第9章 墓守との邂逅
「先生はいつも昔のことばっかり……あ」
何かと子供の頃の私と比較したがる先生の言葉に反論しかけた私は、一変した景色に目を奪われた。
森の中に唐突に出現した綺麗な景色。
開けた場所の中で、宝石の様な花が一面に咲き乱れていた。
ガラス細工みたいな植物が、織りなす光景に思わず感嘆の吐息が洩れた。
「綺麗……」
「右に同じく。けど、何だこれ? 見た事ない花だよな」
ツェルトの言う通り、こんな花は見た事が無かった。
「精霊が憑いた植物だな。それなりの病や病気に効き目がある。滅多に生えてねぇから、あんまり知られてねぇけどな」
先生の説明を聞いて思う。
今日は珍しい事づくしだ。
「あれ……」
見慣れない景色に目をうばわれていると、不意に眠気が込み上げてきて、こられられなくなる。
耐えなければ、と思った。
こんな特殊な状況で、倒れて先生の荷物になりたくはない。
けれど……。
「大丈夫ですよ、ステラ。今は眠っていて下さい」
敵意の無い柔らかな声が耳に届いた。
それは年の近い少女の物で、歌を歌ったならばさぞかし綺麗な音色を綴ってくれるだろう、小鳥のさえずりを思わせる様な声だった。
よく聞いた懐かしい声に促されて、意識を手放してしまった。
「ステラ!? 大丈夫か!?」
その場に倒れ込んだステラードを、ツェルトが慌てて抱えていた。
俺はけれど、焦らない。
ステラードが倒れると同時に姿を現したのは、一人の少女だった。
それは、見慣れた、知り合いの一人だ。
カルネ・コルレイト。
隣国では、それなりに名前の知れた貴族の少女だ。
「お久しぶりです。アッシュ・カーバングル」
少女はそう俺を呼ぶ。
今の名前ではない名前を。
目の前にいる青い髪に、思慮深そうな光をたたえた水色の瞳の少女は、丁寧に一礼をして、初対面であるツェルトに向けて名前を名乗った。
「そちらの少年には初めましてですね、私の名前はカルネ・コルレイトと申します。この森にある勇者の墓を守る役割を……、つまり墓守をさせていただいております」
「墓守?」
ツェルトが困惑したような視線を向けてくる。
当然だろう。
森の中を延々と歩きまわされた挙句、変な場所に辿り着いて、惚れた女がいきなり倒れて、変な事を言うやつが目の前に現れたのだから。
勇者の亡骸は、色々今までの歴史で政治的に利用される事があった。
だから、こんな辺鄙で人目のつからないところで守っていた。
いつもならカルネの隣には番犬の犬っころ……ジオがいるはずなのだが、見回りに出ているのかもしれない。
へたな行動に出られてはかなわないので、俺は警戒するツェルトに言っておく。
「安心しろツェルト、こいつは悪い奴じゃねぇよ。ステラードの友人でもある」
「そう言われても、反応に困るな」
「困ってもいいが、話は聞いとけ」
ステラードほど、こちらの言葉を鵜呑みにしないツェルトは表情を変えないまま、カルネを見つめ続けるが、とりあえずは、敵ではないと判断したらしい。
体にまとっていた緊張の気配を解いた。
「で、何か用か。カティサ」
遭遇した時のやりとりのお決まりとなった、互いの本名を述べ合った後は、素早く本題に入った。
「墓の管理をするのに不便だったので、ここら辺の空間を何とかしてほしいというのが、正直な所ですね。ツヴァイ教師」
「なるほどな。けど俺は便利屋じゃねえよ。他ぁあたれ、カルネ」
今のを含めて今の名前を互いに呼び合うまでが、俺達が再会した時に行う毎度のやりとりだ。
いつから始まったのか覚えていないが、たぶんユースのアホらしい荷物を背負ってやると決めた時からな気がする。
俺がすげなく要求を突っ返すと、相手はため息を吐いて、あっさりと諦めてみせた。
「仕方がありません、ユースにでも当たりますか。本題は別にありますので良いでしょう。眠らせたのは申し訳ありません、ステラードにはあまり聞かれたく無かったのですよ、彼女の為にも」
