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第24話:神話〜女神の樹〜

場面、時代が随分さかのぼります。

 涼しい風が、彼の頬を撫でていた。

雲がないのか、星が美しい夜空だった。

しかしそれよりも美しいのは、満月だ。


ここは月が一番美しく見える場所。

天界のはずれに位置し、ここに至るまでには開拓されていない湿地を通らなければならず、随分と服を汚すことになるので、綺麗好きの神々はまず訪れない場所だった。

だが、もう1つ、彼らがここを避ける理由がある。


月明かりに照らされる、1本の大木。

立派な樹だった。

背は高く、葉は生い茂り、幹も太い。

実は、この樹は彼がとある女神に贈ったものである。

「……」

よくよく目を凝らすと、木の枝には沢山のコウモリがとまっていた。

これが最大の理由である。天界で、闇を象徴するコウモリを好む者はまずいない。

さらにその数があまりにも多く、不気味といえば不気味なので、普通の神々がこれを見れば失神してしまうだろう。

彼はひとつ、溜め息をつく。彼とてコウモリは苦手だった。

彼は太陽神の直系卑属、というより分身に近い存在だった。太陽神は常に動かない、『静』の神である。よって『動』を象徴する人格が必要だった。そうして生まれたのが彼である。神々の中でも頂点に近い位を持ち、光の化身とも言っていい彼がひとりで、この忌避される場所を訪れるのにはそれなりの理由がある。


彼はゆっくりと樹に歩み寄っていった。

「フェリア=ローズ。いるんだろ?」

そしてそっと、愛しい女神の名を口にする。


一陣の風が吹き、ざわりと枝が大きく揺れる。それに驚いたのか、コウモリたちが数匹天に舞い上がった。


「……貴殿には困ったものだ」

そう、凛とした声と共に、彼女は彼の前に降りてきた。


風に揺れる、真紅の長い髪。

こちらを見据える真っ直ぐな瞳は紅玉色。

気高さを感じさせる凛とした容貌かんばせ

纏う衣は鎧の下に着るままの簡素なものに、ショールと見せかけて軽い薄着を巻きつけているといった、天界の女神らしからぬ格好だが、その飾り気のなさが一層彼女本来の魅力を引き立たせていた。

彼女は天界きっての実力を持つ戦女神であるが、その美貌を見たものはまずその真紅あかを炎ではなく薔薇に喩える。

ゆえに彼女の二つ名は、『薔薇色ローズ』。


「仕方ないだろ? 君に会う機会がなかなかないんだ」

と、男は泥だらけの足元を見て笑いつつ言う。

その顔は、彼女より遥かに上の位の神であることを感じさせない、慢心も何もない笑顔だった。

「……アイアス殿。しかしまた美の神あたりに恨み言を言われるのでは?」

そんな様子に呆れつつ、それでもどこか心を和ませつつ、香るような微笑を浮かべて彼女は言った。

美の神とはこの男、アイアス=シャインに随分とお熱な女神の1人である。

アイアスはその二つ名、『シャイン』の名に違うことなき容貌をもつ男神である。

女神すら羨む、流れるような金の髪。

多くの女神を虜にしてしまう、優しくも真っ直ぐな碧いまなざし。

じっと眺めていても飽きない顔だと、フェリアは常々思っている。

……途端、アイアスは彼女の腰に手を回して彼女を引き寄せた。

「!」

不意を突かれてフェリアは頬を染める。

「それは私を心配してくれているのか? それとも妬いてくれているのかな?」

アイアスは女神の間でも噂の『キラースマイル』を浮かべる。

「ど……どちらにせよ貴殿を喜ばせる返答にしかならないではないか!」

少女のように拗ねた顔をする戦女神の髪を、アイアスは愛おしそうに撫でた。

「そうかな? 私としては後者のほうが嬉しいんだが」

「〜〜〜〜……何を贅沢な……」

といった感じで、しばし見詰め合う2人。


この二人の仲は天界では有名である。

位は低いが月の女神の傍系であるフェリア。

天の頂点に位する太陽神の分身であるアイアス。

この真逆とも言える2人の神が恋仲にあることは、勿論アイアスの本体である太陽神も知るところであるわけだが、特に非難することなく、黙認していた。彼が認めたということは、内心ではどう思っていようと、天界全ての神に表面では認められたといっていい。

ただ、結ばれることは、位の差からいって決して有り得ないことだった。

認められているのに、決して結ばれることはないという微妙な関係。これだからアイアスの周りには彼の正式な妻の座を狙う女神達があとを絶たない。彼の妻になるということは、天界のトップレディーになると同義なのだ。

