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王女様は狂剣士 ~乙女ゲームの悪役令嬢に転生したのに気付いたら、すでにヒロインにざまぁされてました。その上、現在進行形で命狙われてます~  作者: 透坂雨音
第一部

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第22章 昔の話



 ――遺跡の中を走る私は過去の事を思い出していた。

 

 それは数年前の出来事。

 命からがら魔物のはびこる森から生還した、その後の事だ。






 森の中で出会った人に助けられた私は、意識を失って倒れた。

 その後で、起きた時には、それから数日が経過していた。

 無理もないだろう。

 助けは間に合ったが、私はかなりの大けがをしていた。

 後で先生から聞いた話によれば、生死にかかわるような怪我だったと言われるくらいなのだから。

 だからそれだけの間、意識を戻らなかったと言う事は、不思議な事ではなかった。


 起きた私は、王宮ではない別の屋敷にあるベッドに寝かされていた。


 体に傷を作った事で、本格的に使いものにならなくなった私は、当然のように身分を剥奪されて、ステラード・グランシャリオ・ストレイドという名前を捨てさせられた。


 王宮から追い出されて、与えられたのは自由を奪われた飼い殺しの生活。


 与えられたのはたったこれだけ。

 王都の外れに大きな館と数人の使用人。


 そして、王家の名を捨てて代わりに得たのは、リィンレイシアの性だ。

 誰とも繋がらない、父の名前でも母の名前でもない、偽物の名前。


 ステラード・リィンレイシアは命こそ助かった物の、他の全ての人間から見放されていたのだった。








 私には何もできない。

 私にできる事なんて何もない。


 そう思いながら、目覚めてからの数日間を、ずっとベッドの上で過ごしていた。


「……」


 心の痛みと共に、体の方も背中の傷も痛んでいた。


 あの時森で受けた傷は一度は治りかかったにも関わらず、再び悪化してしまい、私はベッドから起き上がる事の出来ない体になってしまっていた。


 こんなに苦しい思いを、痛い思いをするなら、あの時に死んでしまった方が良かったのではないか。

 私はそう思いながら日々を過ごしていた。


 けれど、そんな日々がほんの少しだけ変化する出会いがあった。


 それは……。


「よう、久しぶりだな。来てやったぜ」

「あっ」


 そう言いながらステラの部屋を訪ねて来た人物。


 それは、自らもボロボロでありながらも、それでも私を助けてくれたあの男性だったからだ。


 名前は……、憶えているだろうか。


「ツヴァイ・ブラッドカルマ……?」

「呼び捨てかよ。……まあ、記憶力が良い所には誉めといてやるが」


 男性の装いは白衣だ。

 そして、手にはずっしりと重たい鞄が一つ握られている。


 まさか、お医者さん?


