものにしました。

わざわざ選んだと思われるようなものは避けます。


(病院に行くだけ)

(診てもらうだけ)


鏡の前に立ちました。


髪を整えて、薄く化粧をします。


鏡の中には、これからお尻の穴を見せにいく女性には見えない私がいました。


(この普通の女の子が)

(今日、知らない男の人に)

(お尻の穴を見られるんだ)


それを考えると、顔が熱くなります。


何も知らないような顔で家を出ました。


電車に乗っている間も、何度か予約確認の画面を開きました。


最寄り駅で降り、小さなビルの二階にある病院へ向かいます。


受付を済ませると、問診票を渡されました。


待合室には、年配の男性が二人と女性が一人いました。


私は少し離れた席に座り、問診票を膝の上へ置きます。


『症状のある場所』


書かれている身体の図の、お尻の部分に印をつけました。


『主な症状』


痒み。


『いつから』


数日前から。


全部、予約するときに考えたとおりに記入します。


(本当は何ともないのに)


受付へ問診票を返しました。


自分の嘘が書かれた紙を、知らない人に読まれます。

それだけでも少し恥ずかしくなりました。


椅子に座り直し、呼ばれるのを待ちます。


年配の男性が先に診察室へ入りました。

しばらくして出てきます。


次に女性が呼ばれました。


壁の時計を何度も見ました。


やがて私の名前が呼ばれ、診察室へ入りました。


中には、ホームページで見た男性の先生がいました。

すぐそばには女性の看護師さんが立っています。


「どうぞ、おかけください」


「失礼します」


椅子に座りました。


先生が問診票を見ます。


「数日前から、肛門のあたりにかゆみがあるんですね」


「はい」


「痛みや出血はありませんか?」


「ありません」


「便秘や下痢は?」


「特にはないです」


普通の患者らしく答えました。


先生は少し考えてから、


「皮膚がかぶれているだけかもしれませんが、念のため診てみましょう」


と言いました。


(きた)


「はい。お願いします」


できるだけ不安そうに返事をします。


看護師さんに案内され、カーテンで区切られた診察台の横へ移動しました。


「スカートはそのままで大丈夫です。ストッキングと下着を膝ぐらいまで下ろして、こちらを向いて横になってください」


「はい」


挿絵(By みてみん)


カーテンの向こうには先生がいます。

姿は見えなくても、話し声や椅子の動く音が聞こえました。


私はスカートを腰まで持ち上げます。


ストッキングを穿いてこなくてよかったと思いました。


下着へ指をかけました。


(本当に脱ぐんだ)


病院だから、あたりまえです。


診察を受けるのだから、下着を下ろさなければなりません。


それでも、膝のところまで下ろした瞬間、急に心細くなりました。


下半身へ薄いタオルをかけてもらい、診察台の上で横向きになります。


「上の脚をもう少し曲げて、膝を胸のほうへ寄せてください」


看護師さんに言われたとおり、脚を引き寄せました。


タオルの下でもお尻の肉が広がり、お尻の穴が外の空気に触れるのがわかります。


背中が丸まり、お尻が後ろへ突き出る姿勢になりました。


(こんな格好なんだ)


下着は膝まで下がっています。


腰から下を覆っているのは、薄いタオルだけでした。


「先生、お願いします」


カーテンが開く音がします。


先生が入ってきました。


足音が診察台の後ろで止まります。


先生の顔は見えません。

私は壁のほうを向いたままです。


でも、男の人が自分のお尻のすぐ後ろに立ったことはわかりました。


「失礼しますね」


タオルがめくられました。


腰から太ももまでが露わになり、開いたお尻の穴へ直接、空気が触れます。


(見られる)


看護師さんの手が私のお尻に触れました。


片方の手が上側に、もう片方の手が下側に添えられます。


そのまま、左右へゆっくり広げられました。


挿絵(By みてみん)


「ひっ……」


小さな声が漏れました。


冷たかったからではありません。


看護師さんの手で、さらにお尻の穴を広げられていることがわかったからです。


(ひいん)

(広げられてる)


