第一九話 September 02その2
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二メートル程の高さをホバリングするヘリから武装した警官が降り立った。だが自動小銃を手にし、特殊防護服に身を包んだその姿はまるで軍隊のようだ。
「警視庁警備部特殊部隊、通称SATだ」
嶋村が誇らしげに解説する。特殊部隊員は八名、自動小銃だけでなく対物ライフルを装備している者もいる。モンスターがこの世界に出現したため重武装となり、二四時間態勢で待機していたのだ。
確かにその装備も、精鋭を絵に描いたようなその機敏な行動も、非常に頼もしく見えるだろう。モンスターなど敵ではないように思えるだろう。だが甲斐も言うように、あのモンスターのレベルは一二から一三。嶋村はその意味を全く理解せず、理解しようともしなかったのである。
SAT隊員はある程度散開して銃器を構えた。銃口は二体のモンスターへと向けられるが、その二体の背後には大勢の市民がいてとても発砲できない。だが、
「何?」
そのとき、モンスターが羽ばたいた。そのまま逃げるかと思われたが、それらは地上数メートルの高さで宙に浮かび、その場その高さに留まっている。まるで「撃ってみろ」と挑発するかのように――
「Kikikiki!」
ハルピュイアが牙を剥いて嘲笑うように啼く。挑発するかのように、ではない。挑発しているのだ。ハルピュイアの首から上は人間の女のそれであり、その表情を見れば彼女のその意図は疑いようがなかった。不審に思うSAT隊員だが、撃たない・見逃すという選択肢は彼等にはない。一瞬の逡巡を経て、
「撃て!」
隊長の命令の下、八丁の自動小銃と対物ライフルが火を噴く。無数のその銃弾は――モンスターの直下にいた多数の市民を貫いた。十何人もの市民が身体から血を噴き出して倒れ、悲鳴が響き渡り、対物ライフルの直撃を受けた者は胸から上が爆散する。SAT隊員はその惨事に硬直した。その隙を突くようにワイバーンが飛来し、急接近。
「ひっ、ひいっっ!」
SAT隊員は悲鳴を上げながら小銃を乱射するが、その射線は四〇度以上低い。銃弾はモンスターの足元を通り過ぎてまたもや市民の身体を撃ち抜いた。そしてワイバーンの爪がそのSAT隊員の頭部を貫き、彼は一瞬で絶命。その身体は人形のように振り回されて投げ捨てられた。
「な……なぜ……」
身も心も凍り付かせた嶋村はそれ以上何も言えなかった。その後ろで小林氏やジュン達が、
「傀儡魔法か?」
「いえ、状態異常の魔法で方向感覚を狂わされただけだと思います」
「いずれにしてもレベル三相当、魔法としては初歩の初歩よね」
「レベル二桁のハルピュイアならこの程度は造作もないか」
等と冷静に論評している。だがその声は嶋村の耳には届かないようだった。彼は「なぜ」と呆けたようにくり返すだけである。
『これじゃ自衛隊や米軍が出てきても同じことだな』
「武器の威力が上がれば結果はかえってひどくなるんじゃない?」
「そうだね。魔法に対する備えがなければ……」
武器や装備の性能を比較すれば、スメール帝国のそれはSATの足元にも及ばない。その差は大人と子供の差よりもまだ、果てしなく大きい。が、魔法技術に関して言うならその差は逆転してちょうど正反対となるのだ。
仮にスメール帝国の兵士がハルピュイアに状態異常の魔法を仕掛けられたとしても、彼等はここまであっさりと魔法にかかったりはしないだろう。かかったとしても、彼等はすぐにその事実に気が付くだろう。スメール帝国の最下層の一兵卒が受けている程度の、最低限の魔法防護すらSAT隊員は受けていない。向こうの世界なら子供ですら知っている程度の、最低限の魔法に関する知識すらSAT隊員は持っていないのである。
