【第60話】説得の夜と、無防備な顔面パンチ
リンギア魔法大学での報告会を終えた数日後。
俺たち5人(俺、エルザ、クレム、ジャック兄さん、エルウィンさん)は、再びゼレナ山脈へと足を踏み入れ、ガルシアさんの暮らす丸太小屋に到着していた。
(※ちなみに、グスタフ学長はさすがに長期間大学を空けるわけにはいかず、いざという時のバックアップとして王都で待機している)
「ふむ……」
エルウィンさんが周囲の森を見渡し、珍しく素直な驚きと呆れの声を漏らした。
「こんな危険な場所で、強力な魔除け(青く光る武器)も無しに何十年も自給自足で生き延びているとは……驚異的ですね。彼の強さは本物のようだ」
小屋の奥から、薪を抱えたガルシアさんが現れた。
「……君たち、また来たのか」
ガルシアさんは少し困ったような顔をしたが、すぐに穏やかな溜息をついた。
「今度は大勢で来たのだな。まぁいい、さぁ、まずは一休みしなさい」
そう言って、手際よく人数分のお茶を淹れて迎え入れてくれた。
クレムたちから事前に聞いていた通り、頑固だが基本的には面倒見のいい、悪い人ではなさそうだ。
「いやはや、こんな魔境の山麓でゆったりと温かいお茶を飲めるのはありがたい。助かりました」
エルウィンさんが優雅にお茶を一口飲み、会話を切り出した。
――だが、そこからが本番だった。我が引率者の、怒涛の『洗脳的説得』が始まったのだ。
「ガルシア殿。あなたはどうして剣聖の弟子になったのです?」
「魔法使いもそうですが、男として生まれたからには、誰しも己の道の『最強』や『最高』を目指すものでしょう?」
「長年の修行の中で、いつしか『剣聖に認められたい』という想いばかりが先行し、ご自身の本来の強さを見失ってしまったのではないですか?」
「我々が向かう先には、人類の未曾有の危機(世界のバグ)が眠っています。あなたが今持っているその強大な力で、人類を救うという新たな夢に向かってはみませんか?」
等々……。
エルウィンさんは、言葉巧みに、あの手この手でガルシアさんの心の隙間を突き、説得を試みた。
パッと見はガルシアさんの方が年上に見えるが、実はエルウィンさんの方がずっと年上だ。というか、もう還暦の60歳を超えているかもしれない(30代前半で通じる美貌だが……笑)。
しかも、300人を超えるガバレリア魔法兵団の長を務め、国内に12人しかいない最高位魔術師の一人でもある。
クレムやジャック兄さんのような若者の真っ直ぐな説得とは、言葉の重みも、背負っている圧も桁違いだった。
「…………少し、考えさせてくれ」
ガルシアさんは目を伏せ、苦悩の表情でそう絞り出した。
まぁ、百戦錬磨のエルウィンさんにあれだけ理論武装で詰められれば、どんな頑固者でも簡単には断れないだろう。
俺は温かいお茶をすすりながら、改めて我が上司の交渉力の恐ろしさを痛感していた。
俺たちはその夜、ガルシアさんの小屋の空きスペースをお借りして一泊させてもらうことになった。
◇ ◇ ◇
翌朝。俺たちは山の中腹を目指して出発の準備を整えていた。
ガルシアさんは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すまない。一晩考えたが、やはり私は遠慮しておく」
(この人もこの人で、よっぽど強情な人だな……!)
昨晩、彼がジャック兄さんと軽く木剣を交える手合わせを少しだけ見せてもらったが、その神速の剣捌きは、素人目に見てもあの無敵の銀騎士より確実に腕が上だった。それほどの逸材が参戦してくれないのは、非常に残念である。
「……となると、やっぱり俺の出番か」
俺は拳を握り込んで気合を入れた。
エルザが他国から持ち帰ってきた理論を元に完成させた光魔法『フラクトフラッシュ(装甲透過)』は、もちろんエルウィンさんにも共有済みだ。だが、装甲を透かして内部に直接流し込める「ダメージの透過量(純粋な魔力量)」で言えば、俺の規格外の魔力の方が遥かに上だったのだ。
「やれやれ……。君は本当に、技術よりも魔力総量にモノを言わせるゴリ押しタイプだな」
エルウィンさんが、少し悔しそうに肩をすくめた。
(ふふふ。あの天才魔術師から、純粋な火力で負け惜しみみたいな嫌味を言われたのは初めてだぜ。気分が良い。決してマゾではないぞ)
◇ ◇ ◇
そして、俺たちはついにゼレナ山脈の中腹、エルティアの中心地であった広大な草原に到着した。
以前と変わらず、草原の中央には俺が起動させた『魔斧の騎士』と、エルウィンさんが起動させた『魔槍の騎士』の2体が静かに立っており、もう1体は銀の棺の中で眠っている。
エルウィンさんと俺が新しく持ってきた『魔鎚』と『魔鎌』が、激しく共鳴して光を放つ。
ゴゴゴゴゴ……!!