それでもフェリアはよしとしていた。

勿論アイアスのことを愛してはいるが、彼女は高い位など望んではいない。生まれてから死ぬまで、『太陽神に愛された戦女神』という誇りを持ち続けられればそれでよかった。

しかしアイアスのほうはというと、現状をなんとか打破したいと考えているそぶりをたまに見せるから、困ったものだ。


「……それにしても、また数が増えたように思うんだが」

と、アイアスは顔をしかめて空を見上げた。

天にはコウモリが舞っている。

樹にとまろうと待っているのだろうが、枝はすでに満席だった。

「最近、人間界からも迷い込んだようでな」

そっとフェリアはアイアスから離れて、樹に手を触れる。

すると手元から月明かりに似た光が漏れ出た。

樹に栄養を送っているのだ。

「人間界からって……吸血鳥の類かい?」

アイアスは驚いたように尋ねる。

「ああ。だがここを気に入ってくれたらしい。ここに留まっていてくれれば、人間への害は防げる」

そう言いながら手を当て続けるフェリアの顔が、段々青ざめてくる。

「おいフェリア、それ以上は……」

アイアスが忠告する前に、フェリアの身体が崩れ落ちそうになる。

「フェリア!」

とっさにアイアスがその身体を抱き留める。

「……ああ、すまない。貴殿がいるから少し無理をしてしまったようだ……」

と、力なくフェリアが笑う。

「下手な嘘はつくな。君のことだ、どうせいつも無理をしてここで倒れているんだろう」

と、アイアスは珍しく本気で怒っているようだ。

「……怒ると綺麗な顔が台無しだぞ」

フェリアは茶化す。

「……まったく君は……。こんなことならこの樹をあげるべきではなかったよ……」

アイアスは溜め息をつく。

この樹は数年前、『大きな樹が欲しい』と珍しく彼女から頼みごとをされて、アイアスが太陽の力で育て、与えたものだ。

それを彼女はここに植え、自らの力を分け与えた。

いわばこの樹はフェリアの分身である。

「そう言わないでくれ。これでも少しは天界の役に立っている樹だ」

人間界から迷い込んだという吸血鳥は勿論だが、天界のコウモリは凶暴で、作物、ときには神自体にすら害を与える。

その破壊的な衝動を抑える役割をするのが、この樹の蜜だった。

樹の蜜は、フェリアの血のようなものだ。

彼女は生まれつき月の加護を受けた女神なので、闇を抱擁する力を持っている。その力がまさにコウモリたちの破壊衝動を抑えるのだ。

だが樹のほうも、蜜を吸われ続けるだけでは枯れてしまう。だからフェリアが毎晩、自らの力を足しに来るのだ。

「……私は君のほうが心配だよ。このままじゃ体がもたないんじゃないか?」

アイアスは樹の根元にフェリアを抱えるような形で座り込む。

「心配には及ばない。案外慣れてみるとコウモリも可愛いものだ。彼らにも情というものはある。この樹の蜜を吸い尽くすことはきっとしない」

と、フェリアは言うが

「断言できるのか? 絶対そう言い切れる?」

アイアスは妙に追求してくる。

「……アイアス殿、そんなに私が心配か? 我が身のことは自分が一番良く分かっているつもりなのだが……」

フェリアが少々眉をひそめて不満そうに言う。

アイアスはそんな彼女すら愛おしく見つめていた。

顔色は、さっきより良くなっている。

……と、ふと目を落とすと、彼女の首筋に、赤い血が滲んでいることに彼は気付いた。

「フェリア、それ……」

アイアスに指摘されて、フェリアはさっと首筋を押さえた。

「あ、ああ……これはさっき、樹の枝で……」

と、どこか後ろめたそうに視線を泳がせるフェリア。

それでアイアスは直感した。

「あ……」

彼はフェリアのその手を少し強引に退かせて、傷口を見る。

「……噛まれたんだろ、コウモリに」

アイアスは、怒ったようで、悲しげな顔をした。

「……初見のコウモリだったから……きっと警戒したんだろう……」

フェリアはそう弁解する。

彼女はコウモリを擁護する姿勢を変えないらしい。

(……まったく……)

アイアスの心の中に日頃の鬱憤が蔓延してきた。


ここ最近は神が集う中央神殿でもなかなかフェリアには会えない日が続いていた。その代わりといわんばかりに常に周りには、さして魅力を感じない女神達が近寄ってきて離れない。かといってあまり無碍に扱うと後が怖いのもまたあの女神達の特徴だ。毎夜ここに来れば彼女に会えるのかもしれないが、これでも忙しい身の上である。今日も、とある宴会を断ってここまでやって来たのだ。

