勇者
なろう系テンプレを極端に煮詰めたらこうなるのかなと書いてみました。読んでいてご気分が優れなくなりましたら、直ちにブラウザバックしてください。綺麗なモノを見て美味しいものを食べて良く寝て、忘れてください。
俺は、死んだ。 死ぬ直前、冷たいアスファルトに這いつくばりながら、俺は世界に向かって叫んだ。
「ふざけるな! こんな世界、間違っている!」
俺が何をしたというんだ。 真面目に生きてきた。 努力もした。 ……まあ、努力と言っても、学校では授業をほとんど聞いていなかったし、仕事も長続きしなかった。
でも、それは俺が悪いんじゃない。 世の中が悪い。 社会が悪い。 親が悪い。 上司が悪い。 俺を理解しなかった女たちが悪い。 全部、俺以外が悪かった。
自分の至らなさを認めるくらいなら、世界すべてを呪う方がずっと楽だった。 「こんな世界、滅びればいい!」 己の無力さを棚に上げた怒号を最後に、俺の意識は深い闇へと沈んでいった。
次に目を開けたとき、俺は光に満ちた異世界にいた。
「おお……なんということでしょう!」
目の前にいた美しい女神が、俺を見て歓喜していた。 金色の髪。 豊かな胸。 薄い布だけで覆われた身体。 どうして神様というものは、男の妄想をそのまま具現化したような姿をしているのだろう。
「あなたは勇者として選ばれました!」
「俺が?」
「はい!」
女神は俺の手を握った。その手は温かく、吸い付くように柔らかい。
「あなたには、世界を救う力があります!」
俺は思った。 当然だ。 俺ほどの人間が選ばれないほうがおかしい。前の世界がバカばかりだっただけで、俺の潜在能力は最初から凄まじかったのだ。
「どんな力なんだ?」
「《絶対支配》です」
「……絶対支配?」
「あなたが敵だと思った者は、あなたの前では逆らえなくなります」
はは、 苦労して修練する必要すらない、実に利便性の高い能力だ。
「あと、こちらを」
女神が指を鳴らすと、空間が歪み、空から一振りの剣が落ちてきた。 俺が手を伸ばす。 触れた瞬間、剣が眩い光を放った。
『認証しました』
「この剣は?」
「神剣です。世界で最も強い剣です」
「俺が持っていいのか?」
「もちろんです、さあ、あなたの世界へ行きましょう」
何もしなくても強くなった。汗も流さず、痛みも知らずにトップに立った。 俺はニヤリと笑った。 これが人生というものだ。 前の世界では、俺の価値を誰も理解しなかった。 だが、この世界なら違う。 俺は特別なんだ。
王都に着くと、豪華な甲冑に身を包んだ騎士団長が、跪いて俺を出迎えた。
「勇者様! お待ちしておりました!」
「俺が来たからには安心しろ」
「はい!」
騎士団長は感涙にむせんでいた。 王女も俺を見て、白皙の頬を朱に染めた。
「まあ……なんて素敵な方……」
沿道を埋め尽くす街の女たちも、俺の顔を見るなり熱狂的な歓声を上げる。
「勇者様!」
「かっこいい!」
「お嫁さんにして!」
この世界では、俺の価値が正当に評価されるらしい。 俺は何もしていない。一歩歩いただけ、一言喋っただけだ。 それでも、みんな俺を好きになる。 実に素晴らしい、都合のいい世界だ。
最初の敵は、街道を荒らす盗賊団だった。 俺は泥に汚れた彼らの前に立った。
「降伏しろ」
「断る!」
「そうか」
俺はくだらなさそうに右手を上げた。 能力の発動とともに、盗賊団は全滅した。叫ぶ隙すら与えられず、人形のように崩れ落ちていく。 一瞬だった。 同行していた騎士たちは、その大きな威力を前に青ざめていた。
「な、なんという力だ……」
「当然だ」
俺は転がる死体を見下ろした。何一つ胸が痛むこともない。
「弱い奴が悪い」
すると、物陰から一人の少女が駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!」
少女は血の海に伏す盗賊の一人に抱きつき、激しく揺さぶる。
