25話
処刑を明日に控えた地下牢の夜は、息が詰まるほど静かだった。
ゴライアスが必ず助けに来る――そう確信してはいる。だが、それでも頭の隅を掠める不吉な想像と死への恐怖が、グラディウスの眠りを完全に奪っていた。
差し入れられた夕飯には一切手を付けていない。首を吊られて死んだ時、括約筋が緩んで排泄物を撒き散らし、みっともない姿を晒したくないという無駄な抵抗だった。
「……くそッ」
空腹で腹が鳴り、グラディウスは吐き捨てるように小さく呟いた。
ふと視線を上げると、頑丈な鉄格子の隙間から、澄み切った満月が蒼い光を投げかけていた。
今まで生きてきて、夜空など幾度となく見上げてきたはずだ。それなのに、生まれて初めて月というものがこんなにも美しいのだと知った。
(……月が、こんなにも美しいものだとは知らなかった)
フワリングの手元へ向かわせるネズミへ渡すため、紙と羊皮紙の切れ端にペンを走らせようとした――その時だった。
ペン先がプルプルと細かく震え、紙をカサカサと鳴らしていることに気づいた。
「……ッ」
グラディウスは恥ずかしさのあまり歯を食いしばり、必死で手に力を込めた。
これまで幾度となく戦い、自らの手で盗賊の命を奪ってきた。死なんてものはいつだって隣り合わせだったはずだ。それなのに、いざ『明日、自分が殺されるかもしれない』となった瞬間、体がこれほどまでに死を恐れている。
その惨めな動揺を、隣の牢にいるフワリングにだけは絶対に悟られたくなかった。
深く息を吐き、手の震えが完全に収まるのを待ってから、グラディウスは素っ気ない文字を滑らせた。
『月がこんなにも美しいものだとは知らなかった。牢獄というのも案外悪くない』
丸めた紙を足元のドブネズミに持たせると、小動物は音もなく暗闇の中へ走り去っていった。その小さくなっていく後ろ姿を見送りながら、グラディウスはふと、遠い故郷の両親の顔を思い出していた。
村一番の無口で、黙々と包丁を握っていた料理人の父。
その反対に四六時中お喋りで、近所では漬物名人と呼ばれていた母。
あの田舎の退屈さに耐え切れず、飛び出すように出てきた故郷の風景が、今はたまらなく愛おしく、懐かしかった。そういえば、実家にはもう何年も手紙すら書いていない。
(……絞首刑、それも公開処刑だと?)
大勢の野次馬に囲まれ、首を吊られて惨めに死んでいく自分を想像する。あまりにも惨く、尊厳のない死に様だ。
(……いや、あいつは来る。ゴライアスは絶対に助けに来るんだ。だから死ぬことなんて考える必要はねぇ……!)
何度も、何度も自分に言い聞かせた。
しかし、夜の深まりとともに増していく死の恐怖は、冷酷な暗闇となって、グラディウスの胸の中にある小さな希望をどこまでも塗りつぶそうとしていた。
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