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違う、そうじゃない。〜犯人は俺なんだ〜  作者: 岩波備前


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浮気探偵〜思い出の大捜査線〜 [中編]

美術館を出た時には、既に空が暗くなりかけていた。


「結構な時間、あそこにいたんだな」


「まあ、私はそれなりに楽しめたけど、隼人はどうだったんだい?」


「まずまずだ。ああいうのは嫌いじゃあないしな」


「それは良かった」


美術館から出た司さん達は、美術館の近くにある神社に訪れていた。


時間も時間なので、他の参拝客はいないようだ。


「••••••色気がないねぇ」


「いや、むしろ良い事じゃないか」


敷地内の建物に身を隠しながら、綾乃がそんな事をぼやく。


••••••あ、溜息ついた。


「まあ、そうなんだが••••••」


綾乃は奥歯に物が挟まったような物言いをする。


「何か気になるのか?」


「••••••隼人は何とも思わないのかい?」 


綾乃が意味深に呟く。


••••••ああ、だから気合を入れていたのか。


「••••••••••••今回は依頼だからな。今度はちゃんと連れていってやるよ」


「••••••••••••隼人にしては気が利くね」


引き続き2人の観察に戻る綾乃。


何も喋らないが、何だか嬉しそうな雰囲気を感じる。


••••••予定でも考えておくか







神社の敷地内の庭を散歩した2人は街中に戻っていた。


「大分暗くなってきたが、そろそろ解散するのか‥‥‥それとも」


「依頼とはいえ、あまり聞きたくはない話だな‥‥‥」


朝からの様子を見ている限りでは男女の関係はなさそうに思える。


しかし、時間帯的にはそういったことも十分に考えられるため、油断は出来ない。


先を行く2人は街中から少し外れた道を歩いている。


いつの間にか周囲の風景が、歓楽街の雰囲気を帯びてくる。


「‥‥‥まさか、な?」


「いや、どうだろう‥‥‥とりあえず尾行は続けるしかない‥‥‥」


一抹の不安を抱えながら尾行を続ける。


広い道から細い路地に進み、2人はとある建物に入っていった。


「ここは‥‥‥」


所謂いわゆるバー、というやつか?」


俺達の目の前にはいつからあるのかわからないくらい古い喫茶店のような店があった。


看板には店名が書かれてる。店名の下には(Liquor)の一文があった。


「これは‥‥‥どうする?」


俺は綾乃に尋ねる。見た所、店内は大きくはないだろう。


そうなると先に入った2人に顔を見られてしまう可能性が高い。


「‥‥‥まあ、こんなこともあろうかと思って作戦は立てては来ている。ただ‥‥‥」


綾乃が口籠くちごもる。


作戦があるのは助かるが、綾乃の反応を見るに中それなりのリスクがある事をするようだ。


「隼人。なんとなく気がついていると思うが‥‥‥覚悟を決めろ」


「ああ、分かったよ••••••」


俺の返答に満足した綾乃は、路地裏に俺を連れ込み、鞄の中からとあるものを出した。







「いらっしゃいませ」


バーテンダーが俺達を迎える。


••••••予想した通り、店内はそこまで大きくはない。気付かれる確率は高そうだ。


しかし、司さん達以外にも数名の客が入っていたことが俺達の作戦の成功率を上げた。


「先程連絡させて頂いた、長谷川と言います。2名なんですが大丈夫ですか?」


俺はできるだけ低い声で喋る。


••••••気が付かれなければ良いが。


「長谷川様ですね、それではこちらの席へどうぞ」


バーテンダーらしき初老の男性が俺達を席に誘導する。


ネットで調べた通り、テーブル席があった。


先に入った2人の視線を感じる。


「いやあぁ‥‥‥」