TVは逃げ惑う人々を、なぶるように人々を襲うモンスターの姿を流し続けている。殺された人々の身体から吐き出されたカルマは次々とモンスターへと回収されていく。その光景にジュンは訝しげな顔となった。
「あのモンスターは何を目的としているんだ? カルマを得てレベルアップがしたいのならもっと効率的なやり方がいくらでもある。弱い相手をなぶること自体が目的? でもそんなモンスターはいなかったはず……」
上空から滑空し、逃げ遅れた子供に襲いかからんとするハルピュイア。だがそのとき、稲妻のように上空から飛来したラートリーの一撃がハルピュイアの頭部へと叩き込まれる。モンスターは無様な悲鳴を上げて真下へと墜落した。その頭部から地面へと降り立ったラートリーは折れた日本刀を投げ捨てる。
「大丈夫?」
呆然とする子供を抱きかかえてその母親へと引き渡した少女はハルピュイアへと向かい合った。無手のラートリーがボクサーのように拳を構え、ハルピュイアは大きく翼を広げて牙を剥く。
「Kikikiki!」
ハルピュイアは一瞬で弾丸のように加速し、ラートリーへと突進。ラートリーもまたそれを上回る速度で疾走した。刹那の時間を経て両者が交差し、
「Ki――」
ラートリーの回し蹴りがハルピュイアの首を刎ね飛ばし、その首が高々と舞って地面に墜ちる。モンスターの身体から吐き出されたカルマはラートリーへと回収された。
一方の甲斐はワイバーンと戦っているところである。上空へと逃れようとするワイバーンだが、甲斐はビルの壁面を駆け上がって高さで並んだ。ビルを蹴った甲斐が日本刀を振り抜き、ワイバーンの片方の翼を切り落とす。ワイバーンは悲鳴を上げ、回転しながらビルに激突。甲斐は先に地上に降り立ち、ワイバーンの真下へと急行した。
「Gigigigi!」
くちばしを大きく開けたワイバーンがビルを削りながら落ちてくる。甲斐は瓦礫の襲来に顔をしかめながらもそれを無視し、モンスターを待ち構えた。そして、
「奥義、毘沙門天剣!」
上へと向かって放たれた必殺剣がワイバーンの身体を真っ二つとする。左右に分かれたモンスターの遺骸が甲斐の両側に落ち、血が水たまりのように広がった。そしてその身体から吐き出されたカルマは甲斐へと吸収される。そこにラートリーがやってきて、
「ごめん、剣折っちゃった」
「あー……仕方ないよ。一緒に親父に謝ろう」
甲斐の言葉にラートリーは「うん」と頷いた。そのとき、歓声が爆発。びっくりする二人を人々が取り囲んだ。
「すげえよ、あんた達!」
「助けてくれてありがとう!」
「すごい、格好いい! 人間にあんな動きができるなんて!」
人々の賞賛の言葉に少年と少女は目を白黒させる。何百人という人々が二人の下に集まり、さらに何台ものTVカメラがそれに加わった。
モンスターを一蹴した二人の活躍はリアルタイムでTV中継されており、ジュン達もまたホテルのラウンジでそれを見守っていた。モンスターが倒され、ジュンは安堵のため息をつく。
「とりあえず二匹減らせたか」
「でもまだモンスターは二〇匹いるわ」
「そうだな。それにドラゴンも」
「どうやって片付けるか……いや、どうやって探すかを考える方が先か」
ジュン達の会話に口を挟んできたのは、ようやく再起動した嶋村だった。
「そんなこと、お前等が考えることじゃない。警察に任せておけばいいんだ」
「任せておいたからあの結果だったんじゃないですかねぇ」
とTVを指差す小林氏。そこに映っているのは、SATに撃たれて負傷した人々が救護を受けている光景だった。嶋村が忌々しげに舌打ちをする。
「それと、あなたが考えることでもないんじゃないかしらね。明日以降は」
そう言ってブラック・ウィドウは親指で弓人のことを指し示した。弓人は最初から全く様子が変わらず、嶋村やジュン達と関わらずにスマートフォンでゲームをし続けている……
「――いや、そのスマートフォンは」
