6月12日(木)濡れ衣です
「あれ? アイツ、前からあんな感じだっけ?」
風斗くんがラウンジで指したのは、少し離れた場所で友達と談笑している隣のクラスの女の子だった。
サラサラの長い髪が印象的なその子は、頬に落ちた髪をそっと耳にかけた。
でも正直、そう言われても私はその子と話したことがないしなぁ……クラスも違うから、こうして休み時間にラウンジで見かけるくらいだ。
それにしても意外。
風斗くんって、話す話題はスポーツや食べ物、遊びの話題がほとんどなんだよね。
明るい性格で、内部生で誰とでも顔見知りって感じで気軽に話してはいるけれど、知り合ってから見る限り特別親しいのって丞くんや巴さん。それに私や茅乃ちゃん位だ。
まさかそんな風斗くんが、こんな風に女の子の変化に気づくなんてね~。
「アイツ、初等部や中等部で同じクラスになったことあるんだけど、確か天パだったよな? な? 丞」
「う~ん……そうだったかな」
「お前も一緒のクラスだったじゃんっ!」
「……え~?」
同意を求められた丞くんは、心ここにあらずって感じだ。
それもそうだよなぁ……。
今、ここには茅乃ちゃんがいないんだから。
茅乃ちゃんが諏訪生徒会長と付き合うことになったと言った次の日から、茅乃ちゃんとは別々にお昼休みを過ごしている。
茅乃ちゃんは、今まで通りランチボックスを買って図書館のラウンジへと行っているはずだ。そこに、諏訪生徒会長がいるから。
会長は、生徒会の仕事もプライベートも大変忙しい方で、ゆっくりと会えるのはお昼休みだけなんだ。
そこで、私たちは同席を遠慮しているってわけ。
茅乃ちゃんは寂しがったんだけど、私たちはお昼休み以外もいつでも話せるしね。それになにより、どん底に落ち込んでいる丞くんが同席を嫌がったので、私たちも「お邪魔だし~」とかなんとか言って遠慮したんだ。
確かに……付き合いたてホヤホヤの恋人同士と一緒に過ごさなきゃいけないのって、ちょっと……気を使うしね。
向こうもさ、イチャイチャと普通の境目をウロウロとしてそうじゃない? そんなの目の当たりにするのってなんかムズムズする!
見ちゃいけない。でも気になる。うわぁ、なんかこっちが恥ずかしい!ってなるじゃん。お昼どころじゃないって話ですよ!
という訳で、あの日以来、私たちは学食やカフェテラスでお昼を食べている。
でも、遠慮しつつも向こうの様子が気になる丞くんが、こんな感じでぼ~っとしているものだから、早々に切り上げてこうしてラウンジの片隅で一緒にぼ~っとしてるんだけどね。
丞くんがこんな風になっているのは気になるんだけど、実は私、この状況に少しホッとしていたりする。
だって、こうして過ごしている分には、和沙さんと顔を合わせることがないからね! 丞くんのこの状態は気になるけど……ごめん。丞くん。でもね、失恋って、人を一周り大きくするものだと、そう思うんだよ。
「おーい。丞~」
「…………」
おっと。丞くんがとうとう返事をしなくなってしまいました。
風斗くんも諦めたようで、小さくため息をつくと、ソファの背もたれに寄りかかり、ちびちびとカフェオレを飲み始めた。
「なぁ、のどか」
「なに。風斗くん」
「アイツ、マジで前は天パだったんだって。のどか程じゃないけど」
うっさいわ! モコモコ天パで悪かったな!
ぐぬぬぬ。
それにしても、天パがあんなにサラサラになるとか……ストパー? ストパーなの? すごい技術だ……。私もストパーかけたら、あんな風に少し頭を動かしただけで顔の周りをサラサラと髪が流れるように動くんだろうか。それは惹かれる……! 是非私もやってみたい!
そう思って話題になっている隣のクラスの女の子を見ると、彼女の顔が明るくなり、綺麗な笑顔になった。
「浬くん!」
声を弾ませて立ち上がる。
彼女が駆け寄った先には、驚いた顔をしている松丘くんが立っていた。
「あれっ?」
「ふふ。髪型変えてみたの。どうかな?」
くる~りと一回転する彼女の動きに少し遅れて、髪もまたサァーっとなびく。
その姿を、松丘くんは眩しそうに見ていた。
あ! そうか。彼女は松丘くんのファンなんだ!
