第8章 仲の良い二人
せっかく王都の外に出られたというのだから、すぐに町に戻ってしまうのはもったいなく感じていた。
少しの距離を歩くつもりで、森の中を散歩してみる事にした。
「不思議、森って怖い所だとばかり思ってたけど、そんなんじゃないのね。何だかとっても心が穏やかになってくる気がするわ」
「俺にはどれもただの木にしか見えねぇけどな」
「先生には情緒という物が足りなすぎると思うわね」
「俺にそんなもん、期待するなよ」
軽口を叩きながら、歩いていく。
今まで恐怖していた森は、来てみれば思っていた光景とは全然別の物で、生い茂る木々の葉が風に揺れて奏でる音は優し気で、様々な虫の音がして興味深い。
「先生は、王都の外とかよく出るんですか?」
「当たり前だろ。そもそも俺はこの国の人間じゃねぇんだし、若ぇ頃は旅だってしてたんだからな」
「そういえばそうでしたね」
医者だった先生は旅をしていて、なおかつ剣も得意だった。そして元騎士でもある。
実に豊かな人生歴をお持ちの様だった。
羨ましい、色々と。
ちょっとその才能とかフットワークの軽さ、私にも分けてくれないだろうか。
「ん、こんな所に泉なんてあったか?」
「え?」
嫉妬の視線を注いでいると、視線の先にいる先生が怪訝そうな声に。
その声に導かれるようにして視線を動かすと、そこにはこんこんと水を湧き出す小さな泉があった。
「綺麗な水。前には無かったんですか?」
「ああ、そういや最近地震があったからな、その時土地に変化が起きたのか」
その事なら覚えている、確か授業中の事で、クラスの皆が騒いでいたのだった。
ツェルトが私が怪我しないか心配してくれたのだった。
「地震が起きるとこういう変化があるんですよね、確か。いつもは水が出ない所に、水が出たり、反対に出なくなってしまったり」
「ああ、それだけならいいけどな。たまに空間が歪んじまって、その土地から人間が出られなくなっちまうなんて事もある」
「それは、やっかいですね」
「疑問はねぇのかよ」
聞いた事が無い現象だか、先生が言うならあるのだろう。
そう私が素直に思った事を述べたら、先生からは盛大に呆れられてしまった。
思わず発言主の顔を見てしまうのだが、そこにこ悪意は見つからない。
「え、嘘だったんですか?」
「嘘じゃねぇよ。だけどお前、よくそんなんで今まで無事に生きて来られたな。騙くらかされて、変な連中に攫われたりとかしてねぇだろうな」
「大丈夫ですよ。そんな目に遭ったら、私もっと人間不信になってる自信あります」
「嫌な自信に、胸張るんじゃねぇ」
とにかく別に嘘をつかれていたと言うのでないのなら、別にいいのだ。
しかし、空間がおかしくなるなんて困った所ではない話だ。
実際に起きたら、さぞその場所にいる人達は困ってしまうだろう。
「あーっ、俺のステラ!」
しばらく先生とウロウロしていたら、ツェルトがこちらを発見して、素早く駆けつけて来た。
どうして私達がこんな所にいるのが分かったのだろう。
ツェルトは私と先生の間に強引に身を割り込ませる。
「こんな暗がりで、ステラと一緒に! ステラ、お……おかしな事とかされてない?」
「おかしな事って? 私は別に普通に先生と一緒に歩いてただけだけど、あ、でも……」
目隠しされて運搬はされたけど、と言おうと思ったら、言葉を遮られた。
「おい、余計な事言うんじゃねぇ。お前の恥ずかしい話喋るぞ」
苦い物でもかみつぶしたかのような先生の言葉だが、生憎と「余計な事」の心当たりはない。
それが何に関してなのか聞こうと思ったが、それよりも早くツェルトが大げさに動揺して、身をのけぞらせた。