「お兄ちゃんは、妹のあたしを養うために……! 悪い人じゃない!」
「知るか」
俺は興味を失い、歩き出した。 背後から絶望に満ちた少女の泣き声が響く。 うるさい。 世界を救う勇者である俺に、いちいちそんな雑音のような感情を押し付けるな。
王都に戻ると、俺を嫌っている男がいた。 勇者候補として有名な、レオンという男だ。 彼は地道な努力で信頼を積み重ね、民衆から絶大な人気を誇る騎士だった。
子供たちは彼を慕い、老人たちは彼に感謝し、兵士たちも彼を心から尊敬していた。 だが、俺には分かる。
「お前は、偽善者だ」
「……俺が?」 「そうだ」
俺は爽やかな笑みを浮かべるレオンを睨みつけた。
「みんなに好かれている奴ほど、裏では何を考えているか分からない」
「そうかもしれないな」
レオンは穏やかに笑った。
「それでも、俺は俺の信じることをするだけだ」
なんだ。 こいつ。 その真っ直ぐな瞳も、余裕ぶった態度も、すべてが癪に障る。 だから俺は言った。
「お前は裏切る」
「なぜ?」
「俺には分かる」
「……」
レオンはそれ以上、言い訳も反論もしなかった。 周囲の人々は、理不尽に責められるレオンを心配して声を上げる。
「レオン様はそんな人じゃありません!」
「勇者様、どうかお考え直しください!」
俺は鼻で笑った。
「お前たちは騙されているんだ」
そして、その日の夜。 俺は権力を行使してレオンを追放した。 理由は特にない。 ただ単に、俺が気に入らなかったからだ。 その後、精神的支柱だったレオンが去ったことで王都は混乱した。 だが、俺の知ったことではない。
俺の周りには、いつの間にか美しい女たちが集まっていた。 繊細な美貌を持つエルフの女。 しなやかな肢体の獣人の女。 気品ある聖女。 可憐な王女。 俺に救われた気になっている元奴隷の少女。 みんな、盲目的に俺を愛している。 俺は別に何もしていない。 ただ、そこにいるだけだ。
「勇者様……」
聖女が甘い香りを漂わせ、俺の腕に身体を寄せる。
「私はあなたのものです」
「当たり前だ」
「はい」
「じゃあ、そこにいろ」
「はい……」
俺は満足感に浸った。 女とは、こういうものだ。 俺を全肯定し、俺の言いなりになる。 それでいい、そうあるべきだ。
ある日、 空が黒く裂け巨大な魔王が姿を現した。
「勇者よ!貴様を殺す!」
「勝手にしろ」
俺は欠伸を噛み殺しながら剣を抜いた。 魔王が万物を焼き尽くす炎を放つ。 俺はそれを片手で軽く受け止めた。 そして、ただ一回、適当に振った。 神剣の光が魔王を一刀両断する。 魔王はあっけなく崩れ落ちた。 自分の死すら理解できない顔で魔王は倒れた。 俺は吐き捨てるように剣をしまった。
「弱いな」
こうして世界は救われた。 王国中が俺の勝利を称え、連日連夜の宴が開かれた。 国王は俺に最高の爵位を与えた。 王女は蕩けるような目で俺に求婚した。 聖女は神への祈りよりも深く俺に愛を告げた。 エルフも獣人も、競うように俺を慕った。 みんな幸せになった。 俺のおかげだ。 俺は特に何の苦労もしていないが。
その頃。 追放されたレオンは、過酷な辺境の村で暮らしていた。 汗を流して畑を耕し、子供たちに親身になって剣を教え、薬草を摘んでは病人を助けていた。 村人たちは心の底から彼を慕っていた。
「レオンさんが来てくれて、本当に良かった」
「俺なんか、大したことはしてないよ」
「そんなことありません」
彼は日焼けした顔で穏やかに笑った。 水晶玉越しにその笑顔を見て、俺は激しい不快感で胸が押し潰されそうになった。
「……まだそんな顔をしているのか」
俺は手下を率いてその村を焼き払った。 燃え盛る炎の中、レオンが激昂して駆け寄ってくる。
「なぜだ!」
「お前が気に入らないからだ」
「俺は何もしていない!」
「それが気に入らない」
