第四十九話 寂しがりやと幸福論
あなたは信じ続けられますか?奇跡を起こす神様を。奇跡しか起こせない神様を。
欲しいのは何ですか?奇跡なんか必要ないくらい、当たり前みたいな誰か。
当たり前みたいに隣にいてくれて、当たり前みたいに抱き締めてくれる。そんな人がいたなら、神様なんていらないのに。
私は願います。神様、今すぐ私に、分かりやすい奇跡を起こしてください。赤い糸をぶら下げてください。
きっと私は、掴んでみせる。だから―――
さて、僕と誰かの付き添いデート。ゲームセンターやらジェットコースターを徘徊し、四人の楽しい時間は瞬く間に過ぎて行った。
だんだんデートに慣れてきた茜ちゃんが、勇気を出して『そろそろ二人で行くねっ!』と言いながら疾風を引きずり消えていったのが少し前。
つまり、別行動の開始。俺としては幸せオーラ全開の疾風を見るという拷問から逃れられたというだけでも嬉しいのだが。
いやしかし、この娘はどうする?隣をやや緊張気味に歩く彼女、空栄小夜ちゃんの扱いには、流石にとまどう。
そもそも、会って数時間の間柄だぞ?そんな女の子とうまくやるスキルを俺は持っていない。
「さて、どうしよっか?」
とりあえず、目的もなく徘徊していては埒が開かない。さっきまでは普通に会話してたんだし、ちゃんとコミュニケーションをとっていけば大丈夫だ。
「ど、どうしましょうか!」
オイィ!この娘も緊張してるよ……。ただ二人きりになってしまっただけだというのに、俺も彼女も情けないな。
「んじゃとりあえず、絶叫系制覇しますか」
「また鬼ですか!?」
「あ、それとも鬼ごっこでもする?」
「……はぁ」
こ、コミュニケーションンンンッ!こんなに、こんなに難しかったっけ!?平常心、平常心だ。
「よし、じゃあ絶叫オンリーで行こう」
「私の話、聞いてました?」
いや、コーヒーカップオンリーよかいくらかマシだと思うんだけど。
「はいはい。コーヒーカップ行きましょう」
「……別に、嫌ならいいですよー」
不貞腐れたように言う小夜ちゃん。話していると、きさくでいい娘なんだけど。友達にくらいはなれそうだと思える。
「まあまあ、コーヒーカップでも絶叫はできるし」
「何をする気ですか。何を」
それはもう、コーヒーカップ大回転劇場を。そんな冗談を言おうとして、彼女の顔色が悪いのに気づく。
「は、遥人くん?そんなに私の顔を見つめられるとちょっと。困るというか」
何か勘違いされたらしい。照れたせいか顔が赤くなり、さっきまでの顔色の悪さが隠れてしまった。
気のせいか?でも確かに、さっきは顔色が悪かった。でも、一向に具合が悪い仕草は見えないし。
「遥人くん。コーヒーカップ、行こうよ?」
手を握られた。あったかくてあったかくて、余計不安になった。
「ねぇ小夜ちゃん。どっか体調悪かったり……」
「え?」
「……や、なんでもない」
聞くのをやめた。彼女が案外遊園地を楽しんでるみたいだから。とりあえず、様子を見よう。
「行こっか」
「はい!」
大回転劇場はお休みだな。そうでなくても具合が悪くなってしまう。いい加減照れ隠しに小夜ちゃんをいじめるのもやめないとね。
その後、コーヒーカップやらメリーゴーランドやらという遊園地を代表するゆったりアトラクションを回った俺たちは、いい加減疲れてベンチに座った。
「ふう、疲れましたね」
「うん。なかなかやるな、メリーゴーランド」
他愛もない会話ができるくらいには、仲良くなれたかな?まったく、どうしてデートの付き添いのはずが、俺自身もデートしてるみたいになってんのか。
後で疾風を殴ろう。清々しいほどの笑顔で殴ってやろう。と、そんな決意をしてみたり。
