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魔術師たちの匣庭  作者: こたちょ
5章 魔物編
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27. 共闘

 

「何を、勝手なことを……」

「あはは! アマデウスちゃん、泣いたのお? いやん、見たかったわあ」

「泣いてなどおらぬ。……うむ? ファリャ、起きたのじゃな。おはよう」


 想像の中で勝手に殺してしまったアマデウスが目の前に現れた。ファリャの近くまで来てフワリと抱き上げる。多分これは癖になっている。長年瀕死の状態で歩けなかったので、当たり前のように抱えにくる。弟の眉間の皺が深い。


 ファリャは自分の勘違いを払拭するようにアマデウスの顔を覗き込む。頬に手を触れ、その感触を確かめた。温かさは本物だ。男はくすぐったそうに目を細め、そして口角を上げる。その後、ようやくルートヴィヒへと体を向けた。


「時間稼ぎご苦労じゃったな。ファリャが何か迷惑をかけなかったかの」

「身内のすることに迷惑などあるものか。サーシャはいつも通り、知性が足りないながら頑張っていて、可愛……」

「ああー、はいはいー。男同士のマウントの取り合いは醜いったら。ファリャちゃんはこっちにおいでぇー」


 何やらいがみ合う男たちの間から、夢魔がファリャを引っ張り出した。「ああん、もうヘトヘトよお」、と今度は彼女が肩口に頭を落とす。

 そこで初めて夢魔が傷だらけであることに気づいた。露出の高い衣装の至る所が新しい傷で赤くなっている。傷だらけなのは夢魔だけではなく、長身の男も同じく。

 しばらくの時差を置いて、頭にアマデウスの台詞が降りてきた。


「……時間稼ぎって、言ってたよね。こんな朝からどこに行ってたの? 何をしてきたの?」

「時間稼ぎ~?」

「アマデウスが言ってた」

「……、ああ~、ねえ~? 何のことかしらねえ?」


 そう言って、ファリャの肩を枕にして言葉を切ってしまった。小さく寝息が聞こえたので、立ったまま眠ってしまったのだと知る。

 夢魔は相手を眠りに落とす魔物だ。よって自分が眠る姿など相手には見せない。そんな、夢魔の非常に珍しい寝顔を目にして、そして夢魔の背後に位置する男二人を見遣る。


「時間稼ぎって?」

「そんなこと、言ったかのう」

「サーシャならわかっていると思うが」


 一人は惚け、一人は曖昧に言葉を濁した。


「夢魔がこうやって眠ってしまうなんて、変だよ」、そう言ってから、また遅れて今更のことに切り口を入れる。さっきから情報量が多すぎるのだ。ツッコミが追いつかない。どうしてルートヴィヒがここにいるのか、そして何故アマデウスと当然のように会話を交わしているのか。自分の知らない情報を共有し、時間を無駄に費やし話を逸らすのか。

 除け者にされているようで気分が悪い。除け者どころか、同じ土俵の相手として見られていない。


 怪我をしている夢魔を寝室に運び、簡単に治療を行なった。今のファリャは、自分の怪我を治すことはできるが、相手を治すことはできない。治療はアマデウスの専門だ。

 深く眠る夢魔を置いて、もう一度彼らのいる食堂へ顔を出すと、今度はアマデウスがいなくなっていた。「また彼は出かけたぞ」と弟が肩を竦めたので、遊ばれているとしか思えない。

 若干憤慨しながら椅子に腰を落とすと、笑みの柔らかい男は小さく息を吐く。


「そう怒るな。こっちも事情があるんだ」

「事情って?」

「そうだな。単刀直入に言ってもいいが、サーシャにも考えてもらいたいのが本音だ。先も言ったが、サーシャならばわかるはずだ。現に先日、答え合わせをしただろう?」

「答え合わせ?」

「夢魔の精神世界の中で。一緒に情報交換を行なった」

「夢魔の? あ、昨日の?」

「あの男も気付いていたのだろう。サーシャの前身としばらく過ごしたと言っていたから、おそらくその時に」

「…………」


 おうむ返ししか能がない。

 その上返す言葉もなくなった時、同じく弟も口を閉じた。ニコニコと笑って、食後のゼリーを運んでくる。ファリャの無能を慰めるように、口調が優しい。


「今、導けなくとも、どうせすぐにわかる」

「すぐに?」

「ああ。変化は誰しもが気づくように訪れる。サーシャもその時に気づけばいい」

「変化?」

「だから今はあの男の好きにさせておけ。それまでは君の世話は私がしよう。不自由はないはずだ」


 そう言って弟は食器の片付けに入った。小さく歌を口ずさむ背中に、なんとなくぶつけた質問。その質問に対してはすぐに明確な返答があった。

 今までの会話と一線を引く話題で、そしてルートヴィヒの中で誤解を持たれたくなかったらしい。ルートヴィヒとアマデウスは仲間になったのか、という疑問。


「私たちは『友達』などではないぞ」

「そうなの?」

「一時的に『共闘』しているだけだ。それも今回限りの。以降顔を合わせるつもりはない」

「なんで?」

「普通に、殺したいほど憎い相手だからな。君を挟んでいるから衝動を抑えているに過ぎない」

「それはアマデウスが敵国の民だから? それとも彼が俺を殺したから?」

「…………、」


 弟は言葉を詰まらせる。彼の奥歯が鈍い音を立てたので、そこでやっと自分の底の浅さを知った。

 ルートヴィヒは表向きは国家の犬だが、本当は戦争に否定的だ。たかだか住んでいる地域の違いで、相手を敵と見做さない。歴史的な背景にも興味が無いように見える。


 彼が興味があるのは、兄である「サーシャ」だ。

 サーシャを殺めたから。(昨日伝えた)サーシャになる前のニンゲンを殺めたから。それが復讐の理由だと思っていたが、実は違うのかも。ルートヴィヒの苦しげな視線が全てを物語っている。彼はずっとファリャを首を見ている。首が繋がっているのを何度も繰り返し確認するように。


 ああ、わかった。そういうことか。

 ……最終的に手を下したのは彼なのか。


 騎士団の時系列で、ファリャの前身(アレックス)は処刑され、終わりを告げた。彼は、見るにも惨い処刑に心を痛め、介錯に入ってくれたのかもしれない。不可抗力にも思えるが、その選択肢を選んでしまったことに彼は悔いている。

 落ち込むルートヴィヒに、ファリャが慰めの言葉を探した。ファリャにとって数百回繰り返した人生の、なんのことはない最後だ。なるべく軽薄に、無責任に聞こえないよう。口の中で言葉を転がしていると、弟はしばらくして低く笑った。


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