俺は神剣を抜いた。 レオンも歯を食いしばり、ボロボロの鉄剣を抜いた。 俺が圧倒的に勝った。 当然だ。 神剣がある。 絶対支配がある。ただ努力しただけのレオンに勝ち目などない。
血の海に倒れたレオン。
「……お前のほうが、よっぽど真面目に生きているじゃねぇか」
俺は吐き捨てるようにそう言った。 自分でも、なぜそんな惨めな言葉を口にしたのか分からなかった。
「なのに、どうして俺は……」
レオンは答えなかった。 光を失った目で空を見つめたまま、死んだからだ。 俺は勝った。完全な勝利だ。 なのに、なぜか吐き気がするほど気分が悪かった。
その夜。 俺は王城の最上階のバルコニーから、輝く街並みを見下ろしていた。 極上の衣装を纏った女たちが、羨望の眼差しで俺を取り囲んでいる。 国民は俺の名を叫び、英雄として称えている。 俺は世界最強だ。 誰も俺に逆らえない。 すべて俺の思い通りだ。 なのに。 冷たい夜風が吹き抜けるたび、胸の奥に開いた大きな穴から、乾いた虚しい風の音が聞こえるようだった。 何もかもが手に入ったのに、胸の奥が空っぽだった。
「勇者様?」
聖女がすがるような瞳で俺を見上げる。
「どうされました?」
「……いや」
俺は雲に覆われた暗い空を見た。 前の世界で死ぬ間際、俺は叫んだ。 世界が悪い。 社会が悪い。 他人が悪い。 俺は悪くない。 ずっとそう思っていた。 そして、この夢のような世界に来た。
神から絶対的な力をもらった。 誰にも負けなくなった。 誰にも否定されなくなった。 誰も俺を傷つけられなくなった。 欲しいものは、何でも手に入った。 女も。 名誉も。 金も。 権力も。 胸のすくような復讐も。 全部。
それなのに。 俺は、少しも幸せではなかった。 認めさせたい相手を自分の手で壊し、全肯定してくれる人形だけに囲まれた世界で、俺の存在価値を証明してくれるものは何一つ残っていなかった。
「……どうしてだ?」
静寂だけが返ってくる。誰も答えない。答えられる者など、もうこの世界には残っていなかった。 俺は考えた。 考えた。 自分の醜さと向き合いそうになり、恐怖で思考を途切れさせてーー。
「まあ、いいか」
考えるのをやめた。 見つめ直す度胸も、自分を変える勇気も、俺には最初からなかったのだから。
明日はまた、俺を称える盛大な祭りがある。 俺は英雄だ。 世界を救ったのだ。 だから、きっと幸せだ。 そういうことにしておこう。 俺は引きつった笑みを浮かべた。 そして、また温もりのない女たちを侍らせた。 世界は平和だった。
これが俺の望んだ世界だ。
◇
教官が手をかざすと、巨大なスクリーンに映し出されていた映像が停止した。
そこには、王城の最上階から夜の街を見下ろす男が映っている。
豪華な衣装。
美しい女たち。
民衆からの喝采。
世界最強の力。
その中心にいる男だけが、ひどく空虚な顔をしていた。
「今、皆さんに見てもらったのは、とある地球人の転移事例です」
教官は五人の候補生を見回した。
「この『被検体』は、転移後に絶大な力を与えられ、望むものをほぼすべて手に入れました。しかし、精神的には救済されていません」
教官がスクリーンを消す。
「課題は一つ」
教官と候補生の間に文字が浮かび上がった。
『この人物を、どう救済するか』
「五人とも、一人ずつ答えてください」
最初に手を挙げたのは、眼鏡をかけた候補生Aだった。
「私なら、まず能力を封印します」
「理由は?」
「本人が自分の人生を振り返るためには、まず『何をしても許される』という環境を壊す必要があるからです」
彼女は淡々と続けた。
「《絶対支配》も神剣も取り上げます。爵位も財産も権力も没収します。そして辺境の町に送り、普通の人間として生活させます」
「続けて」
「そこで初めて、他人から拒絶される経験をしてもらいます」
候補生はスクリーンに再び男の姿を映した。
「この被検体は、自分が否定されることに耐えられない。だから、世界を否定することで自分を守っている」
「つまり?」