不意に、小夜ちゃんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「あの、今日はごめんなさい。私にいろいろと合わせてもらっちゃって」
いろいろってのは、彼女がフラフラになりながら歩いてたのに合わせてあげたこともだろうか。
やっぱり彼女、どう見ても体調が悪い。最初は多分、疾風や茜ちゃんのために必死で隠してたんだろう。
「せっかく別行動になったんだからさ、ゆっくり休めば良かったのに」
「あ、ばれてましたか?やっぱり」
そらあんた、ばれるわ。何度倒れそうになった彼女を受け止めたことか。それでも執念で歩き続けたのはすごいけど。
「俺は別に、デートに来たわけじゃないんだから。こうやってずっとベンチに座ってたって良かったんだよ?」
俺の言葉に弱々しく微笑んだ彼女は、何故か頬を赤く染め、俯きながら答えた。
「いえ、違うんです」
違う?different?いったい何が違うのか、俺が問う前に彼女は答えた。
「確かに、遥人くんに迷惑かけたくないっていうのはあったけど。でも、私が休まなかったのはほとんど、自分のためなんです」
「自分の、ため?そんなにコーヒーカップに乗りたかったの?」
違うんですとばかりに大きく首を振る彼女。俺にはそれ以外の意味を見つけることができなかった。
「あの、遥人くんさ。前に茜ちゃんと会ったことがあるんでしょう?」
「うん、あるけど」
疾風が射止めようと必死になってる相手ということで、珍しく興味を持って彼女のもとに足を運んだ。
まあ、結局はただトラウマを作ってきただけだけど。
「そのとき、ちょっとだけお話したよね?茜ちゃんと」
「話?したような、しなかったような……」
正直、あんまり覚えてない。えっと確か、なんか変な質問をされたような。
「やっぱり、遥人くんだ」
何がやっぱりなのやら。やけに嬉しそうな彼女は、俺が何もわからないままで勝手に何かに納得した様子だ。
思い出せってか?あの会話を思い出せってか?
「あなたは、彼女を幸せにしてあげられますか?」
いきなり、後ろから声がした。いつか聞いたことのある言葉を、さっきまで聞いていた声で言った。
「茜ちゃんか」
よくあるあれ。目を手で隠してだーれだ?ってやるやつ。それをやられていて見えないけど、この声は間違いなく彼女。
「あは、ばれちゃった」
そらばれるわ。だってそれは、彼女があの日俺に言った言葉だもん。思い出した、あの日の会話。
「てか、いつから後ろにいたのさ。俺たちの話、聞いてたみたいじゃん」
聞いてたから茜ちゃんは、俺に思い出させるためにあんな言葉を復唱したんだろう。
「いやぁ、何か二人がいい雰囲気だったから、話かけにくくてな」
「疾風、いたのか」
てかいい雰囲気ってなんだ。俺らそんなロマンチックな会話してたのか?
「二人が来たってことは、そろそろ合流って話?」
「うん。もう暗くなってきたし、最後に観覧車でも乗って帰ろうよ」
「観覧車か。それなら小夜ちゃんも楽しめるね」
そんな無難な返答をしたら、茜ちゃんと疾風が顔を見合わせて笑った。いや何で、俺何か変なこと言ったかな?
まぁ、そんなわけで観覧車。仲良く腕を組む二人に触発されたのか、小夜ちゃんは俺の服の裾をつまみながら俯き加減で後ろからついてきた。
「あ、この観覧車二人乗りなんだね」
「しかも、一週するのに結構時間がかかりそうだな」
となると、ここはまた二組に別れるわけだ。俺たちはわりと自然に、当たり前のように二組にわかれた。
「じゃあ、行って来ます!」
茜ちゃんがびしっと敬礼をきめて、疾風とともに観覧車に乗り込んだ。そして、次の車両に俺と小夜ちゃんが乗り込む。
「さて、またも二人きりになってしまったわけですが」
「そう、ですね」
あららららら。まぁた緊張してますよ彼女。俺ってそんなにも接し難い人間なのかね?
