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日常賛歌  作者: しろくろ
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第四十八話 ダブルシスターと疾風の春

 雪と桜の季節が移ろう、その作業が着々と進んでいることを知らせるかのような綺麗な青空の日だった。


「さて、春休みですね」


「ん?ああ、春休みだね」


 こんにちは、遥人です。聞いての通り、実は今日から春休みなんですよ。そして、今日の予定はと言いますと。


「出かけるんですか?」


 お出かけスタイルに着替えつつ時計を気にしていた俺に、奈央さんがどこか不服そうに言った。


「うん、ちょっと」


 そんな風になんとなしにぼかしながら答えた俺は、どうして奈央さんが不機嫌気味なのか考えてみた。


「……ふーん。一人でですか?」


 何でそんな嫌な目で俺を見るのだろう。心なしか奈央さんがクウキヨメヨとか言いたげに見える。


「一人って俺はそんなに寂しい人間じゃないんだけど。疾風とだよ、疾風」


「ふーん……」


 だからさぁ、この娘はいったい何が言いたいのですかね?あ、なんか急に勝ち誇ったようにニヤけやがった。


「疾風さんと行くだけのわりに、随分緊張してるんですねぇ」


 不敵に笑う奈央さん。どうしてか、俺の心が読まれてしまっているらしい。


「き、緊張?ナんのことデスか?」


 所々音程のずれた日本語を発していた遥人だが、本人にはその自覚がない。


「とりあえず、ズボン前後ろ反対ですしね」


 ………うわっ。


 自らの衣服の着用状態を確認して、ため息混じりに部屋の隅に隠れる遥人。すぐに前後ろを直して再び奈央の前に立つ。


「さて、俺のどこが緊張してるって?」


「その清々しいまでのスマイルはなんだ?」


 半ば呆れ気味に言いながら、奈央も何かを諦めたようにため息をつく。


「まったく。何で隠すのか知りませんけど、今日は真央ちゃんがあなたと遊ぶのを楽しみにしてたんですからね」


 それなのに、この男は。やっとの長期休暇、初日はずっとこの日を待っていた真央ちゃんのために使ってあげるのが道理ではないか。


「んー……ゴメン。で、その真央さんは?」


「例によって」


「寝てるんだ」


「はい」


 タイミングが悪いね。いや、俺にとっては好都合なのか。真央さんに引き止められたら流石に出かけ難いし。


「まぁ、いいですけどね。真央ちゃんには私がいますし」


 相変わらずこの娘は、妹しか見えてやしない。ま、何も見えてない俺なんかより万倍マシかね。


「それにほら、遥人さんもなんだかあまり乗り気の予定じゃないみたいだし」


「んなことまでわかるもんか」


 確かに、乗り気じゃないんだよね。疾風と、今回は付属品が二人ほどいるわけだから。


「まあ、要は疾風のデートの付き添いみたいなもんなんだけどね」


「は?付き添い?」


「そ、付き添い」


 疾風が現在お付き合い中の女の子。名前を満樹茜(みつきあかね)ちゃんと言うらしいんだけど。


 彼女は俺や疾風の通う高校の近隣にあるミッション系の女学院に在籍する、それはもう敬虔な……いや、敬虔というより頭のネジか十本単位でぶっ飛んでいる狂信者さんである。


 で、その狂信者茜ちゃんが実はかなりの恥ずかしがりやさん。二人っきりのデートはムリ。恥ずかしすぎ、やってらんね。などのほざきやがります。


 そこで登場するのが、茜ちゃんのお友達である。このお友達は茜ちゃんの懇願によりデートに付き添うことになった。


 彼女は茜ちゃんと同じ学校に通う女の子で、一応茜ちゃんよりは普通の娘らしい。


 いや、初対面の人間を拘束して背中に十字架彫ろうとする女の子よりヤバい娘なら俺は即逃げるけど。


 でもまぁ、逃げられなかったわけで。疾風側の付き添い役として、俺も半ば強制的に今回のデートに同行するかととなったのだ。


「以上。回想終了!」


「なんか半ばやけくそですね」


 実は遥人、昨夜まで疾風と二人で出かけるもんだと思っていた。それこそが疾風の張った罠。気づいた時にはもう遅く、遥人も腹をくくるはめになった。


「あー、めんどくさっ!奈央さん代わってくれません?」


「イヤですね。御愁傷様です。せいぜい頑張ってください」


 手をヒラヒラと振り、さっさと行ってしまえのポーズの奈央さん。薄情なことこの上ない。


 しかしまあ、時間か。俺は赤い時計を一瞥し、玄関に向かった。


「それじゃ、真央さんよろしくな」


「了解です。いってらっしゃい」


 一応玄関まで送りに来てくれる奈央さんにほのかな可愛げを感じつつ、俺は家を出た。


 欠伸をしながら手をヒラヒラと振っていた奈央。やはりまだ眠かったのか。もう一度寝室に向かうのであった。



 三月上旬。午前九時、例によって例の如く、駅前。


 待ち合わせ時間ぴったしにやって来た遥人は、そわそわと落ち着かない様子で自分や女性陣の到着を待つ男を発見した。


「よっ」


「おう、ちゃんと指定時間に来たな」


 彼の服装の気合いの入れ具合とかは割愛するとして、遥人はある疑問を抱いた。


「女性陣、まだ来てないんだな。遅刻じゃん」


 自分のように待ち合わせ時間ぴったしに来るのさえ普通は遅いのだが。何か連絡は入っているのか?


