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あと1日

今日も目を覚ますと本庄はいなかった。

昨日と違うのはキッチンから音がするということだ。



「おはよう」


「起きたか」


私がキッチンをのぞくと、ちょうど本庄は卵を割っていた。


「なんか、私が寝坊したみたいじゃない。それにご飯作れたのね」


「上手くはないけどな。お前ばっかりにさせるのもさすがに悪いと思ってな」


顔を洗ってこいと言われ洗面所に向かった。

ばしゃばしゃと顔を洗った。顔色は良くなってきてると思う。あと少しで死ぬのに不思議なものだ。



リビングに行くと本庄が朝食を並べていた。クロワッサン、目玉焼き、レタス、オレンジだった。


「なんだ。和食が良かったか?」


「ううん。美味しそうだなと思って。私、和食しか作れないから」


いただきますと手を合わせた。


「お前、今日は化粧してないんだな」


「そうね、しなくてもいいかなって思ったの」


目玉焼きに塩をかけながら言った。ナイフとフォークが欲しい。


「化粧って、私にとっては武装なの。気合い入れ?仮面?と言ってもいいかも」


「じゃあ今までお前は、俺の前に武装して出てきてたってことか」


「うーん、そうね、そういうことになるわね」


怒っているかと思って、本庄の顔を盗み見た。


「いや怒ってないさ。お前が素をみせてくれたってことだろう。ほら、何となく雰囲気も違う」


「そう、かな」


「ああ」


「……そう」


今度は無言になったが、苦しくはなかった。



「みのり」


食後、本庄のお母さんのネグリジェを着たまま、アルバムを見ていた私は声をかけられた。


「なに?」


「約束のものだ」


布に包まれた重いものを開くと、拳銃だった。


「リボルバー……」


「そう回転式拳銃(リボルバー )だ、S&W(スミス ウエッソン)の。ダブルアクションだから暴発はまずないだろう」


私はしげしげと見つめた。


「約束、忘れられてるかと思ったわ」


「言っただろう。約束は違えないってな」


ズシっとした感覚に心が震えた。


「撃ち方は分かるか?」


「何となく。大丈夫よ」


私は口角を上げた。


「ありがとう。これで契約完了ね」


私はリボルバー をキャリーケースの中に入れて、鍵を閉めた。


「ねえ、私お酒飲んでみたい」


冷蔵庫からフォアローゼズを取り出した。


「いきなりバーボンかよ。大丈夫か?」


「大丈夫よ、お父さん、強かったから。一緒に飲みましょう」


ウイスキーグラスに注ぎ、本庄に渡した。


「朝から酒とはな」


「ま、いいじゃない。契約成立祝いと終末にね」


私は立ったまま飲んだ。喉が焼けるようだ。

本庄も私を見たあと飲んだ。


「いいのか?名門女子高のお嬢様が」


「ふふっ、本当にお嬢様なら家出なんかしないわよ」



しばらく飲んでいうちに、本庄が床に座り込んだ。


「お前っ……」


意識を失ったのを確認した。脈と呼吸はちゃんとある。


「……ごめんなさいね」


小さく呟いた。



裸足のままネグリジェでビルの屋上に出た。

今日は少し涼しい。風が気持ちいい。空も透き通っていた。


私は先ほど受け取ったリボルバーを取り出した。

何度この瞬間を夢見たことか!

