3-04 奇怪に候ふことなり
「到着したのか?」
貴人の流刑地である丁寧降江に到着した璃王練皇子は、乗っていた駕籠から出ると、目の前の風景に呆然とした。
「何も無い……」
そこは自然豊かな田舎だが、人里はある。
道もある。
璃王練皇子の駕籠は道を通り、人里を抜けて来た。
だが都育ちの璃王練皇子には何もかもが足りなく、何もない土地に見えた。
「……これ、住めるのか……?」
目の前にある慎ましい屋敷を見て、璃王練皇子は半目になった、
それは身分の無い農民たちから見れば、豪族が住むような立派な屋敷だろう。
しかし殿上人だった璃王練皇子にとっては荒ら屋だ。
「中宮様がお世話してくださったお屋敷だもの。大丈夫よ」
璃王練皇子の妻、桜髪に金色の瞳の安寿利休が明るい笑顔で言った。
「私はこういうお屋敷、風情があると思うわ。二人で静かに暮らすには丁度良いんじゃないかしら」
「はあ……」
璃王練皇子は深い溜息を吐いた。
「麿は帝になる男だったのに。こんなことになるとは」
「あら、良いじゃない。帝になったら祭祀をしなければならないでしょう?」
「ああ、祭祀が仕事だからな」
「祭祀は怖いわ。璃王練が帝にならなくて良かったわ」
「祭祀は怖いものではない。国の安寧や五穀豊穣を祈願するのだ」
「怖い神がいるもの」
「怖い神……どの神だろうか。八百万の神がいるからな。わからぬ」
「私は璃王練と一緒なら幸せよ。ここで二人で幸せになりましょう」
「……そなたを中宮にしてやれなくて、すまない……」
「そんなこと良いのよ。贅沢な生活にはもう飽きているの」
「なんと健気なのだ……」
「本当よ。もう贅沢には興味がないの。私が欲しいのは璃王練よ。だって貴方はとても素敵だもの」
「安寿利久……」
「さあ、屋敷に入りましょう。今日からここが私たちの宮よ」
安寿利休は明るい笑顔でそう言うと、璃王練皇子の手を取った。
「……亡霊が出そうなのだが……」
屋敷の中を見回しながら、璃王練皇子は言った。
「亡霊なんか出ないわよ」
安寿利休は自信満々に断言した。
(住めなくもなさそうだ)
到着して一段落ついた璃王練皇子は茶を飲みながらのんびりしていた。
安寿利休は下男下女たちに指示をしに行ったので、今は璃王練皇子一人だ。
住居となる屋敷の中は、それなりに整っていた。
質素ではあったが我慢ができそうな程度だった。
(出家して寺へ行ったとしても、このようなものであろう。しかし……)
賑やかで明るい宮中で育った璃王練皇子にとって、この田舎の屋敷はあまりにも暗く、寂しく、そして不気味だった。
(やはり気味が悪い。魔除けをもっと付けておこう……)
璃王練皇子の母である中宮は、流される璃王練皇子の身を案じ、護符や玉などの魔除けをたくさん持たせた。
だがあまりに多かったので、首から下げる懸守だけは使っているが、他は葛籠に放り込んだ。
璃王練皇子は、部屋に運び込まれた葛籠の蓋を一つ一つ空けて、中を確認した。
(どの葛籠だったかな。……ああ、これ……)
葛籠の中に、魔除けの品々を入れた布の袋を見つけた璃王練皇子は、その袋を開き、中を見た。
「……っ!」
璃王練皇子の背中に、ぞっと寒気が走った。
(な、なんだ……これは……)
あまりのおぞましさに、璃王練皇子は思わず袋を閉じた。
だが、おそるおそる、もう一度中を確認した。
「……」
中の護符はすべて、炙られたように煤けていた。
玉はすべて真っ黒だ。
都でこれらを母から受け取ったときには、護符は普通の札であったし、玉は翡翠や水晶だった。
「……」
心の蔵が早鐘を打っていた。
璃王練皇子は、首から下げている懸守の袋を手に取った。
それを見てはいけないような。
開けば恐ろしいものを見てしまうような。
嫌な予感がしたが、そうっと開けてみた。
「……っ!!」
見る前から予感はしていた。
この懸守の中身も、墨のように真っ黒に変じているのではないかと、
果たして予想通りだった。
懸守の中の魔除けの玉は、真っ黒に染まっていた。
(丁寧降江には、物の怪が……いるのか?!)
「璃王練!」
「……っ!」
突然、安寿利休が現れ、璃王練皇子は飛び上がらんばかりに驚いた。
魔除けに気を取られていたせいか、安寿利休の足音に気付かなかった。
「何をしていたの?」
安寿利休は金色の瞳で、璃王練皇子をじいっと見つめながら言った。
(安寿利休を怖がらせてはいけない)
「ひ、暇だったので、荷物の整理でもしようかなと……」
璃王練皇子は誤魔化した。
「さて、夕餉は何かな」