「……聞かせろ」
「……って、なんかすごい割って入りづらいだけど、俺ここにいていいのかな」
ツェルトが柄にもなく場違いさを感じ取っているが、構わずに会話を続けていく。
本当に関係がないと思われたのなら、ツェルトも一緒に眠らされていた事だろう。
だから、ステラードにぞっこんなこいつの存在も、会話に必要なのだろう。
その場にいる俺達二人に視線を向けた、カルネは一拍置いて口を開いた。
「貴方ならお気づきかと思われますが、彼女は……ステラードは転生者です」
「ああ、やっぱりな」
「へ? 転生者? 何の事だ」
一人無知を訴えるツェルトに軽く転生者というものについて説明してやる。
神なきこの世界レムリアには時々別の世界レムから、転生(死んだあとで生まれ変わる)する人間がいる。
俺は今まで何人か見てきた事があったので、あらかじめ知っていた。
前世の記憶があるので、大抵は普通の人間よりも多量の知識を有しているのだが……。
「ツヴァイ教師、レム世界からの転生者と言えば貴方には分かるでしょう」
「ああ、分かり過ぎるくらいにな」
この世界レムリアで生きていた人間ではなく、稀に別の世界レムで生きていた人間が転生してくる事は珍しくない。
ステラードは隠していただったが、俺は早い段階で見抜いていた。
昔気が付かなくとも、ステラードは特にニオになんかによく別の世界の言葉を教えていたので、かなりバレバレだったが。
「???」
話についていけないツェルトは、必死に頭を回転させているようだが、そこまでフォローしてやる程親切ではないので、放っておいた。
「ステラードは普段から、その事に関して悩んでいる様なのです。貴方達から、秘密を「ステラード自身の口で自ら話す」ように背中を押してもらえないでしょうか」
「お前にってわけじゃないんだよな、それは」
「ええ、もちろんここにいる貴方達に「ステラが進んで自分の秘密を話したくなる」ように、説得してほしいという意味です」
「はぁぁ……」
ため息しか出てこなかった。
カルネは王宮時代にステラードと付き合いがあって、今でも曲りなりにも双方で手紙のやり取りをしている仲らしい。
類は友を呼ぶのか、このステラードの友人は、ステラードと似た所がある。
自分より、他人を優先しがちなところとか、我が儘を言わないところとか。
そんなだからカルネとは、人の付き合いが薄弱になりがちなツヴァイでも、迂闊に縁をきることができないのだ。
そっちは今はどうでも良い話だったか。
俺の視線の先でカルネはツェルトに、まっすぐ目をを向けた。
「ツェルト・クルセイダー」
「え、俺自己紹介したっけ?」
ついていけない状況の中で名前が出て、唐突に話しかけられたツェルトは、首を傾げている。
「貴方の話はツヴァイ教師からよく聞いていますので」
「なるほど、えーと。俺にも何かあるのか?」
「ステラードの事、これからもよろしくお願いします」
「それは、まあ、そうするつもりだけど……」
そこでカルネに頭を下げられたツェルトは、なんて言っていいのか分からないと言った顔をしていた。
ツェルトも人を戸惑わせる事にかけては、ステラードと並んでそうそう右に出るものがいないのだが、さすがに未知の出来事が連発していて、普段通りの態度ではいられないのだろう。
「ステラードは結構貴方の事を気に入っているようですから、彼女の事を守ってあげてくださいね」
「お、おう。それは任せとけ、なんだけど……」
「ツヴァイ教師にはあげたくないので、ぜひ頑張って貴方がステラードの一番になってくださいね」
「へ? あ、ああ……うん」
「では、失礼いたします」
カルネは、本当にそれが本題だったらしく、ステラードの事を俺達に任せた後は、すぐに森の奥へと引っ込んでしまった。
その背中を見送ったツェルトは、一言。
「先生の周りにいる人って、中々変わった人ばっかだな」
「自分見てから言え」
当然そう言い返してやった。




