プロローグ
注:
人が殺されるシーンがあります。
皇帝妃の序列
皇后:正妃
四夫人:
側妃のトップ4人を示す。
第一側妃や第二側妃みたいな数字ではなく、以下の地位になります。
・貴妃
・淑妃
・徳妃
・賢妃
九嬪:
四夫人の下の地位の妃
昭儀、昭容、昭媛、修儀、修容、修媛、充儀、充容、充媛の位がある。
「どうしよう、光雪!」
泣きながら駆けてきたのは、同じ下級宮女の羽和。庭の片隅にある物置の中は、こっそりとおしゃべりしたりするのに良い場所だった。
私たちはこの蔦華国の後宮で下働きをしている。五年の年季は長くも短くもなく、給金は安いけど使い道がないから、辞めるときにはそれなりにまとまった額になる。嫁入りには十分過ぎるし、実家に送れば弟妹が身売りせずに済む程度には役に立つ。私たちは同期で、二人とも今年中に年季が明けて後宮を去ることになっていた。何ごともなければ。
「それで何が?」
私は努めて平静を装った。羽和が何に動揺し慌てているのか理解できないみたいに。
「公子様が……公子様が亡くなったの!」
もちろん、昼間の騒動で知っている。
羽和は妃の中の一人、董昭容付、私は栢修容付、どちらもあまり地位の変わらない妃嬪(皇帝の妃のこと)のお付きとはいえ、年季がある上に下っ端の下級宮女にはあまり関係がない。競争相手として敵視するのは、侍女みたいなお妃様に直接接する人たちだけなのだ。
「どうしよう……。きっと疑われてる。私が運んだ杏仁羹(杏仁で作った汁粉)を食べてなくなったんだもん。侍女以外で触ったのは私しかいないの!」
「でも作ったのは尚食局の人たちじゃない」
「あそこじゃ誰が食べるかわからないもの……!」
羽和は言いながら泣きじゃくる。
簡単な羹くらいは妃の住まう宮で作るけど、後宮の食事はすべて尚食局の宮女が作る。それを妃付の宮女が取りに行くのだ。
「だからだよ。だって私たちが仕えているのは九嬪なんだよ? 上にもっと偉いお妃様たちがいるのに、なんで殺されるの? きっと間違われたんだよ」
皇后様を始め四夫人全員に小さなお子がいる。尚食局で作られた杏仁羹は、きっと公子や公主の数だけあったはず。皇帝陛下は若くて即位したばかり。だから陛下のお子は小さい。董昭容の公子が死んだのは、きっと皇后陛下のお子と間違えられた。もしかしたら貴妃様の子と間違えられたとか、淑妃様のお子と間違えられたかもしれないけど。間違っても九嬪の誰かの子を狙ったものじゃない、そう言いたかった。
「……そうなのかな?」
「きっとそうだよ。もしかしてほかの宮の宮女もいたんじゃない?」
「うん、いた」
「やっぱり間違えたのか、毒を気にして膳を換えられたんだと思うよ」
「そっか……。じゃあ、私は悪くないよね」
ほっとしたように息をついた。良かったと呟くけど、全然良くはないと思う。だって公子が亡くなっていて、羽和が仕えている宮ではないけど、別の公子が狙われたってことなんだから。
でも単純な羽和は気付かない。
――だから狙われたんだよ。
私は安心させるように微笑んだ。
「そう、だから心配ないよ。羽和の所為じゃない」
「ありがとう。光雪に相談して良かった」
心底、ほっとしたようだった。
「お腹空いたでしょう? 夕食摂ってないんじゃない?」
「うん、心配過ぎてそれどころじゃなかった」
泣き笑いの顔だった。
「だったら……、これあげるから」
袖口からごそごそと飴を取り出した。「実家から渡されたんだけど、この時期だと少しずつ食べるのは難しいからさ」
少しずつ暑くなる季節、溶ける菓子は長く持たない。冬だったら一日一粒ずつ、ゆっくり味わえるんだけど。
羽和に一粒渡すと、私も口に放り込む。
甘くて美味しい。
ぐぅとお腹が鳴った。私じゃなくて羽和だ。
「安心したらお腹が空いちゃったよ……」
笑って………………直後に表情が激変した。
苦悶に満ちた顔のまま喉を両手で押さえる。
「どう……して…………?」
喘ぎながら問う。「どうして?」と。
「ごめんね、羽和……」
目の前で友人だった少女が事切れた。
あっけないほど早い。
――さっさと済ませちゃおう。
まずは喉を押さえたままだった腕は、身体の横にだらりと下がるように戻した。開けたままの目も瞼を下げたまま押さえる。
次に周囲を物色した。物置だから当然色々ある。庭の落ち葉を集めるための箕(竹で編んだ塵取り型の道具)や、木箱に仕舞われた何かとか。その中から木箱を二つ用意した。弛緩した羽和の身体を木箱の上に上げる。
――寝た人は起きてる人より重いって言うけど、本当ね!
想像以上の重さに辟易しながら、それでも重ねた木箱の一番上まで引きずるように持ち上げると上体を起こした。
そして輪にした縄の中に首を入れた。反対側は物置の柱に括り付けている。
背中を押すと、ブランとぶら下がる。続いて裙の腰帯に白い粉入りの薬包と船形の銀錠(目方を計って使う銀製貨幣)を二個忍ばせた。
――これで良し。
足場に使ったっぽく偽装した木箱を一つだけ残して、後は元あった場所に戻した。
――血が……。
確認のために羽和を見ると、口の端に薄っすら血がついていた。首吊りで血がつくものかわからなかったから手巾で拭き取った。
――ごめんね、羽和。あなたが董昭容付でなかったら、こんなことしなかったんだけど。
でも…………隙が多かったから、私が手を出さなくても、ほかの宮女に利用されて殺されていたかも。
だったら、一瞬で殺してあげた私で良かったかもしれない。下手に公子殺しの下手人にされていたら、拷問されていただろうから。
物置の出入り口でくるりと振り返ると、目を閉じて両手を合わせた。
殺した本人が言うのもなんだけど、成仏してほしい。
再び目を開けた後は、誰にも見つからないように素早く外に出て、足早にその場を去った。
初ミステリー作品です。




