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神凪の巫女  作者: 栗佳
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チャリンコを必死に漕ぎ心当たりの公園にたどり着けば、やはり空間の異変を見つけた。


公園の入って直ぐにある雑木林の木々の間にそれはあった。見鬼でもない普通の人は、気づきもしないで通り過ぎて行く空間の一部に揺らぎ見つける。


揺らぎ…見たままの表現で、目にしている風景がまるで波紋が広がる湖面の様に、ゆらゆらと揺らいでいる。


「何これ。これ…結界ってやつ?」


普段、葵が使うやつとは形が違う。これは術者の個人差によるものだろうか。

葵の結界は言わば強化ガラスを張り巡らせているイメージ、目の前のそれはうにゃんと歪みながら別の空間に引き込んでしまうような不気味な様相を呈している 。

なるほど、この類が神隠しの実態なのかもしれない。

なんてこった。あの可愛い雪美がかどわかされたのか!しかも化け物の類にだなんて許せない!


駄菓子菓子。

どうやってあの異空間(?)に行けばいいのだろう、というか雪美を

助け出し尚且つ脱出をしなくてはならないのだ。

侵入するというよりも、ここを元に戻せば雪美もここに戻ってこれるのだろうか。


いつもの脳内検索エンジンからは、完全に検索範囲から除外されるワードを必死に探す。


結界 解除。


ああ、本当に嫌になる。

こんなワード、普通の女子高生がこんなに必死になって検索かけたりしないよ。

そして、それがヒットするのも…悲しいが、今は喜ぶべきだ。

雪美を助ける為なら。


目の前に揺らぐ空間に両手をかざすと、息を一つ吐く。

これはガチンコ勝負。


目に見えない意思の力は確かにある、そしてそれは物質世界に及ぼす力を持つと私は信じている。

それが物質世界に及ぼす影響力をどれだけ高められるかが鍵だ。

つまり、この結界が持つ拒絶する意思を、私の意思がねじ伏せる事が出来れば雪美を助け出せる。


「…っつ」


ピリピリと肌を刺す刺激が指先に伝わる。明瞭明確な言葉ではない代わりにダイレクトに感情がぶつけられるようだ。

けれど、不思議なことに不快な感じではない。

この結界を張った者は、悪意を持ってはいない?

捉えた獲物を喰らうつもりでこの結界に捉えたのではない、もっと気遣いに溢れまるでおもてなしの心…

いや、今はバカなことを考えるな。

雪美を助けるのが最優先事項!


指先にかかる刺激がフッと消えた。

湖面の揺らぎは収まり視界はクリアーだ。

そしてそこは見慣れた公園そのもの。


「…雪美…雪美‼︎」


姿の見えない親友の名前を叫ぶ。

目論見が外れて彼女は異界に閉じ込められたのかと、本気で涙が滲んで来た頃、木の影からそっと顔を覗かせる雪美に気づいた。


「蒼、ほんとに…蒼子?」


怯えた顔をした雪美が駆け寄ってくるとそのままの勢いで抱きついてきた。


「こわかったよ!大っきい猿が追っかけてきて…あと、変な男の人が来て……訳わからない!」


「うん、うん、もう大丈夫だから。帰ろ。」


軽く錯乱状態になってる雪美、凄く怖い思いをしたんだ。華奢な身体は小刻みに震えている。

綺麗なその黒髪を何度も撫でるうちに、少しずつ落ち着きを取り戻して来た。


「…もう、大丈夫…。ごめんね、なんか変な事言って…私、なんで蒼子に電話したのか分からない、でも蒼子ならきっと私の言う事信じてくれるって…思った。」


「うん…。」


溢れる涙を拭う。

なんて可愛いんだろう雪美は。

こんな私を信じてくれている、それが嬉しかった。



◇◇◇◇




「おまえは…かん…なぎの、もの…か?」


「さてね。けど、神凪家の当主は十年以上行方知れずと聞きます。まさかあんな小娘が、あんたの主人の所望している女じゃないでしょう。チットはここを使うことをお勧めしますよ。」


細く長い指で自分の頭を指差す男が浮かべているのは、皮肉目いた笑であろう。嗤う口元は綺麗なラインを描き小さく喉を鳴らす。


「ははっ。これは…面白いですね。」


首を傾げた猿が、空を仰ぐ。

今しがたまでそこに見えていた筈の満天の星空は、くすんだ藍色の夜空へと変化していた。

辺りには人工の光が瞬く、いつもの風景が戻っている。


「けっかい…が、やぶられ…た」


「言っとくけど、俺はやってないよ。俺にそこ迄の力は無い。然しあの結界はあんたのご主人様が作ったんでしょ?いい趣味してるね。それに完全な閉じた空間を作り出すなんて、そこいらの低級な輩には不可能。流石、神凪の祀神…」


唐突に車の走行音が聞こえて来た。

それまで無音ではないが、普段聞こえていたはずの人工的な音が無く、代わりに普段は聞こえなかった微かな音が満ちていた事に気付く。

風が揺らす木々の葉の揺れる音、微かな夏の虫の音が…常にはかき消されていたその囁くような音に満ちたその異界は、人を引き込む不思議な魅力があった。


恐らく元の公園に戻ってきたのだろう、大して背丈の大きくない樹木の間から差し込む車のライトの光が眩しい。

一瞬気が逸れた瞬間、目の前にいたはずの猿の姿は消えていた。

男はふうっと溜息をつく。


「…一体誰だろうね。あの結界を破ったのは。」



◇◇◇◇


雪美とは言葉少なに肩を並べて自転車を押しながら夜道を歩いた。

あの街灯のある角を曲がれば雪美の家に着く。

彼女の家には優しいお母さんと、クマみたいなのっそりしたお父さん、眼鏡が似合うお兄ちゃんが、雪美の帰りを待っている。

暖かい、普通の家族団欒があるはずだ。

それを人ならざるものの都合に振り回されるなんて、許せない。

見鬼の私ならいざ知らず、雪美がこんな怖い目に合うのは理不尽すぎる。


玄関を開ければ、雪美のそっくりの美人のお母さんが心配顔で出迎えてくれた。


「雪美遅かったわね、蒼ちゃんんとこにお邪魔していたの?あまりご迷惑をかけてはダメよ。ごめんね、蒼ちゃん。この子は蒼ちゃんに甘えてばっかりで。」


「大丈夫です、一緒にテスト勉強していたら遅くなっちゃって…すみません。」


互いに目配せして話を合わせる。

変な心配を掛けたくないのだ、雪美の気持ちに合わせたい。


車で送って行こうかという雪美パパの申し出を丁重にお断りしてチャリンコに跨ると、見送りに出てくれた雪美が言いにくそうに口ごもりながらその不安を吐露する。


「蒼ちゃん、…あれは、夢…だよね。」


「うん、しょうがないな。寝ないで寝ぼけるなんてさっすが雪美だね。大丈夫。もうあんな事無いよ。」


雪美がやっと少し笑みを見せてくれた。

いつもの反応には程遠いけど、それだけでも安心する。

こくんと素直に首を縦に振る雪美に、また明日と言いながら手を降ると、ペダルを漕ぎ出す。

葵か良夜にこの事を聞いてみよう、きっとあの二人なら何か知っているに違いない。

夜の人通りの絶えた裏通りを愛用のママチャリで疾走する。

私の胸の内は、いつになくざわついていた。


何かが起こる予兆に思えて仕方なかった。


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