そんな貴重な時間を、コウモリごときに邪魔されたくはない。

それに……

「私ですら、その肌に牙を立てたことはないのに」

アイアスは狂おしそうにそう言うと、彼女の細い首筋に接吻した。

「ん……! アイアス殿……! いきなり何……」

それだけにとどまらず、傷口を舐め始めるものだから、さて困った。

「く、くすぐったいから……やめ……」

と、フェリアは手は封じられているので言葉で抵抗してみるが、アイアスは一向にやめる気配はない。このままいくと非常にまずい気がしてならないので

「アイアス殿!!」

精一杯彼の名を叫んでみた。

すると、ようやくアイアスは我に返ったようで、

「あ……」

と間の抜けた声を出して顔を離した。

「……すまない……。その……コウモリに妬いてしまったようだ……」

と、アイアスはうなだれる。

「まったく、それでは器が計り知れる! 貴殿はもっと寛大な方だと思っていた!!」

と、フェリアは即座に立ち上がり、腕組をしてそっぽを向く。

「え、あ、いや、普段は寛大なんだ! 君のことになるとどうにも……」

と慌てて弁解しようとするアイアスに、フェリアは振り返る。

「……私のことになると、貴殿は必死になってくれるな……」

そのときの笑みは、まさに女神のそれだった。

今までも何度か見てきたはずのその優しい笑顔に、アイアスは慣れることが出来ずにまた、胸を高鳴らす。

「…………」

つい、見惚れてしまった。

「アイアス殿? まだ何かご不満か?」

フェリアがからかいの意を含めてそんなことを言う。

(まったく、そんなことを言われたら……)

アイアスも立ち上がり

「ああ。まだ不満は沢山ある」

と、厳かに言ってみた。

「……?」

フェリアが『なんだろう』といった感じの顔でこちらを見る。そんな表情も彼にとっては愛おしい。

「賭けを覚えているな?フェリア」

自分が意地悪げに笑っている自覚を持ちつつアイアスは切り出した。

「!!」

フェリアは途端に顔を赤くする。

「あ、あれは貴殿が一方的に……」

「でも約束は約束だ。違うかい?」

「……そういうことはよく覚えているな、貴殿は……」

と恨めしそうにフェリアはアイアスを睨む。


1カ月ほど前、馬屋でばったりと会った2人が交わした約束の内容は、『ゴールまで馬で競争して、負けたほうが勝ったほうの言うことを聞く』というものだった。

結果、アイアスが勝利した。とまあ、実は他の神々も見ている状況だったので、フェリアは少し手加減をしたのだが。


「会って別れる際、必ずキスすること」

アイアスが腕を伸ばす。

「……」

フェリアは頬を薔薇色に染めつつ、その手をとる。

「その約束は……今後続くのか?」

彼の腕の中で、フェリアは尋ねる。

「ああ。これからずっとだ」

アイアスはそう答えた。


月明かりに照らされた、大きな樹の下で。

コウモリたちが羨むような優しいキスを、2人は交わした。


・・・前世にはあまりこだわりたくはなかったのですが、いざ書いてみるとかなり楽しくて(汗)おそらく今後もどこかであと2回くらい彼女たちの話が入ると思います。それでもやっぱり現在の彼女たちとは別物として考えていただければ本望です。作者的にはアシュアとフェリアでWパンチな気分です(爆)。

さて、キャラの話が出たところで、本日から2週間、太陽の楽園キャラ投票なる無謀な企画を催します。結果は今後のキャラ作り等創作の糧としたいと共に、クライマックスを迎える前の思い出作りに・・と(汗)。1位になったキャラにはそのキャラ中心のエピソードを1つ、機会があれば本編の中で、なければ最近開設した携帯サイトにて書き下ろす予定です。

「一票も入ってなかったらこの作者泣き寝入るんだろうな・・・」と思われた方、お暇がございましたら是非投票所まで足を運んでやってください(汗)。アンケート会場は太陽の楽園のTOPページ下部に表示されているリンク:携帯サイト「赤い屋根の小さなお家」へ飛んでもらって、さらにそのTOPにある「*太陽の楽園キャラクター投票*」というページです。直接のURLも書いておきます。http://hp44.0zero.jp/anq/anq.php?uid=kmp&dir=868(PCでも入れます)

どうぞよろしくお願いします。

ここまで読んでくださった方々、ありがとうございます。

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