瞬間、隣にいた綾乃が俺の後ろに隠れた。


「この子は人見知りで‥‥‥」


「はい、それではこちらへどうぞ」


会話が終わった頃には2人の視線は外れていた。


ふぅ‥‥‥間一髪だ


俺達はテーブル席に座る。


「ご注文は?」


「私はジントニックで。彼女はアルコールに弱いので、ノンアルコールのカクテルをお願いします」


「かしこまりました」


バーテンダーがカウンターへ戻る。先に入店した客のオーダーからカクテルを作成していた。


「‥‥‥上手くいったな」


綾乃が小声で俺に言う。


「よくバレなかったな」


「バレないように配慮したからね」


「それにしても、これ。変じゃないか?」


「‥‥‥まあ、見慣れない格好だが、変ではないんじゃないか」


今の俺は長髪眼鏡の青年だ。そして綾乃はサイドテールの地雷系彼女。


この店で浮いている気もするが••••••まあ、いいか。気にしたら負けだ。


俺は今の自分の姿を気にしながら、先程の綾乃との遣り取りを思い出していた。



••••••••••••

••••••

••••

••


「これは‥‥‥」


綾乃が取り出したのは、男性用のウイッグと眼鏡だった。


「これを君に付けてもらおうかと思ってね」


「よくこんなものを用意していたな」


「こういった仕事もあるだろうから、事前に準備をしておいたのさ。今回の依頼人も分かっていたし、色々と準備の時間はあったんだよ」


俺は綾乃からウイッグと眼鏡を手に取り、装着する。


「うん、ぱっと見はわからないね」


綾乃が俺の変装に満足する。


「私はこうだな‥‥‥」


綾乃も、俺が持つ鏡を見ながら手早くメイクをする。


「どうかね?」


「ああ‥‥‥めっちゃ、地雷系だな」


目の下に隈のようなメイクを施した綾乃がいた。


それに、髪を纏めてサイドテールにしている。


「普段の私は、絶対にこんな格好もしないし、それに派手目のメイクも論外さ。父さんであっても直ぐには気がつくまいよ」


確かにそうか。母親ならともかく、父親はそういった事にはあまり強くないからな。普段メイクをしない綾乃を見ても気が付きにくいだろう。


「それに、これから電話を掛けてテーブル席があるかの確認と店内の様子を探るんだ。それと私は酷く人見知りだから、配慮がほしいと伝えてくれないか?怪しまれたら保険証でも出すさ」


そうだ、これからこの店に電話を行い、テーブル席で予約が可能か確認しなければならない。それと目くらましになる他の客の存在も知りたかった。


「バーは静かな場所ではあるが、その分、店内の会話が聞こえやすい。ならば電話口で大体の様子は分かるだろう」


なんてことを話していた。


「君は見た感じ20歳以上であると判断されるだろうし、私の年齢が疑われても出すものを出せばいい。別に私達は年齢的には全く問題はないんだからね」


店に入った時の視線はどうするか、といった問題であったが、それは綾乃が極度の人見知りの設定で行くことにした。


入店した際に俺の背中隠れ、顔を晒さないようにする。事前に説明したバーテンダーはもとより、店内の客も知らない相手の顔をまじまじとは見たりはしまい。大人の社交場ではマナー違反らしい。


「それに一瞬だけ誤魔化せれば良いんだ。後は大人しく座席に座って入れば良い。そこまで分の悪い掛けではあるまいよ」


「もとよりリスクが高い作戦だがそれだけ得るものも多いだろう。それに駄目なら駄目で、父さん達が店から出るまで待機していればいいさ」


そんな感じで話しがまとまる。


綾乃の話を聞いて、俺も気になった事を尋ねた。


「酒はどうする?俺はある程度は大丈夫だが、綾乃は?」


「ああ、最初はジンを使ったカクテルを頼めばいい。ジンフィズでとか、ジントニックとかね。2杯目が必要なら、シャンディガフとかレッドアイとかも良いんじゃないかな。私は••••••まあ、モクテル••••••ノンアルコールのものを頼むとするよ」