「や、遅刻じゃねぇ。お前にはわざわざ三十分前の時間を指定したんだよ」


「はぁ?」


「だってよ、男として万が一にも女の子を待たせちゃいかんだろ」


 いや、それはもう限りなく紳士的な正論だけれど。ただ、お前には似合わないというのは確かだ。


 その後、疾風から今日のデートにおけるノウハウを叩き込まれていた遥人。待ち合わせ時間も十分前となり、ついに女の子は現れた。


「疾風くん、おはよう!あと遥人くんもね」


 無邪気な笑顔で挨拶してくれたのは、疾風の彼女であり俺のトラウマである茜ちゃん。


 すぐに駆け寄る疾風をよそに、俺は軽く手を挙げて挨拶を返した。すると、背後からいきなり声がした。


「おはようございます」


 澄んだ声だった。驚いて振り向くと、そこにはその声の主としての印象に違わぬ清楚な美少女が立っていた。


「お、おはよ」


 思わず気圧されてたじろいだ俺。今日ばかりは私服を着用している茜ちゃんとは違い、彼女は今日さえも頑なに修道服を着用していた。


「ほらほら小夜ちゃん!二人に自己紹介だよっ!」


 茜ちゃんの催促により、彼女はまたも澄んだ声で名を名乗った。


空栄小夜(からさかさよ)です。今日一日、よろしくお願いします」


 一寸の淀みも無く、と表現できるような微笑みで、小夜ちゃんはペコリと頭を下げた。艶やかな長髪が揺れる。


 思わず見とれてしまった俺たち。当然、疾風は茜ちゃんに頬をつねられる。


「もう、疾風くん!」


「ご、ごめん。つい」


 頬を膨らませて怒る茜ちゃんも負けず劣らずの可愛さなんだけど、俺はトラウマのせいで彼女をそういう風に見れない。


「ま、これならお前も来た甲斐があったのかもしれないな。遥人」


「……ほっとけ」


 今日は、退屈で窮屈な一日のはずだったんだけど。いや、その辺は何も変わんないな、きっと。




 電車に揺られ俺たちがやって来たのは、とある遊園地。デートの王道を猛然と突き進む、疾風らしいチョイスだろう。


「ね、ね!まずはゲームセンター行こうよ!」


 茜ちゃんがいきなりリクエストしたのは、遊園地内部にある規模の小さなゲームセンター。まずはウォームアップと言ったところか。


「じゃ、疾風くん。コレ」


「コレって……ああ、パンチ力を測定するやつか。よし遥人、勝負!」


 彼女の前でいいとこを見せようと色めき立つ疾風。ここは引き立て役に回るべきか?などと考えていると、俺の前にすっと茜ちゃんが立ちはだかった。


「疾風くん。キミの敵はこの私だよ」


「い!?茜ちゃんが?」


 本人は至って真面目に、さっそく素振りを初めている。困惑する疾風。小夜ちゃんはひたすら苦笑している。


「あ、疾風くんが負けたら十字架を背負わせるからね」


 つまり、負けたら背中に十字架の刺青を入れるわけだ。いやそれ、普通に恐ろしいギャンブルだな。