地鳴りと共に、地中から残り2つの巨大な銀の棺がせり上がってきた。
武器と、眠る銀騎士たちが磁石のように引き合うのを感じる。だが、今はまだ武器を渡して全ての騎士を起動させるのは得策ではない。俺たちは手元に武器を残したまま、棺を放置することにした。
見渡せば、5つの銀の棺が、直径100メートルを超える巨大な円形状に並んで配置されている。
以前、俺やジャック兄さんが銀騎士と戦ったのも、ちょうどこの円状になっている範囲の内側だった。
(なるほど、ここがエルティアの『試練の闘技場』というわけか)
さっそく、俺は自分から魔斧を渡して起動させてしまった、あの『魔斧の騎士』へのリベンジマッチを申し込むために声をかけた。
「おい、待たせたな! 準備はできてるぜ!」
「さっそく準備ができたのか? さぁ、いざ尋常に勝負!」
銀騎士の目がカチャリと光り、戦闘態勢に入る。
当然、俺は後ろに控えるクレムから最上級のバフ魔法『ホーリー・エンハンス』を限界まで盛ってもらった状態でのスタートだ。
「カール。まずは『フラクトフラッシュ』だけを試しなさい。例の『無と光の合わせ技』は、まだ実戦では危険すぎます。奥の手に取っておきなさい」
エルウィンさんから厳しい声で注意が飛ぶ。
まぁ、そりゃそうだろう。ただでさえ強敵相手の戦いの中で、不完全な自爆魔法を使って腕を吹き飛ばしてしまったら、元も子もない。
「わかってるって! 行くぜっ!!」
俺が地を蹴り、第二ラウンドの戦いが始まった。
……正直なところ、今回の戦いは前回に比べてずいぶんと精神的な『ゆとり』があった。
後ろには頼れる大人がいて、クレムの極上バフと回復魔法もある。いざとなったら、前回のように「参った!」と叫んで降参すれば、律儀な銀騎士は攻撃を止めてくれるのだ。
――という、俺の中の甘い緩みが、動きに大きく出てしまったのだろう。
ズバァァァァンッ!!
「ぐほぁっ!?」
戦闘開始からわずか数分。銀騎士の放った斧の腹による強烈な一撃が俺の脇腹を完璧に捉え、俺は草原をバウンドしながら盛大に吹き飛ばされ、速攻で致命傷(肋骨粉砕)を食らってしまった。
「ったく……まったく君という人は……! ふぅ」
エルウィンさんが額を押さえて深く呆れ返った。(涙)
「クレム、さっさとそのバカを回復してやれ。カール、すぐに再戦だぞ! 勝つまで何度でもやらせるからな!」
相変わらずの鬼教官やぁ……(白目)。
クレムの『エクストラ・ヒール』で瞬時に肋骨を治してもらい、俺は改めて頬を叩いて気を引き締め直した。
(油断大敵。相手は一撃必殺のバケモノだ!)
再戦が始まる。
俺の狙いは極めて単純だ。エルザから教わった『フラクトフラッシュ』を、銀騎士の装甲の最も薄そうな『頭部(兜)』に叩き込むこと。
とにかく回避に専念しながら、ひたすらその一撃のチャンスだけを狙って動き回る。
だが、当然ながらそんな単調な動きをしていれば、歴戦の戦闘プログラムを積んだ相手もすぐにこちらの狙いに気づく。
「……頭部に攻撃したところで、貴様の非力な攻撃力ではオリハルコンを傷つけることはできず、無駄である」
銀騎士が斧を構えたまま、ご丁寧にそんな忠告(煽り)を教えてくれる始末だ。
「……へえ。無駄かどうか、一発殴らせてみろよ!」
俺は売り言葉に買い言葉で、挑発するように叫んでみた。すると――。
「……いいだろう。気が済むまで殴ってみるが良い」
なんと銀騎士は斧を下ろし、両手を広げて完全に無防備な姿勢を取ったのだ。
(……え? まじ? 本当にいいの??)
敵の罠を疑ったが、銀騎士は微動だにしない。完全に俺の攻撃力を見下して、なめ腐っているのだ。
それはそれで猛烈にしゃくに障るが……ここはグッとこらえて、この千載一遇のチャンスを逃す手はない!
「じゃあ、お言葉に甘えて……全力で一発くらいやがれぇぇっ!!」
俺は全身のバフと魔力を右拳の一点に集中させ、地を爆発させて踏み込んだ。
そして、銀騎士の顔面(兜のど真ん中)に目掛けて、渾身の魔法を叩き込む。
「フラクトフラッシュ!!」
ガキィィィィィィンッ……!!
俺の放った光の拳が、銀騎士の兜に完璧に命中したのだった。




