その25(完)
現れた志村さんは、多くある席の中で、何故か私の横に座った。
私は彼に頭を下げると、席を立って財布を取り出し、券売機で「きつねうどん」と「かきあげプラス」のボタンを押した。それを店主に渡し、再度席に着く。
私は緊張していた。もしや桜田さんから私の居場所を訊き出し、直談判にでも来たのかと思ったからだ。
しかし彼は何もせず、うどんが出来た後ももぞもぞとしていた。それは私も同じで、私もまた何も出来ずあたふたとしていた。私が動揺するのは仕方ないが、何故彼まで動揺しているのだろうか。
うどんが出来上がるも、食べる気にはなれなかった。志村さんも同じようだったが、彼は「ふぅ」と一言言うと、食べ始めた。
しんとした店内に、うどんを啜る音が広がる。ほっとすると同時に、私は不安になった。彼がうどんを食べ終えた時、この空間は消えてしまうのだろう。何もする事無く「ごちそうさま」と言って彼が出て行ってしまったら、せっかくのチャンスをまたふいにしてしまう。
先程まで膨らましていた気持ちは消えていない。それを今こそ発揮するのだ。私は誰だ。そんなもの言う必要も無い。恋する乙女だ。
志村さんがうどんを食べ終えると同時に、私は話しかけた。何と言っていたかは分からない。唇は震え、喉が渇いていくのを感じた。彼は目をきょとんとさせた後に、「どうぞ」と言った。
何を話すべきなのか。それはもう考えなくてもいい。考えなくとも、私の心は彼に言いたい言葉が山程あった。彼への気持ちは喉を通り、口を動かし、頬を緩ませる。
あぁ、彼と同じ時間を過ごすのは、なんて幸せな事なのだろう。私が言葉を発すれば、彼はうんうんと頷いてくれる。私が身振り手振りで説明すると、彼はふっと小さく笑ってくれる。水の入ったコップを取ろうとすると、彼は私にコーヒーミルクを差し出した。私はそれを両手でぎゅっと掴む。
一通り話し終えると、彼は腑に落ちないような顔をした。私は思う。それはきっと私の言葉の中に、恋心を含めなかったのが不思議なのだろう。
私はあえてそうした。今は告白をすべきではない。高い牙城を登り終え、やっと私達は普通の知り合いになれたのだ。恋する私は、まだ外堀を埋める作業に徹底しよう。
「よかったら、志村さんの事も教えてください」
志村さんは不思議な顔を浮かべた。
「俺の事? 特に言う事ないよ」
そう言って彼は笑った。その自然な笑顔を見た時、私は歓喜した。さらばストーカー女の日々。また最初から始めよう。
私はやっと、スタートラインに立つ事が出来たのだ。
私は訊いた。
「志村さんは、どんな音楽を聴くんですか?」
そう言って彼を見た。
彼は小さく微笑み、胸ポケットから見慣れたアイポッドを取り出した。
「ラピッド・シガレットって知ってるか?」