「わりかし時間があるみたいで。そこで、だ」
「そこで?」
「さっきの話の続きなんかどうでしょう?」
いやね、すごく気になるんです。俺の提案に彼女は少し戸惑いながら、それでも笑顔で答えた。
「それではまず、茜ちゃんとの会話を思い出してくれましたか?」
やっぱりそうきたか。俺は頷いて、あの日の会話を脳内に再生した。それは、茜ちゃんが礼拝堂で祈りを捧げながら俺に問うたことだ。
静かに目を閉じ祈る彼女の後ろに立っていた俺は、不意にかけられた言葉に少し動揺した。
『遥人くん。君のことはね、疾風くんから聞いてるよ』
突然だった。彼女は振り返らずに、神に祈りを捧げながら続けた。
『聞いてるって、どんなふうに?』
『とんでもないばかだって』
あいつ、後で殴る。殴る蹴るの暴行を加えてやる。
『そんな大ばかな君にね、質問したかったことがあるんだよ』
『質問したかったこと?』
俺みたいなうつけ者にいったい何を問おうというのやら。俺は、静かに彼女の質問を待った。
『えっとね、あるところに女の子がいました』
『前ふり、長くなりそうだね』
『黙って聞いてっ!』
怒られた。仕方ないな、あまり文句を言わないようにしよう。後が怖いから。
『女の子は、とっても不幸でした』
『うんなんか、だんだん飽きてきたパターンだわ』
睨まれた。いや確かに、今のはちょっと失礼だね。さて、続けてくださいな。
『生まれながらに体が弱かった彼女。さらに両親にポイされるという悲惨なオマケつき』
言い方は妙に軽いけど、彼女が心を痛めながら話しているのは何故かよくわかった。
『神様を信じる夫婦に引き取られた彼女は、何度か病気で死にそうになりながらも、神様を信じて何とか生きて来ました』
それはまた、強い娘だ。よくもまあ、色んな不幸に立ち向かって生き続けたもんだ。
『彼女はね、願い人だったんだよ』
『願い人?』
静観をきめこんでいた俺も、その不思議な単語には疑問を抱かずにはいられなかった。
『うん。あの娘はね、いつもいつも、誰かの幸せを願ってたんだよ』
勢いであの娘なんて呼んでしまっている。今更だけど、やっぱり知り合いの話なんだな。
『他人の幸せを願え。そうやって幸せになっていく他人を見たなら、あなたは救われる。それが、彼女の信じる神様の教えだった』
苦虫を噛み潰したように、彼女はなおも続けた。
『そして、彼女の周りの人々は幸せになって行きました。さしずめ彼女は福の神です』
そらまあ、神様とやらもお喜びのことだろう。あれ?人を幸せにするのはあんたの役割じゃなかったかい?
『さて、ここで第一の質問です。福の神様って、幸せなんですかね?』
福の神様は、他人を幸せにする。それはまぁなかなか誇れることだし、ある程度の達成感はあるのかもしれない。
『けどきっと、それは幸せなんかじゃないよな』
『うん。自分の願い通りみんなは幸せになって、願うばかりで取り残された神様の気持ちって、すごく虚しいものだと思う』
虚しい、か。そうだろうな。そしてやがて、嫌になるだろう。他人の幸せを喜べなくなるだろう。
『それでも彼女は、私に言ったんですよ?幸せになってね、って』
本当に、その娘は強い。悲しいくらい強くて。強いほどに、悲しい。
『ここで、第二の質問です。私は疾風くんから、あなたのことを聞きました』
『どんな風に?』
『頼まれたら断れない意思薄弱野郎で、目の前に転がる死体に花を添えてやれるような人間だって』
『嫌な表現だなオイ』
それでも多分、一応誉めてるつもりなんだろうな。ったく、もっと上手く言えないもんかね。
それに、俺はそんな崇高な人間じゃない。そんな俺だけど、それでもきみは、俺に託すのかい?
