四 焦燥感③
* * *
秋が深まる十一月中旬の土曜日。
久しぶりに、学校以外で輝先輩と会えることになった。
彼の家には十五時まで家庭教師が来ていたから、私は初めてひとりで足を運んだ。
「先輩、髪……!」
「うん、昨日の夜に染めた」
インターホンを押すと出てきた輝先輩の髪は、真っ黒になっていた。
明るい金色なんて見る影もない。
かっこいいけれど、少しだけ残念な気持ちにもなった。
彼の部屋に行っても、なんだか落ち着かない。
緊張とは別に、奇妙な気分になった。
もしかしたら、髪色だけ見ていると輝先輩じゃないみたいだからかもしれない。
「なんか変な感じ。先輩じゃないみたい」
「俺もそう思う。先生にもちょっとびっくりされたし」
家庭教師も髪の色を戻すように言っていたのに、いざ黒髪になった彼を見ると一瞬驚いていたのだとか。
その気持ちがよくわかる。
「金色から真っ黒だもんね」
「まぁな」
「優等生みたい」
「優等生だよ」
「金髪だったのに?」
「そう。真面目な金髪だったからな」
「自分で真面目とか言う?」
「本当のことだろ」
冗談を言い合って、クスクスと笑って。
(あ、やっぱり先輩だ)
いつもと変わらない雰囲気が楽しくて、同時にホッとした。
輝先輩と学校以外で会うのは、お祭りの日以来だった。
家庭教師の日を増やした彼は、ただでさえ忙しく、学校と家庭教師から出される課題に追われる日々を送っている。
だからせめて、邪魔はしたくなかった。
その代わり、週に二回は一緒にお弁当を食べているし、休み時間に会いに来てくれたり、駅まで一緒に帰ったりはしている。
本音を言えば寂しいけれど、輝先輩は本当に頑張っている。
そのことをよく知っているからこそ、今はそれだけでも充分嬉しかった。
それに、彼の受験が終われば、水族館デートが待っているのだから。
「そういえばさ」
「うん」
「結局、文系で出したんだっけ?」
「あ、うん」
希望調査書は、とりあえず文系に丸をつけておいた。
「理系より文系の方がいいし。志望校はまだ決まってないんだけどね」
「そっか」
「っていうか、私より先輩の方が先だし」
「いや、俺はまぁ……」
「え? 志望校、決まったの?」
「まだ悩んでるけど、だいたいは決めたよ」
一瞬だけ悩んだけれど、輝先輩がそう話してくれたということはもう少しくらいなら訊いてもいいのかもしれない。
そう感じて、一拍置いてから口を開いた。
「どこ?」
「S大かF大」
「そうなんだ。えっと、学部とかはどうするの?」
閉じこめたはずの焦燥感が、急激に大きくなって顔を出す。
彼が打ち明けてくれたことは嬉しいのに、真菜の時と同じように自分だけが置いてきぼりにされてしまう気がして、不安でいっぱいになった。
「いや、まだそこまでは……もうちょっと悩んでるっていうか……」
「そうなんだ」
あからさまにホッとてしまい、ハッとする。
「そんなに安心した顔するなよ。俺、結構ギリギリなんだけど」
「ご、ごめんね……! そういうつもりじゃ……」
苦笑する輝先輩に、慌てて頭を下げる。
「じゃあ、キスしてくれたら許す」
「えっ!?」
ボッ……と、頬が熱くなったのがわかった。
付き合って三ヶ月になる今、キスは何回もしている。
だけど、いつだって仕掛けてくるのは彼からで、私からキスをしたことは一度もなかった。
「してくれないなら許さない」
それが冗談だとわからないわけじゃない。
悪戯に笑う輝先輩は、私をからかっている節もある。
全部気づいていたけれど、私は思い切って顔を近づけながら瞼を閉じた。
チュッとリップ音が鳴る。
勢いのあるキスは、彼みたいに優しい触れ方じゃなかった。
「下手くそ」
「う、うるさいっ……! 初心者だもん……!」
真っ赤になっているであろう私に反し、輝先輩は楽しそうに破顔している。
悔しくて、恥ずかしくて、ムカつくのに……。
「うそ。めちゃくちゃ可愛い」
私を抱きしめた彼に耳元で囁かれて、胸の奥がキュンキュンと震えた。
「ずるい……!」
ははっと笑った輝先輩は、私の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、美波が初心者じゃなくなるようにもっとキスしようか」
「バカ……」
反抗しながらも、彼のキスを受け入れた私はもっとバカなのかもしれない。
それなのに、甘く触れる唇を感じながら、このままもっとくっついていたい……なんて密かに思っていた。