「ステラの、は、恥ずかしい話! ななな、何でそんな事知って、俺聞きたい! じゃなくて、あれ? ここは怒るとこか、えっと、どうしよう俺。ちくしょう! でも聞きたい!」
なんか物凄く動揺しているようだ。
相反する二つの感情の間で、猛烈な何かのせめぎあいを始めているらしい。
ツェルトは頭を抱え始めて、ぶんぶんと左右に振っている。
なんでそうなったのかは分からないが、大丈夫だろうか。
「どうでも良い事言い合って、雰囲気作りかけてんじゃねぇ。おい、お前ら気ぃ引き締めとけ」
ツェルトにどう声を賭けようか悩んでいると、先生が眉間にしわを寄せて、真剣な言葉をかけてきた。
私も、それに気づいたツェルトも、静かになって、周囲を見回してみる。
森の中で、今まで多少聞こえていた虫たちの声がやんでいた。
静かすぎる静寂が満ちていたのだ。
そう遠くまで歩いてきたはずはないのに、僅かばかり耳に届いていたはずの町の喧騒すら聞こえない。
「空間が歪んでんな、こいつは」
「ええっ?」
先程した会話の内容が頭によぎた。
まさか先生が言った傍から、そんな事が起きるとは。
先生って、ひょっとして色んなトラブルを引き寄せる体質でもしてるんじゃないだろうか。
「空間って歪むもんなのか?」
疑問符を浮かべているツェルトには、先ほど話した事について説明する。
とりあえず、そこからしばらく歩いてみるのだが、どうやっても町には戻れなかった。
いくら歩いても帰れないのだ。
まるで同じ場所をぐるぐる回っているかのようだった。
「つまり迷子になっちゃったのか、俺達」
「そうね、王都の森ってそんなに広くないはずだし。先生、これって……」
「残念ながら、そういう事になっちまったようだな」
ステラ達は、やはり王都の外にある森……の歪んだ空間の中に閉じ込められてしまったようだった。
「ニオがいたら、「迷子になる森だから、迷いの森だね!」とか言いそうな状況だな」
「すごく言いそう。……っと、そんな事考えてる場合じゃないわよ、ツェルト。私達いま森から出られないのよ。大変じゃない。先生、これどうやったら脱出できるんですか?」
緊迫感を感じないツェルトの態度。
だが、彼とは反対に私は焦っていた。
いくら平気でも、つい最近まで苦手だと思っていた森に長居したくない。
そんな私の感情が分かったのだろう。
ツェルトは私にしがみつくようにして、励ましてくれた。
「大丈夫だってステラ! ぶっちゃけよく分かんないけど、ステラは俺が守る。絶対守る。だから何も心配要らない。ほら、元気元気。ステラが笑ってると、ステラも嬉しいし、俺も嬉しい」
その言葉はとてもありがたいし、嬉しいけど、どうしてくっ付いてくるのかはよく分からない。
「あ、ありがとうツェルト。えっと、じゃあ、その……ちょっとだけ手を繋いでて良い?」
「ええ、ほ、本当にか! ここにいる俺、本物の俺!? もしくは、どっかで転んで頭打って自分に都合のいい夢とか見てたりしない!? ステラからそんな事言われるなんて。すげぇ戸惑う。けど、いただきます!」
私は食べ物じゃないわよ。
彼は戸惑いつつも遠慮しないという器用な真似をしながら、私の手を両手でがっしりと握り込んだ。
もう二度と話しませんという決意がひしひしと伝わって来る。
ちょっと、早まってしまっただろうか。
そ、そんな風にされるとは思わなかった。
別にちょっと一緒に頑張ろう的な意味で提案したのに、何か変な意味でドキドキしてきた。
「仲いいなお前ら」
なぜか呆れているような表情で、先生の視線が飛んできた。
「やれやれ、あんなチビっこかった患者がこうなるか……」
感慨深そうでいて、それでいてちょっとだけ複雑そうな感じの声音で呟かれる。
そのセリフの意味、一体どういう意味なんだろう。