『さて、あなたは彼女を、幸せにしてあげられますか?』
「茜ちゃんがあのとき言った女の子は、君か」
夕焼け空をゆっくりと回る観覧車の中、俺の向かい側には小夜ちゃんが微笑みを浮かべながら座っていた。
「私はね、おもしろそうな男の子がいるから、会ってみないかって。茜ちゃんにそう言われたの」
彼女なりに、私のことを考えて言ってくれたことだから。私は会ってみることにした。
「そっか。それで、今日」
小夜ちゃんは頷いて、それから話を続けた。俺なんかに、本心をぶつけた。
「楽しかったです。歩幅を合わせてくれたこと、倒れかけた私を受け止めてくれたこと。それだけでただ、充分でした」
茜ちゃんが自分のデートを潰してまで引き合わせてくれた相手。この人なら、私の孤独を消してくれるかもしれない。
「そんなの、当たり前のことでしょ」
それを、当たり前と言ってくれる人。ずっと一人だった私を救ってくれる人。
「私、今学校の寮に住んでるんです」
「うん」
「で、二年になるのを機に寮を出ようと思うんです」
「ふうん」
そっけない対応だけど、私の話を少しも聞き漏らすまいと耳を傾けてくれる。
「それで、アパートなんかを探していまして」
「……ああ、やっと俺に矛先が向いた意味がわかったような」
つまり茜ちゃんは、どうしようもなく寂しがりやな彼女を心配したわけだ。他人の幸せしか願わないばっかりに、孤独になって行った彼女を。
神様は一緒になんかいてくれない。神様は心配なんかしてくれない。ただ、願い続ければ奇跡を起こしてくれる。それだけ。
「アパートを、経営されているそうで」
「ええ、まあ」
言っちゃ悪いけど、ものすごく、嫌な予感がする。
「今日は、楽しかったです。途中で休まなかったのは、私がもっとあなたと遊びたかったから」
そういうことか、と疑問は解けたけど。いやほんとに、俺なんかでいいの?茜ちゃんも小夜ちゃんも。
そんなことを考えるうちに、観覧車は地面に到着した。頭を抱える俺をよそに、小夜ちゃんはとどめの一言を吐いた。
「あなたのこと、気に入りました。また今度、アパートの方にお邪魔します」
言うだけ言って観覧車から降りる彼女。少し遅れて外に出た俺に、先に到着していた茜ちゃんが微笑みかけた。
ああくそ、謀られた。今日のデート、言うなればみんなが当事者だったわけだ。付き添いだなんてとんでもない。
「遥人。やっぱお前、寂しがりやキラーだな」
疾風の意味不明な言葉に突っ込む気力すらもうない。てか、これ疾風も共犯みたいだね。
「さてさて、解散だね」
茜ちゃんはそう言うと小夜ちゃんと並び、二人で可愛らしく一礼した。
「二人とも、今日はお疲れ様。楽しかったよ」
「また、機会があればよろしくお願いします」
きっとまた、会う機会はあるだろうな、と。いかにも厄介であると言った様子で思う遥人。
孤独な願い人に居場所を。彼に突然つきつけられた使命を達成するまでは、逃れることなどできなかろう。
「おう。茜ちゃんと、小夜ちゃんも。また遊ぼうな」
疾風が元気に手を振る。俺も、いつまでも辛気くさい顔はしていられないな。
「二人とも。また、ね」
二人はにっこりと、いや茜ちゃんのほうは密かにニヤリと微笑んだ。計画通りってか。
そんな感じで別れた俺たちは、それぞれ帰路についた。辺りは月の光が僅かに照らすばかり。
一人家路を歩く俺は、降って湧いた災いに頭を痛めながらも、あることを考えていた。
小夜ちゃんはうちの住民と上手くやっていけるのか?あれ、こんなことを考えてる俺っていったい何なんだろう。
仕方ない。願い人の不幸についてでも考えることにしようか。彼女の孤独、少しくらいは理解してあげたいものだけど。
それにしても、初日から厄介な春休みなことで。安息の日々は、もう少し先か。
新たな住民誕生の可能性を微妙な心境で受け止めつつ、彼は彼の日常へと戻るのであった。
こんな一日
それは日常?