「失敗から学べる綾乃は偉いなあ」


よしよしと頭を撫でる。


撫でられる事に慣れた綾乃は気持ち良さそうに頭を近づける。


「すっかり慣れたな。前までは恥ずかしがっていたのに」


「スポンジの綾乃だからね。新しい経験を経て、日々アップデートしているのさ」


ふふん、と胸を張る。


「それに、な••••••」 


綾乃は俺を上目遣いで見ながら、言葉を続ける。


「女性は信用している相手以外に髪の毛に触られる事を基本的に嫌がる生き物さ。特に私はその傾向が強いと自負している」


近しい家族を除けば••••••と前置きをする。


「私の頭を撫でられるのは、隼人だけだからな。••••••特別なんだぞ?」


らしい。


そんな事を言いながら、頭を撫でていた俺の手を掴み、自分の髪や頬に擦り付ける。••••••猫みたいな奴だな。このままごろごろ喉を鳴らしそうな勢いだ。


「マーキングしているんだよ。隼人は、私の物だからね••••••」


優しく微笑む綾乃。


今日も今日とて、かわいいなあ。


「他に気になったことなんだが、綾乃はこういった店には詳しいのか?話を聞いているとそんな感じがするんだが」


店の中の様子から、マナーやカクテルの事とか。


「ああ、興味があって調べていたのさ••••••君と2人で飲みに行く予定を思い描いていたのだけれども••••••まあ、なんだ。記憶が無くなるのは頂けないからね」


「ああ、そういう••••••」


••••••納得した。確かに発情されるのは不味い。


しかも、記憶が飛んでしまうのなら尚の事悪い。


この間のように、鬼ごっこをするのは御免こうむりたい。


「さて、もういいだろう?電話をしてくれたまたえ」


綾乃が店への電話を促す。


確かに早めに連絡するに越した事はない。


状況は刻一刻こくいっこくと変わるのだから。


••

••••

••••••

••••••••••••



暫くしてから俺達の席にカクテルが運ばれる。


俺はジントニック。


綾乃はサラトガクーガーというノンアルコールのカクテルだ。ライムジュースとジンジャーエールにシロップを加えたものらしい。


「仕事中に酒が飲めるなんて••••••何だか背徳的だな••••••」


「探偵のような職業の特権さ。いいものだろ?」


同じようなカクテルを飲んでいる2人を観察しながら、俺達もカクテルを頂く。


「あー••••••結構強いが••••••美味いな。これがジントニック••••••」


「確かにな。こっちもノンアルコールだが、味はしっかりしている。きちんとした工程で作っているんだろうな」


出来るだけ目立たないようにカクテルを飲みながら2人の会話に耳を立てる。


「ここまで••••••一緒に••••••••••ございます」


「いや••••••最後は••••••••••••でいいかな」


「••••••••••••場所は••••••ホテル••••••••••」


「分かった••••••••••••そこで••••••••••••」


カウンターから距離があることと、他の客の会話に遮られ、所々聞こえない部分がある。


これは••••••不味いか?


