あと0日
気がつけば、7月28日になっていた。つまり今日が最後の日だ。
「いつのまにか、日付が変わっていたみたい」
私は携帯の画面を見て言った。本庄はウイスキーを飲んでいた。
「ねえ、せっかく最後の日だから、私とゲームしましょう」
「どんな?」
「お互い本音で喋る!隠し事はなし!どう?面白そうでしょう?」
私は笑った。
本庄はグラスを置いた。
「なるほど、じゃあお前に聞こう。なぜ俺たちの組に来た?他にもヤクザなんかいっぱいあったのに」
私は笑顔のまま答えた。
「もともとね、死にたかったの、ずっと。もし世界が終わるなら、銃が欲しいな、誰かを一発二発撃ってから死にたいなって思ったのよ。インターネットの掲示板や闇サイトを見てまわったわ。それで暴力団から銃を買うのが良いと思ったわけ」
私は銃の感触を確かめるように手を開いたり閉じたりした。
「じゃあどの暴力団かって思ったんだけど、幸いこの街には暴力団がたくさんいるから。でも私だって、結局手に入りませんでしたは嫌なのよ。だから、指定暴力団じゃない貴方達のところに行った、ってところね」
「ほう、知ってたのか」
「知ってたわよ。貴方達が黒い事を好まないこともね。組長さんの考えでしょう?」
「そうだ。爺さんはヤクザ者に向いてないくらいお人好しだったからな」
本庄は座ったまま後ろに倒れた。
「私も貴方に聞きたいわ。どうして、貴方は私に銃を買わせてくれたの」
「お前が欲しかったからだ、……たぶん」
「え?」
予想外の答えに思わず聞き返してしまった。
「あの時、お前の提案を断ったら、お前がどこかへ行ってしまうと思った」
「どうして、私にどこかへ行って欲しくなかったの?」
「爺さんに会わせたかったってのもあるがな。所謂、一目惚れってやつじゃないか?放っておけなかった。俺の目の届くところにいて欲しかった」
本庄は私の腕を引っ張って、自分の隣に寝転がせた。
星が綺麗だった。
「私、あんまり一目惚れって信用できないんだけど」
「確かに最初は一目惚れだった。だが、お前と過ごしていくうちに、お前の内側の、危うさや儚さを俺は美しいと思ったんだ」
私たちは目を合わせることなく、ただ空を見上げて会話をしていた。
「じゃあ私とセックスしたいの?」
「なんだ、お前そんな話ばっかりだな」
「何回か怖い目にあってるのよ。だから女子高に行ったの。……男の人ってそうなのかなって思って」
「したいかって言われたらしたいさ。お前がしたくないなら今はしない」
「そう、それなら世界が終わらなかったらしましょう。だけど高校生の間はダメ。あ、でも結婚するまでは嫌だな」
本庄はガバッと起き上がった。
「じゃあ世界が終わらなかったら、俺と結婚しよう」
「ええ?!」
私も思わず飛び起きた。
「ダメか?俺は誰よりもお前のことを理解している自信があるぞ」
「そ、それはそうかもしれないけど。そもそも、私、貴方に対する気持ちをはっきり言ってないじゃない」
「そういえば、そうだったな」
少し恥ずかしくて、目を伏せた。
「言ってよ、貴方から」
本庄は私の手を取った。
「愛してる」
「私も、きっと、貴方を愛してる」
「どうして、不確定的なんだ」
少々不満げに本庄は言った。
「分からないもの。人を愛したことなんてないから。それに、……もしかしたら貴方の気が変わるかもって怖いから」
私は俯いた。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、本庄は屋上から降りて行き、すぐに何かを持って戻って来た。
「これは?」
「父さんと母さんの結婚指輪だ」
「結婚指輪……」
「結婚指輪で結婚を申し込むのもアレだがな」
咳払いをして、指輪を手に取った。
「俺はお前だけを愛することを誓おう」
そう言って私の指に指輪をはめた。
そして私に片方の指輪を渡した。
「私も、私も、貴方だけを愛することを誓います」
本庄の指に指輪をはめた。
「でも子供が出来たら、子供にも愛を分けないとな」
「子供……」
「そう子供。ああでも結婚するまでお預けか、俺は」
目を閉じて本庄との未来を想像してみた。温かい光に包まれていた。
「どうして泣く」
本庄は私の涙を拭った。
「初めて、世界が終わるのが怖いって、終わって欲しくないって思ったのよ」
東の空が明るくなり始めた。
「もうすぐ日が昇るわ」
「隕石が落ちるのは?」
「5時43分」
「日の出は?」
「えーと、5時27分ね。貴方、私をスマホのAIだと思ってない?」
「思ってないって」
本庄は苦笑して、ラジオをつけた。周波数を合わせても途切れ途切れにしか聞こえなかった。
「…在、太平……で、すべ……核保有……共有国の核爆………せた、国連………隊が巨……石の破壊に……て準備を進め………す」
「おお、すげえな、人間捨てたもんじゃない」
「本当に核爆弾をぶつける気なのね」
「みんな守るべき人間がいるんだよ。そんな彼らのためにも、俺たちは生きなきゃならない」
「そうね、そうね。でもちょっと怖いわ」
ふと思い立った。
「ちょっと制服に着替えてくる」
三階におりて、急いで制服を着て、髪を結んで屋上に戻ると、本庄もスーツを着ていた。
「この格好が一番だと思った」
「そうね」
ちょうど日が昇ってきた。
「もうすぐね」
「ああ」
私は手すりから身を乗り出し、手を伸ばした。
「落ちるなよ」
煙草を吸いながら本庄が言った。
「落ちないわよ。落ちても貴方が支えてくれるでしょ?」
本庄は鼻で笑った。
「ねえ、もし世界が終わらなくて、貴方が約束を破ったら、私、貴方のこと一生恨むわ」
「お前ならそれ以上のことをしそうだ」
煙をゆっくりと吐き出した。
「でも裏切らない、絶対に。お前の手を離さない」
そう言って私の手を握った。私の薬指の指輪が朝日色に染まった。
「もうすぐ、もうすぐ時間だから」
私もその手を握り返した。
「抱きしめて、キスをして」
本庄は包み込むように、でもきつく抱きしめた。私も強く抱きしめ返した。
そしてキスをした。
「愛してる」
「私も愛してる」
数えきれないほどキスをした。
私は涙を流した。
「いま、何時?」
本庄の心臓の音を聞いていた私は、本庄を見上げた。
本庄は慌ててラジオをつけた。
私は携帯の時計を見た。
「6時2分……」
「やりました!我々人類は巨大隕石に打ち勝つことができたのです!!」
「世界は、終わらなかった!やった!やったぞ、みのり!」
本庄は私を抱き上げて振り回した。
「きゃあっ!いや、ちょっと!」
本庄は思う存分私を振り回し、私は目が回った。
「爺さんが隕石を止めたのかもしれない」
「ふふ」
「いやいやあり得るぞ。病気になる前まではガタイが良かったからな」
「じゃあお爺様に感謝ね」
頬に日が当たっているのがわかった。日光を愛おしく感じたのは初めてだった。
「みのり、愛してる」
「私も愛しているわ、義秋」