 俺も前に茜ちゃんに刺青を彫られかけただけに、とても他人事とは思えない。


「あっはっは!いいよ、俺に勝ったらね」


 流石に女の子に負けるわけないと余裕を見せる疾風。当然と言えば当然か。


「ホントにっ!?じゃあ私、頑張っちゃおっと」


 嬉しそうに腕をぐるぐる回す彼女。『いっきまーす!』という号令とともに……


「死ぃねェェェェェ!!」


 ギャウィィィィン!


 凄まじい衝撃。まるで女の子とは思えない。いやそれよりもまず。


「オイィィィィ!今死ねって言ったよねぇ!?敬虔な信者で神に使える女の子が死ねって言ったよねぇ!?」


「す、すごいです!プロボクサー顔負けの記録的ハイスコアですよっ!?」


 全力で突っ込む俺と全力で驚く小夜ちゃん。同じ裏方同士、なんだか心が通じ合った気さえする。


「え?俺、コレを越えなきゃいけないの?」


 今更ながら、真っ青になる疾風。無理もない。この怪的スコア、大の大人、しかもプロボクサーだって簡単には出せやしない。


「疾風。男に二言はねぇ」


「大丈夫ですよ疾風くん!信じるものは救われますからっ」


 裏方コンビが必死にフォローするが、とても疾風の不安を解消することなどできない。


 いやしかし、こんなときこそ力になってやるのが友人ってもんかね。


「疾風。確かに普通なら、こんなスコアを越えるだなんて不可能かもしれない」


 いや無理だろ、とすかさず切り返す疾風。うるさい黙れ。せっかく人が勇気付けてやろうってんだから。


「しかしな、お前なら結果は変えられる。お前がいままでやってきたこと。その意味と成果をぶつけるんだよ、今」


 もう明らかに言葉による催眠的な効果を狙い始めた俺の語りに対して、シスターコンビはわりかし感心しながらその様子を見ていた。


「お前が両目を充血させてゲームに取り組んだ日々は何のためにある?ボタンの押しすぎで手にまめを作ったその意味は?朽ち果てていったコントローラーたちの遺思はどうなる?」


 ただ、疾風だけがまるで人生の教訓を説かれているかのように真剣に、俺の騙りを聞いていた。


「立ち上がれよ。ここはゲームセンターで、あれは所詮ゲーム。ならば、これはお前の土俵だ」


 のそのそと操られたように、ゲームの前に立った疾風。手をコキコキと鳴らしている。


「それが機械である以上、何らかの規則性があるはずだ。ただ、一番衝撃の伝わりやすいポイントを見つければ良い」


 機械を凝視する疾風。その表情には一流の職人を思わせるほどの真剣さがあった。茜ちゃんさえも、声一つかけられない。


「そして、お前にできる一番の方法でそのポイントを撃ち抜く。これは、お前がいかにゲームと己を知り尽くしているかの勝負だ。ならば、結果は当然……」


「うおらァァァァァッ!」

 ギィィィィィン!