「••••••••••••」


綾乃の同じように聞こえたのだろう。


カクテルを握ったまま、固まっている。


「••••••まだわからないからな?」


「••••••そういう事ではないと、期待するしかないな••••••下手をすると家庭が崩壊してしまう」


••••••微妙な表情で呟く綾乃。


目が死んでいる。


そのまま2人に合わせてカクテルを注文し、居座り続けが、そこまで長時間の滞在ではなかった。


2人は2杯目のカクテルを飲み干すとバーテンダーに会計を頼んでいた。

会計を済ませ、店を出る。


「綾乃」


「分かった」


俺もバーテンダーに会計を依頼する。


綾乃は先に外で待ってもらう体で先に出た2人の行き先を確認。


会計を済ませた俺は、綾乃が確認した方向へ進む事にした。







「••••••••••••」


「あー••••••••••••」


俺達は目的地に着いた。


••••••着いて、しまった。


一見何の変哲もない建物だが、敷地内に入ると様相が一変する。


看板には『ご宿泊☓☓☓☓円』『ご休憩○○時間、☓☓☓☓円』の文字が。


建物の名前も片仮名表記でぼんやりと光り輝いていた。


そんな建物を前に、司さん達は佇んでいた。


女性は懐中時計を握りしめている。


「••••••••••••」


「どうする?」


「••••••••••••いっそのこと私達も宿泊するかい?」


「ヤケになるなよ!?」


綾乃が額に手を当て、天を仰いでいる。


珍しい反応だ。


••••••それだけ参っているのだろう。


「••••••もしものことがあったら、助けてくれ」


「諦めるなよ••••••」


今度は溜息をつき、項垂うなだれている。


肩を落とす綾乃の頭を撫でる。


「••••••慰めんなよぉ」


と呟く。


文句を言う割に、俺に引っ付いているが。


「••••••まあ、そうじゃない可能性もあるんだがね」


ぽつりと話す。


「何か気になるのか?」


「••••••まあ、ね。美術館当たりでこうかもしれない、と思い当たる事はあったから」


綾乃はまだ希望を完全には捨てていないらしい。


「そも、父さんが浮気する事自体、あまり考えられないからな」


まあ、証拠が揃ってしまったら諦めるしかないが••••••。と呟く。


そんな綾乃を慰めつつ、2人を観察していた所、動きがあった。


建物とは反対の方へ進む。


つまり、敷地内から出ようとしていたのだ。


「••••••綾乃!」


「••••••家庭崩壊はまぬがれるかな?」


希望が見えた俺達は、後を追う。


最後の目的地は、暫く歩いた所にある公園であた。







夜の公園。


電灯に照らされながら、2人はベンチに隣合って座っていた。


「••••••何かしんみりとした雰囲気だな」


「ああ••••••隼人。動きがあったら••••••行くぞ」


綾乃の強行手段に驚く。


「••••••いいのか?」


「ああ、今回は身内の依頼だからね。何かあっても損をするのは私とあの女性だけさ••••••それに、そんな雰囲気でもなさそうだしね」


まあ、そうなんだが。


少しの間物陰で隠れていたが、とうとう動きが見られた。


女性が懐中時計を司さんに手渡している、


「行くか?」


「そうだね」


俺達は意を決して2人に近づいた。


「すみません。少しいいですか?」


俺は2人に声を掛ける。


「!!••••••何だい、君達は?」


「えっ?誰ですか••••••」


警戒はしているようだが、落ち着き払っている。


面倒にならなくて良かった。


俺はウィッグと眼鏡を外し、司さんに顔を見せる。


「ああっ!隼人君かい!?どうしてここへ?••••••ああ••••••なるほど。では、そこにいるのは••••••」


「••••••知り合いの方なんですか?」


「お久しぶりです、司さん。今回は依頼で来ているんです。••••••その様子だと、思い当たる節があるんじゃないですか?」


全てを理解した司さんに、戸惑い続けている女性。


そんな2人に対し、綾乃が前に出て説明する。


「霧崎探偵事務所の依頼だよ。霧崎雪代さんから霧崎司さんへの浮気調査でね。••••••詳しく聞かせてもらえるかな。••••••父さん?」


「ぇっ!?••••••まさか、貴女は••••••••••••」


「綾乃••••••凄い格好をしているね。••••••うん、良いよ。全部話すよ」


今度は女性も驚く。


••••••何故なんだろう?