こんな普通の女の子が、男性の先生の前でお尻の穴を広げられています。


会社では真面目に仕事をしています。


同僚の前では、こんなところを見せる女性だと思われたことなど一度もありません。


その私が今は下着を膝まで下ろされ、知らない女の人の手でお尻の穴を広げられて、年上の男性に見られていました。


(かわいそう)

(私、かわいそう……)


そう思うと、羞恥心がさらに大きくなりました。


私は何も悪くありません。

かゆみがあって病院へ来ただけです。


診察に必要だから、仕方なくこんな格好をさせられています。


先生が少し近づきました。


視線が、お尻の真ん中に集まっているのがわかる気がします。


「少し赤くなっていますね」


先生の声は、あくまでも事務的でした。


「痔ではありません。肛門の入口まで少しかぶれていますね」


最初からわかっていたことなのに、ほっとしたような顔をしてみせます。


「塗り薬を出しておきます。このあと少し塗っておきましょう」


先生は私のお尻から離れ、そのまま診察机へ戻って椅子に座りました。


でも、診察室から出ていったわけではありません。


私から数歩しか離れていないところで、パソコンへ何かを打ち込み始めます。


挿絵(By みてみん)


「かたかたかた」


(まだそこにいる)


私は下着を膝まで下ろしたままでした。


診察台の上で横向きになり、上になった脚を胸のほうへ引き寄せています。


顔は先生と反対の方向を向いていました。


先生の姿は見えません。


でも、男の人がすぐそばにいることは、キーボードの音ではっきりとわかりました。


(もう診察は終わったのに)

(まだこの格好なんだ)


看護師さんが軟膏の容器を開けます。


「少し冷たいですよ」


「はい」


何でもないように返事をしました。


ビニール手袋をした看護師さんの手が、また私のお尻に触れます。


片方の手で上側のお尻を持ち上げられ、閉じかけていたところをもう一度ゆっくり開かれました。


(ひいん)


今度は先生に診てもらうためではありません。

薬を塗るためです。


それなのに私はまだ、男の先生のすぐそばで、看護師さんの手でさらにお尻の穴を広げられていました。


(こんな普通の女の子が)

(まだこんな格好をさせられてる)


軟膏のついた指先が触れました。


最初は外側です。


お尻の穴のまわりをなぞるように、ぬるっとした感触が広がっていきます。


「このあたりが、かゆいですか?」


「あ……はい。そのあたりです」


嘘でした。


それでも、少しつらそうな声を出してみせます。


先生には、かゆみを我慢して病院へ来た普通の患者に聞こえているはずでした。


(何も悪くないのに)

(こんなところに薬を塗られてる)


かわいそう。


会社では真面目に働いている、二十六歳の普通の女の子です。


それなのに今は、下着を膝まで下ろされて、知らない女の人のビニール手袋で、いちばん恥ずかしいところを触られています。


しかも、すぐそばには男の先生がいました。


「かたかたかた」


キーボードの音が続いています。


先生はこちらを見ていないのでしょう。


でも、椅子を少し回して振り返るだけで、すぐに見えてしまいます。


看護師さんの手で開かれたお尻。

その真ん中にある、お尻の穴。

膝まで下ろされた下着。

胸元へ引き寄せた脚の奥にある、女の子のいちばん大切なところまで。


(先生が振り返ったら)

(お尻の穴も、あそこも)

(全部見られちゃう)


そう考えた途端、自分の姿が急にはっきりと頭に浮かびました。


横向きに寝かされ、下半身をむき出しにされている私。


そう考えた瞬間に、股の奥がじわっと熱くなりました。


看護師さんにお尻を広げられながら、男の先生がいつ振り返るかわからない場所で、じっと処置を受けています。


(ひどい)

(こんなの、かわいそうすぎる)


もちろん先生は、私がどんな状態なのか知っています。


振り返らなくてもわかっているはずです。


自分が診察したお尻の穴を、今は看護師さんが広げていることも。

その下で、あそこまで全部見えちゃっていることも。


(全部わかってるんだ)

(見なくても)


その事実が、実際に見られることと同じくらい恥ずかしく感じられました。


「少し内側にも塗りますね」


看護師さんが何でもないことのように言います。


「はい……」


今度は、小さな声しか出ませんでした。


軟膏のついた指先が、お尻の穴の入口を押します。


(ひいん)