()()()()()()()()()()()()()()


「あは、あははは、あはははは!!!」


天を仰いだ。世界が輝かしい。愉しい。

こめかみに銃口を当て、撃鉄を起こした。


「さようなら」


引き金を引いた。


パンッ




「どう、して」


本庄に突き飛ばされて、弾が逸れた。


「どうして!どうして!どうして!」


私は本庄に馬乗りになって掴みかかった。


「睡眠薬を酒に入れた程度じゃ、俺は気絶しない」


私は吹っ飛ばされた銃を拾いに行った。

そして今度は銃口を本庄に向けた。

手が震える。


「俺を撃つか?」


「…………」


手だけでなく膝が、体全体が震える。

私の呼吸の音だけが聞こえる。


「フーッ……フーッ……ッハァ」


私は銃口を下ろし、へたり込んだ。


「撃てるわけ、ないじゃない」


本庄は私から銃を奪い、弾を抜いた。


「お前のやりそうな事など想像がついた」


そう言って、煙草に火をつけた。


()()()()()()()()ってな」


「どうして、私を止めたの」


「死んでほしくなかったからだ」


ゆっくりと煙を吐いた。


「逆に問おう。なぜ俺を撃たなかった」


「撃てるわけないじゃない。貴方に死んでほしくないもの」


「ほら一緒だ」


本庄はへたり込んだままの私の腕を引っ張って立たせた。


「お前は俺に聞いたな。なぜ自分をそばに置くのかと」


私は頷いた。

本庄はまっすぐ私を見た。


「それは俺がお前を愛してしまったからだ」


目をそらして言った。


「違うわ。お母さんに似てるから、そう錯覚してるだけよ」


「違わない。じゃあ何故お前は俺に死んでほしくなかったんだ?」


本庄に死んで欲しくなかった理由。


「……貴方に生きていて欲しかったから」


「じゃあ、もう一つ聞こう。もう一度銃をとったとき、()()()()()()()()()()()()()()?」


思わず息を飲んだ。


「お前、ほんとは死にたくなかったんじゃないのか?」


「……もう分からない!分からないわよ!」


腕を引き寄せられ、キスをされた。

本当に唇と唇が触れただけの軽いキスだった。


「……」


「俺はお前を愛している。お前は?」


「愛なんて、分からない。でも貴方は、大切な人」


「そうか」


私は崩れ落ちて泣き叫んだ。



私はそのまま気を失ったらしい。

気がつくとベッドの上だった。

ベッドの横には本庄が椅子に座って寝ていた。

私は身を起こして、本庄の頬にキスをした。

それでも起きなかったので、本庄を観察していた。

とてもヤクザには見えない身なり。整った顔。年齢は知らないがおそらく27歳。


そして、私を愛しているという男。


顔が熱くなったとき、ちょうど本庄が目を開けた。


「何してたんだ」


「い、いつから起きてたの」


「いつだと思う」


「〜〜っ、もう!今何時?」


私は近くにあった自分のスマホを手に取った。17:06と表示がある。

そして、奈々からメッセージがたくさん来ていることに気がついた。


「友達に、奈々に連絡していい?」



「もしもし奈々?」


「死んだかと思ったわよ!」


いきなり怒鳴られた。


「し、死んではないよ」


「どうせ死のうとしたでしょ」


痛いところをついてくる。


「未遂だよ」


「ほらやっぱり!無事?」


「無事だよ」


「みのり、その友人とやらと喋ってみたい」


本庄が私に声をかけた。


「いいけど……、ねえ」


「聞こえたわよ。あたしもいいから、かわって」


本庄に携帯を渡した。


「本庄義秋といいます」


何を喋るか怖くて寝室から出た。



キッチンで水を二杯飲んだ。

シンクには朝のウイスキーグラスが二つ置いてある。

朝食の食器もそれらも洗った。


洗い終えると手持ち無沙汰になったので、窓から真っ赤な夕焼けを見た。

確か不純物や水蒸気が多いと赤くなるんだったっけ。


普段は交通量が多い、大通りも今日は車も人もなかった。

それはそうだ。あと1日だから。


みんな何をしているのだろう?

家族と過ごす?恋人と過ごす?それとも本当にやりたかったことをする?