そういえば、今回の学園アイドルネタとして、松丘くんの好みの女の子のタイプを提供したんだった。
今回の新聞が発行されたのは一昨日だから、きっと彼女はその記事を見て、すぐに美容室に行ったんだろうな。
「うん、いいんじゃないか」
おっ。松丘くんたらまんざらでもなさそう。
よしよし。きっと明日以降も松丘くんファンはサラサラロング攻撃を仕掛けてくるだろうし、このまま巴さんへの関心を薄れさせればいいよ……! ふふふ。
「へえ。イメチェンしたんだ。ストレートパーマか何かかな?」
「たぶん。――そういえば、この学園ってパーマとかカラーリングとか、あまりうるさくないの?」
伝統校っていうことで、なんとなく校則厳しいのかなって思ってたんだ。
私は元々色素が薄くて、髪の色も黒というよりこげ茶に近い。
それで、以前通っていた中学では何度か先生に染めてるんじゃないかって言われたことがあった。
でも……風斗くんはオレンジ色の頭をしてるし、意外とここは緩いみたいだ。
「うちは、そういうとこ自由なの。第一印象が大事ってことで身だしなみの大切さを小さな頃から教えられるんだよ。で、その延長として、個性を磨いてセルフプロデュースができるようにっていうのもあるわけ。目立ってナンボっていうんじゃないけどさ、企業のトップに個性がなくて他に埋もれてるようじゃ、面白味もないし、なんか嫌だろ。この学園の生徒は諏訪会長の家みたいに伝統を重んじる家柄もあれば、山科みたいにお堅い職業もあるけどさ。そんなイメージも1つのセルフプロデュースじゃん。髪色も、髪型も個人の自由なんだよ」
セルフプロデュース力……な、なんかすごいな。じゃあきっと、風斗くんの一見チャラいオレンジ頭にも何か意味が……。
「俺のは、『明るい未来になればいいな』って願望の現れだけどな」
いや、それ、ドヤ顔で言うことじゃないし……。
ふむ~。自由に見えて、実は試されてるし磨かれてるってこと? やっぱりすごいな……。
「のどかのそのモコモコだって、個性的だし俺はいいと思うぜ?」
――やだ……嬉しくない……。
* * *
放課後、夏休みの都合で繰り上げ発行になる新聞の特集記事についてミーティングをやるということで、私と丞くんは部室に向かった。ていうか、丞くんを引っ張って行った。まったく……! 言われた時間に遅れちゃうじゃないの!
部室に到着すると、ドアは少し開いていて、話し声が聞こえた。
どうやら部屋を出ようとドアを開けたものの、そのまままた話し込んでしまっているらしい。
「文章の特徴が一緒だ」
この声……たっくんだ!
続いて、巴さんの笑いを含んだ声が聞こえてきた。
「あら、探偵にでもなったつもり?」
「探偵でなくとも、予想はつく」
「犯人は名乗り出たのではなかった?」
「いや、なりすましだったと自供した」
「まったく……どんな風に問い詰めたのやら……」
「教えるつもりがないのなら、こっちで勝手にやらせてもらう」
「お手柔らかに」
……なんの話? 探偵だとか、犯人だとか……やけに物騒な言葉が飛び交ってませんか?
入り辛いなぁ。
ドアの隙間にたっくんが立ちふさがっている状態で、私たちはノックすることも入ることもできずにそのままドアの外に立っていた。
すると、急にドアが大きく開いてたっくんが出てきた。
私たちがいることに気が付くと、少し驚いたように立ち止まる。
「――いたのか」
「ええと、今からミーティングなので」
「そうか。邪魔したな」
そのままたっくんは手でドアを押さえ、中に入るよう私たちを促した。
まるで操り人形のような丞くんは、ゆらゆらと生気がない様子で入って行く。
ほ、ほんとに大丈夫かな……。
続いて私も入ろうとした時、ドアを押さえているたっくんの手に、白い包帯が分厚く巻かれているのに気が付いた。
「怪我したんですか?」
この巻き方って、結構な大怪我じゃないのかな。
思わず尋ねた私に、たっくんは盛大に顔をしかめた。
ちょっと! 心配した私の優しい心に対して顔をしかめるってどういうことですか!
「お前のせいだろう」
は!? 意味がわからないんですけど!
一体私が何をしたって言うんですか!
言葉の意味が分からず立っていると、たっくんはそれ以上何も言わず、立ち去った。




