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【完結】ピッツァに嘘はない! 改訂版  作者: 櫛田こころ
第四章 式典祭に乗じて
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111.式典祭1日目ーかわいい謎のコックちゃんー(ラディン視点)






 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆(ラディン視点)







「最初に、冷ましたコフィーをまた小鍋に入れて弱火で砂糖が溶けるくらいに温め、砂糖が溶け切ったらボウルに戻します。その時別のボウルに氷水を用意して間接的に冷やします」


 補助付きの台車を使いながら、幼子なのにさながら成人したばかりの調理人のようにテキパキと作業をしていく。

 もちろん、重いものは儂やシャルが手伝いはしているが、儂への見本品を作るのも兼ねて彼女が主だって作業することになったのだ。


「何故間接的に冷やすのかな?」

「他の作業の合間に冷やしておけばいいかなと言うのもありますが、冷却魔法では瞬間的に冷やしちゃうんで砂糖がコフィーに馴じみにくくなるんですよね」

「私も同じ疑問を持って実践したら全然違ってたわ」

「なるほど」


 しかし、成人している子と変わりない話し方をするな?

 説明もとても丁寧で理解しやすい。この年頃なら小姓見習いにも満たないでいるのにのぉ。


「冷やしてる間に、カッツクリームをホイッパーで滑らかにします」


 それをあらかじめ砂糖を入れた少し固めの生クリームとしっかり混ぜるだけ。

 これじゃけだと?


「ここで多分冷えたコフィーのシロップを……用意した卵ケーキのバットに流し入れてひたひたにします」

「手伝うわ」

「ありがとうございます」


 ふむ。せっかくの柔らかいケーキをしゃびしゃびにするのは不思議だが、これがシャイルの言っておった『苦味』の部分じゃろうな。

 じゃが、浸すといっても適量じゃな。スポンジに少し水を含ませて色が完全に変わるのと似ていた。かかっていないところは刷毛で塗るとはこれまた丁寧な仕事じゃ。


「さて、今回は小分け用です」


 そうして並べたのはざっと100個ほどの小瓶のようなガラスの器達。

 柄がついているからか、前菜用の古い器か酒精の強い酒に合わせたグラスでも引き出して来たのじゃろう。儂らの離宮では、儂か息子が作る以外じゃこう言うものは使わぬからの。


「まずはラディンさんの分を作りますね」

「いいのかい?」

「味見しておいた方がいいわ。あなたもきっと驚くわよ」

「へえ?」


 間接的にじゃが、マリウスがいたく褒めておったと聞いたからの。実に楽しみじゃ。

 カティアちゃんはまず、コフィー色になった卵ケーキをちぎっていく。


「これを一番下にして、底にしっかり敷き詰めます。次にクリームを大人の指二本分の幅まで入れて、これを二回繰り返したら仕上げにコパトを惜しみなく振りかけます」

「ケーキみたいだね?」


 実際に仕上がっていく様は、グラスに入った一つのケーキのように見えた。

 実に美しい。

 コパトをかけ終えてから、新鮮な香りの良いヘルネを乗せれば完成のようじゃ。


「これでティラミスの完成です!」

「派手さはないけど、上品な美しさだね」

「このままでもいいんですが、弱めの冷却をかけますね」


 その方がより美味しいのじゃな?

 気遣いがよく出来る子じゃ。


「どうぞ」


 小さなスプーンと共に手渡され、その手の小ささと愛らしさに儂もつられて頰が緩んできたが、ここは料理人としてしかと吟味せねばならない。ここに来た目的の一つだからの。


「いただくよ」

「出来れば、クリームとケーキの部分を一緒に食べてみてください」

「わかった」


 たしかに、層を一つずつ食べても単体の味しかないかもな。

 崩すのはもったいないがコパトの層にスプーンを入れ、次にクリーム、卵ケーキと奥に突き進む。

 だいたいよかろうと思ったところで掬い上げれば、これもまた美しい。

 じゃが、鑑賞は手短に済ませて口に迷わず運んだ。


(………………なんと)


 美味。

 実に美味じゃ。

 まずはコパトの苦味がクリームと一緒に来るが、少し甘くさっぱりとした味のクリームが舌を包み込んでくれる。

 更に、そこへ苦味が効いているコフィーが程よく染み込んだ卵ケーキが締めくくりとなって、クリームの層と一緒に食すと甘さと苦味が程よく調和している!


「……美味しい」


 ケーキもだが、デザートは主に後味が甘いものと相場が決まっている。

 なのに、このデザートは違う。

 いくらか重くは感じても後味がさっぱりして、舌が休まるようじゃ。

 食していないものですら魅了していたようだが、実際に食せば次も食べたくなると言うのは頷ける。

 これをこの幼さで考案したと言うのに、儂はますます興味と疑問が湧いてきたわい!


「ごちそうさま。これは噂に違わぬ味だね。あれだけ殺到してくるのも頷けれるよ」

「きょ、恐縮です!」

「ただ、追加するなら」

「ほえ?」

「何かあるの?」


 ふふ、儂の好奇心からの提案じゃよ。

 このティラミス。もっと美味くなるはずだと思うたからじゃ。


「クリームにもう少しコクを加えてもいいんじゃないかな?」


 さて、彼女はどう返してくる?

 少しばかり考え込むかの?