私と本庄の関係はひどく曖昧だ。欠けたものを埋め合うような関係だと私は思っている。

彼は私を愛していると言っていたが、果たして本当にそうなのだろうか。気の迷いではないかと、弱い私は思ってしまう。

そして私も彼を愛しているのだろうか。



「電話終わったぞ」


そう言ってスマートフォンを私に返した。


「奈々と、何を話したの?」


「お互い苦労するなって話」


「何よそれ」


「あとお前を頼むって言われた」


「そう」


「それと馬鹿って言ってくださいって言われた」


「……そうね」


本庄も私の横に並んで夕焼けを見た。


「お前は世界が終わると思うか?」


「五分五分ね」


「お前の友人はお前が言うことはいつも正しいと言っていた」


思わず私は苦い顔をした。


「あの子こそ、馬鹿じゃない?」


「明日の何時に隕石が落ちるんだ」


「午前5時43分よ」


「なら今夜は屋上でオールナイトだ」


「いいわね。最後の晩餐、腕によりをかけましょう」



本庄と近くのスーパーへ行った。流石に物は少なかったが、それでも営業できる分はあった。


「こんなときでも働いてくれる人がいるから、私たちは助かるわけだけど」


肉を選びながら言った。


「私は早い段階で日常生活をやめたから。どうやら学校やってたみたいよ」


「こんなときに日常生活を送れるわけがない。日常生活を送るしかないんだよ。世界が終わるなんて信じたくないからな」


「なるほどね」


良いワインも買った。惣菜も少し買った。


「夕刊買う?」


「買わない」


ピッピッとレジに通される商品を見て、本庄がお金を払った。



「私たちって他人から見たらどんな関係に見えるんだろう」


本庄と私で一つずつ袋を持った。


「恋人じゃないか?お前老けて見えるし」


「失礼ね、大人びていると言いなさい」




二階のキッチンで料理を作った。晩餐とは言ったが、食材が自由に手に入らなかったので、たくさん料理を作っただけになってしまった。


「私、疲れたわ」


洗い物は本庄に任せてしまって、私はソファに寝転がった。


「あ、洗濯しよう」


「世界が終わるんじゃないのか?無駄になるぞ」


「フィフティ・フィフティよ」



本庄と私の分の洗濯物を洗濯機に放り込んだ。3日分しかなかったし、本庄はスーツを、私は制服をずっと着ていたから量は少なかった。


洗濯機兼乾燥機のスイッチ入れて、キッチンに戻ると、本庄が料理を屋上に運んでいた。


「ラジカセある?」


「あるが、なぜラジカセだ?」


「なんかワクワクするじゃない」


「秘密基地みたいでってか?」


「そう!」



屋上へ上がると、月が煌々と輝いていた。

明日満月というところだろうか。

それでもちゃんと星は見えた。


「あれ夏の大三角?名前なんだっけ、えーと」


「ベガ、デネブ、アルタイルだな」


「……詳しいじゃない」


「ガキの頃、爺さんに教えてもらった」


微笑む本庄に私も微笑んだ。


「夏の星座、好きよ。冬の方がもっと好きだけど」


「なら冬の星座も一緒に見よう」


月明かりに照らされているから、表情はよくわかる。とても真剣な顔をしていた。


「……そうね、見ましょう」


「世界が終わらなかったら、何をするか考えよう」


本庄は料理をつまみながら、言った。

私はウイスキーを注いで渡した。


「睡眠薬は入ってないだろうな」


「それについては謝ります。でももう入れてません」


「フン、冗談さ」


本庄はウイスキーを飲んだ。


「で、何がしたい」


「考えたこともなかったわ」


私も料理をつまんだ。


「でも、そうね。まずは北海道に行ってみたいわ。ラベンダー畑とかひまわり畑とかを見てみたい」


「富士五湖にも行ってみたいわ」


「屋久島!屋久島にも行ってみたい」


「国外なら、そうね。ロンドン!ロンドンに行きたいわ。あ、でも台湾も行きたい」


熱く語り出した私を、本庄は優しい目で見ていた。

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