間違い探しのような小さな差異に、嶋村はすぐに気が付いた。弓人が持っているスマートフォンが、最初に持っていたものと違っている。
「あなたとのやりとりは全部動画で撮影して、即ネットにアップしているわ。ラートリーの身柄を移送する、って辺りからね」
「な、何を勝手な」
「仲間と自分を守るためだもの。仕方ないわ」
ブラック・ウィドウはそううそぶき、キセルをふかす振りをした。弓人が持っているのはブラック・ウィドウのスマートフォンであり、動画は彼女のアカウントで五千万人のフォロアーに対して公開されている。それはすぐに拡散されて、何億という人間がそれを目にすることになるだろう。
「あなたが甲斐君の邪魔をしなければ死なずに済んだ人間はわずかでも増えたかもしれない。その責任を免れるとは思わないことね」
勝ち誇るブラック・ウィドウに対し、嶋村はまず歯軋りをした。何か言い返そうとして、そこに鳴らされる着信音。鳴り続ける嶋村の携帯に対し、彼は長い時間それに出ることができなかった。
September 02 at 15:18 74 / 100,013
甲斐とラートリーがホテルに戻ってきたのはかなりの時間が経ってからである。二人を笑顔のジュン達が出迎えた。
「お疲れさま。大変だったね」
「そうですね。モンスターはともかくとして……」
と実際疲れた様子の甲斐。今回のモンスターはそこまで強かったわけもでなく、それとの戦闘は甲斐達にとってはルーチンワークみたいなものだったが、問題はその後だった。「ナラクエ」プレイヤー生存者は警察によって隔離されていて、どのメディアもまともに取材ができなかったのだが、そのプレイヤーが目の前に現れたのだ。しかも凶暴なモンスターを鎧袖一触で倒すというおまけ付きで。その場の新聞記者・TVのレポーターが甲斐達に殺到したのは当然だった。基本的に素直で真面目でお人好しの甲斐はそれらの記者をなかなか振り払うことができず、事情聴取をしようとした警察が記者を排除してようやく解放されたのだ。もっともその後の事情聴取もまた甲斐にとっては疲れるものだったが。
それらに何とか区切りを付けて、パトカーに送られて二人がホテルに戻ってきたのが今である。一応人心地ついた甲斐は、何かを思い出して周囲を警戒した。
「そう言えばジュンさん、ラートリーをどこかに移送させるって話は」
「まだ来ていないが、警察はそれどころじゃないし入管庁も多分同様だろう」
ジュンが甲斐にスマートフォンの画面を見せる。そこに表示されているのは、警察と嶋村に対する非難と指弾の渦だった。
「何人もの国会議員がこの子の移送を阻止するために行動すると言ってくれている。野党だけじゃなく与党の議員も」
「それでももし移送しようとするなら追い返せばいいわ」
力強いジュン達の言葉に甲斐は心底安堵し、倒れるようにソファに座り込んだ。
「良かった……ありがとうございます」
ラートリーもまた一同に対して深々と頭を下げ、感謝の意を示す。ジュンは笑って手を振った。
「気にしなくていい。仲間だからね」
『ま、貴重な最強戦力だからな』
和やかに笑い合うジュンや甲斐達の姿を、植木の向こうから見つめる一つの影――堀江だ。やがて彼は立ち上がり、ロビーを離れた。
それからしばらく後、堀江はそのホテルの屋上へとやってきている。サングラスを外した彼の眼は紅く輝き、その瞳孔は蛇のそれのようだ。
「本番はこれからだぞ、諏訪部ジュン。それに、門脇甲斐」
そう言って薄く笑った彼はその場から大きく跳躍、隣のビルの屋上へと飛び移る。堀江は八艘飛びのように大きくジャンプし、ビルからビルへ、屋上から屋上へと移動。その姿はすぐに淀んだ空気にかすみ、消えていった。
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