司さんは女性をベンチに座らせてから、俺達に向き直り、今回の事について話し始めた。


「••••••実はね、親父のコレクションの1つを、この方から譲ってもらう約束をしていたのさ」







「綾乃は当然知っていると思うけど、私は昔、親父から手放したコレクションの話しを聞いた事があってね。••••••いくつかは私の方でも収集していたんだよ」


「父さんも探していたのかい?」


綾乃は初耳のようで少し驚く。


「ああ。でも、分からなかった1つは綾乃が手に入れてくれて本当に助かったよ。あれは私でも分からなかったからね」


綾乃に雇われてから手に入れた猫の置き物のことらしい。


あの置き物は、今は霧崎家の爺さんの部屋に置いてある。


••••••故人をしのぶためらしい。まあ、爺さんも少しは安心したと信じたい。


「まあ、そんな感じでお互いに探していたと思うけど。••••••実はね、もう1つ綾乃の知らないコレクションがあったんだよ」


「そう、こちらの砂原さんから譲ってもらった懐中時計の事さ」


疑惑の女性••••••砂原さんというのか。


「親父が霧崎家に婿入りする前の事さ。その時から生活は困窮こんきゅうしていたらしくてね。受け継いだコレクションの1つでもあった懐中時計をある人に売っていたんだ」


「その時の買い手は、砂原さんのお祖父様••••••」


ということは砂原さんはその人の孫娘に当たる、と言うことか。


「••••••そこからは、私がお話し致しましょうか?」


砂原さんが、司さんに提案する。


司さんもその方が良いと判断し、砂原さんに話しの続きを譲る。


「はい、私も祖父の手紙で初めて知ったのですが、その時に譲って頂いた懐中時計がきっかけで、祖父の妻••••••私の祖母ですね。と出会う事が出来たそうです。早く知ることが出来たら良かったのですが、私も懐中時計と手紙の事について知る事が出来たのはつい最近の事だったので••••••」


砂原さんの話しによると爺さんから懐中時計を譲り受けた後、懐中時計を一時紛失してしまった。


その懐中時計を見つけて、届けてくれたのが砂原さんの祖母であったらしい。


2人はお互いに一目惚れし、交際を始めてから結婚に至ったそうだ。


今日1日を掛けて巡っていた場所は、砂原さんの


祖父と祖母の思い出の場所であったとか。


砂原さん曰く。


『祖父は懐中時計を譲り受けた際に、霧崎さんのお父様にとってとても大切なものであることは感じていたそうです。譲りうけた後もそれが忘れられなかった、と。••••••そして、懐中時計をきっかけに幸せを掴んだ祖父が、その事を祖母に相談し、持ち主に返してあげようと考えに至ったそうです』


とのことであった。


しかし、霧崎家に婿入りする前の旧姓であった事に加え、情報の乏しい当時では探す事も出来ず、土地の整理やらなにやらで、引っ越しを余儀なくされた祖父母は住んでいた土地から離れていたそうだ。


そのせいもあって、長年に渡って捜索が、困難になっていた。


祖父からの手紙を知った砂原さんは、祖父の日記や手記など様々な記録から当時の住所を調べ、自身でも調査をしていた途中で、同じく探し回っていた司さんに出会う事が出来たそうだ。


前々から独自で調査を行っていた司さんは、砂原さんとコンタクトを取った後、砂原さんの祖父母の思い出の場所を下見していたり、砂原さんと自分の予定を擦り合わせるために連絡を取っていたらしい。


少ない時間の合間を使って、カフェで話し合っていたのは予定の最終調整であったようだ。


その現場を雪代さんに勘違いされてしまった。


『私の祖父母も、霧崎さんのお父様も、鬼籍きせきに入られてしまいましたので。••••••せめてこの懐中時計を通して、霧崎さんには感謝の気持ちを。祖父母には思い出の場所を見せてあげたかったのです』


砂原さんは、祖父母の心残りを少しでも解決してあげたいと考え、祖父から受け継いだ懐中時計を持って、爺さんの息子である司さんと一緒に思い出の場所を巡っていたそうだ。


『霧崎さんは仕事の合間を縫ってまでも、私個人の我儘を聞いて下さり、今回の事が実現したのです』


『砂原さんのお祖父様の御厚意と、砂原さんの優しさがあったからこそ、親父が大切にしていた懐中時計が私の手元に戻ってきたんだ。••••••その想いに応えない訳にはいかないからね』


