一 知らなかった夏休みの幸せ①
お盆に入ると、真菜は大阪に行ってしまった。
それまでバイトはもちろん、課題や遊ぶために会っていた彼女との予定はしばらくない。
きっと、本当なら寂しかったに違いない。
だけど、今はそんな心配はなかった。
スケジュールアプリの八月の予定は、パンパンに詰まっている。
まずは、バイトと家族で出掛ける予定。
それから、輝先輩と約束している日。
真菜と遊ぶ日を含めると、もうほとんど空いている日はない。
お盆期間はバイト三昧で、丸一日休みなのは今日だけだった。
菜々緒さんには『せっかくの夏休みなのにそれでいいの?』と笑われた。
ただ、家族で出掛ける高校生やパートさん、帰省する大学生たちがいて人手が足りないから、店長には感謝されている。
私も、暇を持て余さずに済んでお金も稼げていいこと尽くめだ。
もっとも、バイト代が入るのはまだ少し先だし、夏休みの軍資金にはならないのだけれど……。
「美波、遅いぞー」
「ごめん! 駅に着く直前に、家にスマホを忘れたことに気づいて……!」
「ドジだなー」
ムッとして思わず頬を膨らませると、輝先輩がククッと笑う。
「美波、顔が真ん丸だぞ」
「うるさい」
「おっ、遅刻したくせに偉そうだな」
「うっ……ごめんなさい……。なにか奢ります……」
「素直でよろしい。じゃあ、行くか」
明るい笑顔の彼につられるように、私も自然と笑みを零していた。
今日は、輝先輩と遊園地に行く。
夏限定のパレードを筆頭に、アトラクションも楽しみで仕方がない。
今朝、出掛ける時にスマホを忘れたのも、ワクワクして眠れなかったせい。
あくびが出ないか心配だったけれど、今は目も頭も冴えていた。
私の家の最寄り駅から遊園地までは、一時間ほどかかる。
道中ではおしゃべりが止まらず、ふたりで冗談を言い合ったり他愛のない会話をしたりしていると、あっという間に着いた。
ところが、チケット売り場には大行列ができていた。
これじゃあ、どう頑張っても開園時間には中に入れないだろう。
「ごめん……。私が遅刻したから……」
「五分の遅刻くらいじゃ、そう変わらないだろ。この状況だと、一時間前に来ないと無理だったよ」
確かに、私が遅れたのは五分程度。
この行列を見る限りでは、たとえもう十分早く着いていたとしても開園時間には入場できなかったに違いない。
「あと、そもそもあの列には並ばなくていいし」
「なんで?」
「電子チケット、取っておいた」
「うそ!」
「マジで」
「輝先輩、天才ですね!」
「美波はこういう時だけ敬語になるよなー」
おかしそうに笑う彼は、電子チケット用の入場窓口に私を促した。
おかげで、開園時間から十分ほどで入場できた。
「あ、先輩。チケット代払う」
「いいよ」
「えっ?」
「今日は特別。チケット代だけ奢ってやるよ」
「でも……」
入園料は二千円だけれど、輝先輩はフリーパス付きのものを買ってくれていた。
合わせると、五千円ほどになったはず。
コンビニスイーツを奢ってもらった時のように甘えるわけにはいかない。
「遊園地はさすがに高いからいいよ! 私も一応バイトしてるし」
「まだたいしてバイト代入ってないだろ」
「それはそう、だけど……」
七月分のバイト代はもらったけれど、微々たるものだった。
もっと言えば、今は研修期間中だ。
八月分のバイト代だって、シフトのわりには多くはないに違いない。
「だから、今日は俺の奢り。その代わり、美波のバイト代が入ったらなんか奢って」
戸惑う私に、彼が「行くぞ」と笑う。
「早く並ばないと時間がもったいないって。アトラクション全制覇するんだろ?」
ニッと口角を上げた輝先輩は、私の心を操るのが上手い気がする。
「する!」
「はい。じゃあ、行くぞ。こんなところで悩んでる時間なんてないからな」
頷きながら、つい笑ってしまっていた。
「ありがとう」
「よしよし。素直にお礼言える子には、あとでチュロスを買ってあげよう」
「先輩ってやっぱりお父さんみたいだよね」
「だから、十八歳だって。てか、美波って変なところで律儀だよなー」
「え? 律儀? っていうか、変なところってなに?」
「敬語は使わないくせに、奢りは遠慮するとか?」
「敬語は気づいたら……先輩が馴れ馴れしいからつられたんだよ」
「俺は先輩っぽくないって?」
「……先輩っていうか、お父さん? なんかたまに親目線だし」
「おい、こら」
わざと眉をひそめた彼に、つい噴き出してしまう。
冗談めかしたやり取りも、遊園地特有のワクワク感も、心を逸らせてくれる。
いくつものアトラクションを制覇するために、私たちは園内の最奥から攻めていくことにした。