「『自分は特別だから愛される』という幻想を壊します」
教官が頷く。
「なるほど。では、その後は?」
「本人が自分から助けを求めるまで待ちます」
「待つ?」
「はい」
彼女は少し考えてから言った。
「この被検体は、誰かに救われることさえ『自分が特別だから』と解釈する可能性があります。ですから、最初から手を差し伸べません」
「厳しいですね」
「はい。でも、本人が初めて『俺が悪かった』と言えた瞬間だけ、手を差し伸べます」
教官は何も言わなかった。次の候補生を見る。
「僕なら、レオンを殺させません」
幼さの残る声で、候補生Bは言った。
「それだけですか?」
「はい。まず、そこからです」
「具体的には?」
「主人公がレオンを追放した時点で、レオンを別の国へ逃がします」
彼はスクリーンを指差した。
「この主人公は、レオンに自分の劣等感を刺激されています」
「具体的には?」
「努力している人間を見ると、自分の努力してこなかった人生を突きつけられるからです」
教官が顎に手をかざす。
「では、レオンに主人公を説得させますか?」
「いいえ。それをやると、主人公はますますレオンを憎むと思います」
候補生Bは苦笑した。
「正論を言われると、正論を言った人間が敵に見えるタイプです」
「では?」
「レオンには主人公を救わせません。レオンには、自分の人生を生きてもらいます」
その言葉に、隣の候補生Cが少しだけ顔を上げた。
「主人公が何をしようと、レオンはレオンの生活を続ける。誰かを助け、剣を教え、畑を耕す」
「それで主人公は変わりますか?」
「すぐには変わりません」
「なら意味がないのでは?」
「いいえ」
彼は静かに答えた。
「主人公に、『自分を否定するために存在している人間ではない他者』を見せ続けるんです」
教官が目を細める。
「復讐の対象ではなく?」
「はい」
「では、主人公がレオンを殺そうとしたら?」
「逃がします」
「主人公が追ってきたら?」
「また逃がします」
「何度でも?」
「何度でも」
候補生Bは笑った。
「この主人公には、『世界は自分を中心に回っていない』ことを理解してもらう必要があります」
「私は、周囲の女性たちから変えます」
今度は女性の候補生Cだった。
「被検体本人を直接変えようとはしません」
「なぜですか?」
「本人が変わる気がないからです」
スクリーンに、主人公を囲む女たちが映し出される。
「この女性たちは、被検体を全肯定しています。でも、それは愛情ではありません」
「では何だと?」
「依存です」
候補生Cは一人ずつ名前を挙げる。
「聖女には信仰を返す。王女には王族としての責任を返す。エルフには故郷を返す。獣人には仲間を返す。元奴隷の少女には自分自身の人生を返す」
「そして?」
「全員に、『勇者の所有物でなくても生きられる』と教えます」
教官が頷く。
「つまり、ハーレムを解体する?」
「はい」
「被検体は激怒しそうですね」
「でしょうね」
候補生Cは平然としている。
「でも、そこで初めて被検体は経験します」
「何をですか?」
「『愛している』と言っていた人間が、自分の命令に従わないことを」
教室が静かになる。
「そして、そのとき被検体が彼女たちを傷つけようとしたら?」
「止めます」
「力で?」
「はい」
「絶対支配を使ってきますよ」
「だからこそ、私が調整者として介入します」
候補生Cはゆっくりと言った。
「本人の能力が、本人の人間関係を壊せないようにします」
「私は、被検体に真実を見せます」
最後から二番目の候補生Dが口を開いた。
「ただし、説教はしません」
「何を見せますか?」
「前世です」
スクリーンに、死ぬ直前の男が映し出される。
冷たいアスファルト。
血。
怒号。
世界への憎しみ。
候補生Dは映像を止めた。
「そして、次に転移後の人生を見せます」
勇者として称えられる男。
殺される盗賊。
泣き叫ぶ少女。
追放されるレオン。