 じゃが、カティアちゃんはすぐにぽんと手を叩いた。


「あ、そうですね。これは簡易版ですから」

「え?」

「こ、これで簡単?」

「はい。僕が本当に教わった方法だと卵やクアントのようなお酒を入れたりしてます。卵も単純に混ぜ込むんじゃなく、卵黄の液とメレンゲを作ってから生クリームに混ぜ込むとか。生地もケーキじゃなくて専用のビスケットだったり」

「……それが本来の作り方なのかい?」

「んー……お店で出すなら、ですけど。今回はご家庭でもこの材料があれば、のレシピなんで」


 このお嬢ちゃん、誠に何者じゃ?

 先ほどいただいたのも充分美味であったのに、あれは本来のではなく派生したもの。

 しかも、本来のも作ろうと思えば作れるようじゃ。

 今はここが忙しい故に頼めんがの。

 それと、『店』と申しておったな。

 この子、どこかの国の城下町で生活しておったのか?

 そこをフィーが連れて来たのかもしれぬ。


「そっちのレシピって、今からじゃ無理?」

「すっごく手間かかりますよ? 僕はティラミスピッツァの代替案で、すぐに作れるならとこのレシピにしてみただけで」

「…………料理長には言わない方がいいわね」

「皆さんが倒れちゃうと思いますし」

「代替案?」


 なんじゃそれは?


「ああ。この子の得意料理は本来食事の方なのよ。このティラミスは、来訪されてる各国の方々の舌を落ち着かせれればと言う苦悩から救ってくれたものなの。最初お願いしたのはもっと違うものだけど」

「それがマリウス料理長が言っていた?」

「内容は聞いてる?」

「いいや」


 そこは教えてくれんかったんじゃよ。

 マリウスではなくフィーがの!

 知りたければ自分の目で見てこいと言うから、こうして変装してまで出向いたのじゃ。

 さすがにマリウス達に聞くとエディ達がうるさいからの……。


「あ、あの」

「ん?」


 急にカティアちゃんが儂に話しかけてきた。頭にはいつの間にか先程の聖獣ーーいや、神獣が乗っかっておったわい。この子の守護獣じゃったか。

 何故このような場所にと、目にした時は内心酷く驚いたが、エディ達はおそらく知っておるはず。ゼルやアナと混じえて一度話合わねばなと今晩の晩餐後に呼び出す事を決めた。

 それもじゃが、ちゃんと聞いてあげねばの。


「僕の得意料理は口外して欲しくないんです」

「訳を聞いても?」

「事情は私も聞いてないけど、カティアちゃんの得意料理は国内外探しても本人以外作れないと思うわ。材料とかじゃないの。仕上げの方がね」

「……僕でも?」

「多分、無理です」


 はっきりと意見を言える子じゃな。

 儂の正体を知らないのもあるが、『ラディン』のことをシャルから多少は聞いているはずなのにこの正直な言葉と眼差し。

 余程、良い師匠がおったと見える。

 じゃが、そこまで無理なのか?


「あなたでも経験を積めば出来そうだけど……カティアちゃんが作ってくれたのは異質なものと言えるわ。なにせ、食事の方はカッツを直接焼くんだもの」

「カッツを、焼く?」


 いや、この国や近郊ではないのは儂も知っておる。

 しかし、遥か昔。もっと若い頃に大陸を渡った時に偶然そのような食事の仕方は目にしていた。

 じゃが、あれも今ではほとんどないと聞く。

 それをこの幼いお嬢さんが何故知っているのじゃ?


「パンみたいな生地にソースを塗って、具材と削ったカッツを乗せてから窯で焼くのよ。ラディン、こう言うの知ってる?」

「………………いいや」


 前言撤回じゃ。

 儂ですら知らぬ未知の料理。

 思わず、カティアちゃんを凝視してしまう。


「な、なんて名前の料理?」

「ピッツァといいます」

「……本当に聞いたことないね」


 意味も今混乱しとる頭じゃわからんわい。


「それをデザートでも食べれるタイプも作ってくれたの。その味にイシャール料理長が頼み込むくらいにね」

「ふむ…………焼いたパン生地にコフィーのシロップを塗ってからさっきのクリームを乗せてであってる?」

「あ、凄いです! だいたいそんな感じです」


 むふふ。儂も料理人じゃからの。工程を聞けば大体は察しがつく。

 じゃが、


「それならどこが難しいの? 聞いてる限りじゃ然程難しいように思えないけど」

「それは、生地の伸ばし方と焼き方よ」

「へえ?」

「見てもらった方がいいけど、今からじゃ絶対無理なくらい仕込みが大変なの」

「まあ、そこは望まないよ。それで、頼み込んだイシャールにこの簡易版ティラミスをカティアちゃんが提案してくれて出したわけなんだ?」

「エディオスさん達にも食べていただいてから許可をもらったんです」

「なるほど」


 あの食にうるさい孫が簡単に許したのはそこか。

 王太子時代とは違い、王として来賓客のことも多少は考えたのもあるじゃろうが。

 しかしこれをゼルも食べたとは。たしかに甘さはだいぶ控え目でも甘いものは甘い。極度に辛い物は好んでおるだけの困り者であったが、やはりカティアちゃんが関係しておるのかもしれぬ。


「さ、見本と話はここまで。ラディンは今ので覚えたでしょ? カティアちゃんにはこの後昼餉をとらせるから私と作りましょう」

「あ、じゃ。このグラス分は作りますね!」


 そこからが凄かった。

 あれだけの数をまるで書簡を素早く整理するようなのと同じだと思うくらい、素早く、かつ丁寧に盛り付けていったのだ。


「……規格外過ぎの一端を見たでしょう?」

「……本当に何者なんだい、あの子は」


 儂も負けておられんわい!

また明日〜ノシノシ

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