 先ほどとはまた違う、澄んだ衝撃音が響く。拳に回転を加えて打ち出された疾風の拳が、狙い澄まされたように一点を叩く。


 勝負は、決した。






「さて、とりあえず何に乗ろうか?」


 今度こそアトラクション目当てでやってきた俺たちは、思ったよりもすいている園内を見渡して吟味を始めた。


「どこもそう長く並ぶ必要はなさそうだしな。茜ちゃん、どこ行こうか?」


「んーとねー」


 キョロキョロといろんなアトラクションを見渡す彼女はどこか幼げ。とてもあの達人疾風と互角の勝負をした女には見えない。


「ふう。何だか疲れましたね。もうコーヒーカップオンリーで良いのでは?」


「それはもうドライ過ぎ!もっと楽しまないとさ」


 子供に連れ回されて疲れきった母親みたいな小夜さん。まだゲームセンターしか行ってないのに、メンバー変人だらけのせいかすでに疲れている。


「うぅ、小夜ちゃんテンション低いぞー。……よーし、ここはもうアレしかないね!」


 悪戯を思いついた子供みたいにニパッと笑う茜ちゃん。それを見た小夜ちゃんは、すでにいろいろと諦めている様子。


「ジェットコースターに直行!全速ぜんしーん!」


 ビシッとそびえ立つはしご状のコースを指指した彼女は、少し躊躇いながらも疾風の腕を握り歩き出す。


「小夜ちゃん、行くよ」


 なかなか後に続こうとしない彼女を一応気遣って、俺は立ち止まり振り返る。


 彼女は落ち着かないようすで目線を次々に移動させ、ジェットコースターの方を必死で見ないようにしていた。


「絶叫系、苦手だったり?」


 申し訳なさそうにコクリと頷く彼女。まったく、茜ちゃんも鬼だね。


 俺は黙って彼女の手をそっと握り、ジェットコースターまで引いていく。いや、一人だけ乗らないわけにもいかんでしょ。


「お、鬼ですかっ!?」


「遥人っていいます。よろしくっ!」


「自己紹介ならさっきしましたよ!ちょ、イヤッ。私はここにいますからぁ」


「だーめ。小夜ちゃんも乗るんだからね!」


 茜ちゃんも疾風の腕から小夜ちゃんの腕にお引っ越し。ズルズルと引きずって行く。


 すると、ジェットコースターのアトラクションの前で疾風が唖然と立ち尽くしている。どうやら看板を見ているみたいだが。


 俺も疾風に近づき、同じようにその看板を見つめる。そして、固まる。


『人生のジェットコースター』


「……なんちゅー名前ですか」


 諦めて自分の足でやってきた小夜ちゃんが、俺の気持ちをピンポイントで代弁してくれる。


「嫌なジェットコースターだな。人生で徐々に上に上がった後思い切り下に落とされるとか、勘弁だわ」


 まさに今、上に上がっているところの疾風には確かに縁起でもない名前であった。


 まあ、気を取り直しまして。


「れっつごー!」


 茜ちゃんの掛け声と共に、ついにジェットコースターは発進した。まずは徐々に、上へ上へと。急速落下の準備を始める。


 前では並んで座った疾風と茜ちゃんが、じゃれあいはしゃぎあいながら楽しんでいる。


 そして、俺の横では真っ青になった小夜ちゃんが不安そうに俺の服の裾を掴んでいる。


「は、遥人くん。これ、ベルト外れないよねっ?」


 できるだけこの後の落下のことを考えたくないのか、なんとか気をまぎらわそうとしている。


「大丈夫大丈夫。もし外れて君が吹っ飛んでも、俺がキャッチしてあげるから」


「ほんとうですかっ?本当ですね!?」


「うん。ただ、成功確率は約5%ってとこかな」


「低っ!低すぎますよそれ!私九割方助からないじゃないですか!」


「大丈夫。マンボウの子供の生存確率よかいくから高い」


「何億万分の一の確率と比較しないでくださいよーーっ!」


 そんなことを話す間にもカラカラと上り続けていたコースターは。今ついに、頂点で停止した。


「え?止まっ」


 止まった。そう言おうとした小夜ちゃんの声は、しかしすぐに悲鳴へと変わった。


 落下は、開始された。


「キャァァァァァァァァァァァァッッ!!」


 絶叫マシン。読んで字の如く。その後の話は、この際必要とされないだろう。


 ただ、響き轟く本気の悲鳴に遥人が耳を塞いだのは言うまでもなく。




 そしてデートは後半へ。続くっ!




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