焼かれる村。
そして、最後に。
誰もいない夜のバルコニー。
「ここまで全部、本人に見せます」
「本人は何と言うと思いますか?」
「最初は『俺は悪くない』でしょう」
「その次は?」
「『レオンが悪い』『女たちが悪い』『神が悪い』『世界が悪い』」
候補生Dは淡々と答えた。
「たぶん、最後まで認めません」
「それでもやるのですか?」
「はい」
「なぜ?」
「本人が変わることを期待するためではありません」
候補生Dは被検体の顔を見た。
「少なくとも一度、自分の人生を客観視する経験をさせるためです」
「……なるほど」
「救済とは、必ずしも改心させることではないと思います」
「僕は、何もしません」
最後の候補生Eが答えた。
「……何もしないのですか?」
「はい」
「理由を聞きましょう」
「この勇者は、自分で考えることから逃げています」
候補生Eはスクリーンを見上げる。
「だから、こちらが答えを与え続ける限り、たぶん永遠に変わりません」
「では放置すると?」
「いいえ」
候補生Eは首を横に振った。
「結果だけは、本人に返します」
「結果ですか?」
「人を殺せば、その遺族から恨まれる。人を追放すれば、その人間を慕っていた人々から拒絶される。人を支配すれば、誰も本心を話さなくなる」
「……」
「そして、誰かを傷つけた結果として自分が孤独になったなら、その孤独から本人を救いません」
教官が黙って見つめる。
「ただし」
候補生は続けた。
「本人が、自分から助けを求めたときだけ手を差し伸べます」
「何を言えば助けるのですか?」
「『俺はどうしたらいい?』」
「それだけ?」
「はい」
候補生は微笑んだ。
「その質問ができた時点で、たぶんこの人はもう救済の入口に立っています」
五人の回答を聞き終え、教官はゆっくりと椅子から立ち上がった。
「よろしい」
五人が顔を上げる。教官は空に並んだ五つの案を眺めた。
力を取り上げる。
レオンを生かす。
女性たちを解放する。
本人に真実を見せる。
そして、何もしない。
「どの案にも、見るべきところがあります」
教官は穏やかに言った。
「だからこそ、全員に一つずつ足りないものがあります」
「……足りないもの?」
最初の候補生が尋ねる。
「はい」
教官は振り返った。
「皆さんは、彼を『どうすれば変えられるか』という視点で考えている」
五人が黙る。
「ですが、調整者の仕事は、人間を思い通りに変えることではありません。その人間が、変わることを選べる状況を作ることです」
そこで、一人の候補生が手を挙げた。
「では、教官殿はどのようになさいますか?」
教官はその候補生を見た。ゆったりと微笑みながら教官は口を開いた。
「そうですね。私なら……」
◇
候補生Aが戸惑うように言った。
「……それは、救済なのでしょうか?」
教官は笑った。
「そこを考えるのが、あなたたちの課題ですよ」
『救うとは、何か』
「次の課題です、今度は被検体を女性に変えた場合……」
一時期、私はこういう傾向の主人公が出てくる物語を好んで読んでいました。
男主人公でも、女主人公でも。
現実世界に疲れていたんだと思います。
だから、物語の中くらいは、自分にとって都合のいい世界であってほしかった。
努力しなくてもいい。
向上心なんて持たなくてもいい。
頑張らなくても、誰かに認めてもらえる。
そんな世界に、真綿で包まれるようにして浸っていたかった。主人公が少しでも努力しようものなら、「止めてー!!努力しないで!!」と、心の中で突っ込んでいたくらいです。
たぶん私は、物語にまで「頑張れ」と言われたくなかったんでしょうね。
だから、この作品に出てくる勇者は、あえて何もしません。
努力もしない。
反省もしない。
成長もしない。
それでも、欲しいものは全部手に入る。
――そんな世界を、本当に手に入れたら、人は幸せになれるのか。
そんなところから、この話が生まれました。