(中も……)


反射的にからだへ力が入りました。


「楽にしてくださいね」


「すみません」


どうして私が謝っているのでしょう。


私のお尻を開いているのは看護師さんです。

そこへ指を入れようとしているのも看護師さんでした。


私は何も悪くありません。


ただ診察台へ寝かされて、言われたとおりにしているだけです。


ビニール越しの指先が、入口の内側へゆっくり触れてきました。


「あっ……」


声が漏れます。


「痛いですか?」


「いえ……大丈夫です」


痛くはありませんでした。


ただ、自分の内側に女の人の指が触れていることが、はっきりとわかります。


外側だけではありません。


誰にも見せないはずの場所の、その内側にまで薬を塗られていました。


(男の先生がすぐそこにいるのに)

(女の人の指を入れられてる)


先生が振り返るところを想像します。


あそこがさらに疼いた感じがしました。


看護師さんにお尻を開かれ、その真ん中へ指を入れられている私。


お尻の穴も、あそこも、隠すものは何もありません。


そんなところを見られたら、普通の女の子なら耐えられないはずでした。


(見ないで)

(お願いだから、振り返らないで)


心の中でそう繰り返します。


でも、キーボードの音が一瞬止まるたびに、


(振り返るかも)


期待している自分がいました。


「もう少しだけですよ」


看護師さんの優しい声が、かえって恥ずかしく感じられます。


まるで、とてもかわいそうな処置を我慢している患者を慰めているようでした。


(そう)

(私は我慢してるだけ)


自分からこんなことを望む女の子ではありません。


かゆみがあって仕方なく病院へ来て、仕方なく下着を下ろして、仕方なく男の先生にお尻の穴を見られました。


そのうえ今は処置だから仕方なく、看護師さんの指で内側にまで薬を塗られています。


(かわいそう)

(私、かわいそう……)


そう思うたびに、恥ずかしさがからだの奥へ沈んでいきました。


「はい、終わりました」


指先がゆっくり離れます。


開かれていたお尻から、看護師さんの手も離れました。


「もう服を戻して大丈夫ですよ」


「あ……はい。ありがとうございます」


終わってしまいました。


ほっとするはずなのに、急にそこだけ空気が冷たくなったような気がします。


私は急いでいるふりをして下着を引き上げました。


下着が触れた瞬間、あそこがすっかり濡れてしまっていることに気づきました。


スカートを戻し、何事もなかったように診察台から起き上がります。


先生はまだパソコンを見ていました。


結局、こちらを振り返りもしませんでした。


(見てなかったんだ)


ほんの少しだけ、取り残されたような気持ちになります。


先生は画面を見たまま、淡々と言いました。


「一週間ほど使って、良くならなければまた来てください」


「はい」


私は頭を下げます。


処方箋を受け取り、診察室から出ました。


待合室には、さっきまでいなかった若い男性が座っていました。


目が合いそうになり、すぐに逸らします。


この人には、私がどんな診察を受けたのかわかりません。


私がほんの少し前まで下着を膝まで下ろし、男の先生にお尻の穴を見られていたことも知りません。


(誰も知らない)


会計を済ませて病院を出ました。


外は、来たときと何も変わっていませんでした。


車が走り、信号を待つ人がいて、向かいの店から家族連れが出てきます。


その中を、私も普通の顔で歩きました。


駅へ向かう途中、ショーウインドーに自分の姿が映ります。


挿絵(By みてみん)


白いブラウスと膝丈のスカート。


どこにでもいる、真面目そうな普通の女性です。


(この女の子が)

(さっきまで、あんな格好してたんだ)


歩きながら、診察台の上での自分を思い出します。


お尻を広げられたこと。

先生の声。

ビニール手袋の感触。

指先が内側へ触れた感覚。

キーボードの音が止まるたびに、振り返られることを期待していた自分。


(また来てください、だって)


良くならなければという意味です。


でも、私には最初から症状などありませんでした。


良くならなかったと言えば、もう一度くらいは来られるかもしれません。


でも、同じことを繰り返すだけでは、今日ほどの気持ちにはなれないような気もします。

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