「どうして、ここに?」

「あぁ? そんなん決まってんだろ? 病人の前に白衣を着た人間がやって来たんなら、やる事は一つ」


 つまり、ツヴァイはステラを診に来たと言うのだ。

 とてもではないが信じられなかった。


「剣の人じゃないの?」


 あんなにも凄い力を持っていたというのに、と疑問に思った。

 その時の私は、医者と言われるより剣士や騎士だと言われた方がよほどしっくりとくると思っていたのだ。


「……まあ、あれだ。あれは趣味だ」


 何故かツヴァイは苦い顔。

 それ以上は聞かれたくない、とばかりに話題を変える。


 その人は真剣な顔でこちらに向きなおって、様子をうかがい始めた。


「ほれ、もっとこっちよれ。ちゃんと診てやるから。熱はあるか? 咳は、なさそうだな」


 それから小一時間程かけて診察をしたり、患部に薬を塗ったりの処置をされて、時間が過ぎていく。


 それらの作業は迷いが無くて、よどみない。


 今ままでに私を見た他のどの医者よりも、医療の知識に長けていると言う事が分かる行動だった。


 その人は、最後にあらかじめ見当をつけて持ってきていた薬を処方して、診察を終えた。


「まあ、こんなとこだな。ちゃんと調合したやつは次に持ってきてやるから、とりあえず痛み止めだけ飲んどけ」

「次も来てくれるんですか?」


 今回だけ、と言うわけではないと分かって私は少しほっとしてしまう。


 他の医者が去っていく時は別になんとも思わなかったけれど、目の前の人がこれきりで会えなくなるのは嫌だった。


 私は何が違うのか分からない。


「そんな寂しそうな顔すんなよ。医者は来ない方が良いんだぞ」


 ツヴァイ先生はくしゃくしゃと私の頭をなでて苦笑をもらす。


 私は寂しいとそう思ってるのだろうか。


「じゃあな、ステラ。苦ぇからって薬さぼるなよ」


 去っていく背中が扉の向こう側に消えてしまってから、感じたそれはまさしく寂しさの感情だった。


 先生はそれからも何度も来てくれた。


 それもそのはずで、私が負った傷は医者から見たら深くて大変なものだったらしい。だから、時間をかけて直していかなければならないものだったのだ。


 私は先生に毎日、決まった時間に来てもらって、簡単な診察を終えて薬を処方してもらう。


 何度目からは、診察の間退屈そうにしている私に先生がお話を聞かせてくれるようになった。

 私の住んでいる王都の外の、色々な町、森や海や、山など色んな所を旅した思い出の話を沢山。


 先生のしてくれる話は、私の知らないものばかりで、聞くだけでとても楽しい気分になった。


 私は王宮から出た世界をあまり知らなくて、それが全てだと思っていた。

 けれど全然そんな事は無かったのだ、世界にはもっともっとたくさんの物が溢れていて、まだ見ぬ色んな事がある。


 それが分かって私は胸が躍る思いだった。


「今日は先生来てくれるかな……」


 だから、何かの用事で先生が来てくれない時は、結構がっかりしてしまうのだ。


 先生が来ない日はつまらない。


 一日中ベッドに潜っていなければいけないし、身分が身分なので外も自由に歩かせてもらえないから。


 先生はそんな私に本を置いてってくれる時もあるけど、私はお話を聞く方が好きだった。


 だから私は、先生が来る時間になるといつもそわそわしてしまう。


 何度もドアを見つめて、足音が近づいてこないか気になって仕方がなくなる。


「まだかな……」


 そして、何度目になるか分からない時計とのにらめっこを終えるのだ。


「あっ」


 その数が十回を超えたあたりだった。


 誰かが扉を開けて入って来た。


「せんせ……」

「失礼しますお嬢様」

「あ……」


 だが、それは想像した通りの人間ではなかった。


 ステラの身の廻りの世話を任された人間、使用人の女性アンヌだったのだ。


「本日はお嬢様にお話があります。申し訳ありませんが、僭越ながらしばらく時間を頂いても? 私の話にお嬢様の耳を傾けてもらえないでしょうか」

「なあに?」


 使用人である彼女達は基本的にはこちらが話しかけない限り、話相手をしてくれない。


 彼女達からは「はい」か「いいえ」、「承りました」くらいしか聞いた事が無いので、そんな風に長々と言葉を話されるのは初めてだったのだ。ちなみに「申し訳ございません」は数えるほどしか聞いた事が無い。優秀だ。


 つまりそういう事だったので、驚いてしまったのだ。


「お嬢様、あの方は危険です。あの者の素性を調べたのですが気にかかる事が……」

「気にかかる事?」

「どうか気を付けてください」

「誰を?」

「ツヴァイ先生の事ですよ」

「先生が? どうして?」


 それは話の流れから十分かる事だったが、それでも認められない事だった。


 ツヴァイ先生はいつも私に親切にしてくれる。

 少し口は悪いかもしれないけれども、危険などという事はあるわけないというのに。


 私の知っている腹黒い大人達とは違うのだ。

 表面上は笑いながらも心の奥底で他人を嘲り、平気で罠にかけようとしている王宮の者達とは……。


「……」

「信じられないでしょけれど、これは確かな情報なのです。彼は……ツヴァイ・ブラッドカルマは我が国グランシャリオの敵です」

「えっ?」


 使用人のアンヌから聞かされた話はこうだった。


 ツヴァイ・ブラッドカルマはグランシャリオと争った事のある国の騎士だという。


 ツヴァイはある事件に関与していた。

 王宮の中で行われている極秘の研究。

 その情報をツヴァイは過去に暴いて、自国へ持ち帰ったのだと。


「お嬢様も利用するつもりなのかもしれません」

「そんなはずない」


 ありえない。私はそう思った。

 あんなにも私に優しくしてくれる先生がそんな事考えているはずがない、と。


 でも王宮の中にいた時もみな、表面上は私に優しくしてくれていた。

 心の内でどんなにひどい事を考えていたとしても、上辺は優しかったのだ。


 上手に仮面をかぶって。

 上手に嘘をついて。


 ……先生も、そうなのだろうか。


 人を騙したりするのが得意な人なのだろうか。


「それに、彼はこのグランシャリオの国に殺したいほどの憎い人間が何人もいるらしいですよ、一説にはそれは王族の方だとか」


 信じたくなかった。

 私はそんな事、信じない。

 そんなはずない。


 やっと信じられる人を見つけられたと思ったというのに。

 先生まで、私を裏切るのだろうか。


 それからもアンヌは何かを言っていたが、私は何も聞かなかった。


 私のそんな様子を見て、彼女は最後に何かを置いて行って部屋を出ていった。


『いざと言う時は大声で助けを読んでください、それが出来ない場合は、これをお守り代わりに肌身離さずに持っていてください』


 確かそんな言葉だったと思う。


 置いていかれた物は、小さなナイフ。


 子供のステラでも使えそうな武器だった。


 これで、先生と戦えと言うのだろうか。


 裏切った先生を傷つけろと?


 そんなの嫌だ。

 そんな事になんてなりたくなかった。


「先生……嘘ですよね」


 怖くなった私は布団をかぶって、丸くなる。


 背中の傷は治療のおかげですっかり良くなっていたから、そんな風にしてももう平気なのだ。


 先生が一生懸命直してくれたから、ここまで良くなれた。


 私を心配してくれた気持ちも、全部嘘だった?



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