と2人は話していた。


ちなみに、砂原さんの祖父は画家でもあったらしく、美術館に展示されていた女性の絵画は砂原さんの祖母がモデルだそうだ。


また、最後に寄ったホテルの場所には、昔砂原さんの祖父母が住んでいた家があったらしい。


最後は、この公園で懐中時計の引き渡しを行い、解散する予定だったそうだ。







砂原さんと司さんからの話しを聞いた俺達は、その場で雪代さんに連絡し、事の次第を報告した。


司さんの誤解も晴れた事は良いが、電話口の司さんの表情はとても暗かった。


「••••••綾乃、隼人くん。これから私は家に帰るよ••••••私は駄目かもしれないが、君達は気を付けて帰るんだよ」


どうやら、司さんが1人で爺さんのコレクションを探し回っていた事が雪代さんの逆鱗に触れたらしい。


司さん••••••爺さんに似て1人で何とかしようとするからなあ••••••


『探すのであれば事前に話して頂戴••••••貴方に何かがあってからじゃ遅いのよ••••••私に心配させないで下さいね!』


と、電話口から心配する雪代さんの声が聞こえたた。


••••••綾乃の母親だから、屋敷に帰ったら司さんは無事では済まないだろう。


••••••合掌。


霧崎家からの迎えの車で帰る司さんを見送り、俺達もこれからについてどうしようかと、話し始めたところ、何と砂原さんから以外な話しがあった。


「綾乃さん、私の事は覚えていませんか?」


「••••••••••••ごめんなさい。何の事だか分かりません」


いきなりの発言に戸惑う綾乃。


心当たりはないのであろう。


「••••••そう、ですよね」


砂原さんが、落ち込みながら呟く。


「私は綾乃さんを初めて見た時から、ずっと••••••」


(砂原さん••••••なんだ••••••違和感が?••••••)


砂原さんの様子がややおかしい事に気が付く。

恥ずかしそうに頬を赤らめている。

綾乃は気が付いていないようだが••••••


そして、意を決したかのように綾乃へ話し始める。


「一緒の学園に通っていた、砂原••••••れいといいます。卒業後、一般の大学に進まれてしまったので半ば諦めていたのですが••••••••••••やっと、綾乃さんに再会出来て、嬉しいです」


「私に!?」


綾乃は更にびっくりする。


「はい、在学中にこうしてお話をしたかったのですが••••••恐れ多くて••••••でも、綾乃さんのお父様とお話ししていたら安心しました。••••••この人の娘さんなら、お近づきになれるかもしれないって••••••」


そうか、砂原さんは深窓のお嬢様然とした綾乃に関わりにくかったのか。


「お近づきにって••••••?••••••まさか••••••!!」


綾乃はそんな申し出に戸惑いながらも、僅かに期待しているようだ。


「はい••••••••••••私と••••••」


「私と••••••?」


やっと綾乃に友達が••••••?


「••••••付き合って下さい!」


「••••••••••••••••••ふぇ?」


顔を赤らめながら告白する砂原さん。


告白を受けて、意味が分からず硬直する綾乃。


「••••••••••••あっ」


1人、事態を理解した俺。


お嬢様学校。天然物のお嬢様である砂原さん。深窓のお嬢様である綾乃。


••••••今の砂原さんの反応。


つまり



綾乃は『like』期待し

砂原さんは『love』を望む。



「そっちかー••••••」


今度は俺が天を仰ぐ。


通常の女子校とは違い、天然物のお嬢様が通う学校出身の2人の温度差に狼狽してしまう。


「駄目、ですか?」


涙ぐむ砂原さん。


「••••••はわっ、はわ、はわわわっ••••••!」


そして、ようやく状況を理解した綾乃がこちらを向く。


俺はそっ、と目を逸らす。


「まあ••••••後は若い2人で••••••」


「隼人ぉ!!?•••••••助けてくれよぅ••••••!!」


綾乃の情けない叫びは、夜の風に流されていった。


[後編へ]

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