【第52話】辺境の祠と、永い眠りからの帰還
祠はだいぶ古く見えるが、苔と蔦に覆われながらも、しっかりと形を保っている。
周囲の荒野に完全に溶け込み、注意深く観察しなければ、苔むした大岩と見紛うほどだ。
いつから存在してるんだ?
よく調べてみると、祠の下が空洞になってるようだ。
祠全体を支える土台となっている石板の継ぎ目が、わずかに開いていることに気づいたのだ。その石板は、まるで隠し蓋のように機能していた。
俺は、苔を剥がし、土を払い、重たい石板を、両手で持ち上げるようにしてどかしてみる。
!!
土煙が晴れた祠の内部に、まるで眠るようにして隠されていた。
そこには、あのジャック兄さんの魔剣や、アストリアの森で見つけた魔槍と同じ、淡い青い光を放つ一本の『斧』が隠されていた。
スタンピードはこの斧を避けたんだ!
なぜ避けたのかは分からない。だが、俺の直感が、これ以外の結論を許さなかった。不自然なほど急激にウェルシア国へと進路を切り替えたモンスターの群れ。彼らは、この斧から放たれる強大な『何か』に恐れをなし、近づくことができなかったのだ。
「これなら……行ける」
なぜか俺は確信していた。この斧があれば、あの危険なゼレナ山脈の森に入ることができる。俺は迷わず斧を手に取り、それを腰のベルトに差し込んだ。
俺の足は、自然とサレノ領の西端、山脈方面へと向かっていた。
◇ ◇ ◇
数日後。俺は、ゼレナ山脈の麓、森との境界線へとやってきた。
王都では「立ち入り禁止」と言われたが、こんな辺境の、しかも250年前に滅びた廃村の先には、守備隊はおろか、村人の姿すら一人もない。監視塔もまだ設置されていないため、山の麓の森は入りたい放題、無法地帯だった。
「行くぞ……警戒を怠るな、俺様」
俺は自分にそう言い聞かせ、腰の斧の存在を確認すると、薄暗い魔境の森の中へと足を踏み入れた。
――そして、森に入って2日。
「……やっぱり、そうだ」
俺は、静寂に包まれた森の中で、確信を深めていた。
前回の調査では、中型モンスターに何度も遭遇した。だが、今回は、俺の周囲100メートル以内に、モンスターの気配が一切寄ってこないのだ。小鳥や虫の声すら聞こえない。まるで、森全体が俺から、いや、この斧から、恐れをなして避けているかのような不気味な静寂。
(俺はもう、森を抜けて、山そのものに到達しているはずだ)
俺は、地図もないまま、ただひたすらに山の上を目指して、木々の間を縫うように進んでいった。
◇ ◇ ◇
夜。俺は、山の中腹にある小さな岩棚で、焚き火を焚いて休憩をしていた。
パチパチ、と音を立てて燃える炎を見つめながら、俺は思う。
(ここに……このゼレナ山脈のどこかに、銀の騎士と、エルティアの謎がある。それを解けば、銀のヴォルクにも見つけられるかもしれない)
巨大スライムから、お告げのようなものをもらって3年か……。ようやく……ようやく、そのバグを根本から修正するための足掛かりが見つかった気がする。俺は、自分のでっかい「俺様伝説」が、ここから始まるのだと、そう予感していた。
◇ ◇ ◇
翌日。
「はぁ……はぁ……」
俺は、山の上を目指して、ひたすらに登り続けていた。今は中腹だろうか。足元には、鋭い岩肌が続き、空気も少し薄くなってきた。
山を覆っていた鬱蒼とした森を抜けると、突然、視界がひらけた。
(……草原?)
山頂近くに、これほど広い平原があるとは予想していなかった。
そこは、大きめの村が丸ごと1つは入りそうなほど広大な草原だった。そして、その草原の中心に、まるで呼び寄せられるようにして、俺はこの場所に来たのだ。
腰の斧が、異様なほど強く、淡い青い光を放ち始めた。斧全体が、まるで呼吸をしているかのように脈動している。
呼応するように、足元の大地が揺れる。
ゴゴゴゴゴ……
俺の目の前、草原の土が突然盛り上がり、地中から、人の背丈を遥かに超える銀色の、まるで棺のような物体が、ゆっくりと現れたのだ。
棺の表面には、祠に刻まれていたものと同じ、幾何学的な紋様が描かれている。
プシュー、という音とともに、棺の扉が、ゆっくりと開いた。
中には、銀色に光り輝く全身鎧を着た、一人の騎士が、端然と立っていた。
もちろん、人では無い。俺はその鎧の中から生命活動を一切感じなかった。それは、人形だった。オリハルコン製のパペット。エルザが探していた『銀の騎士』そのものだ。
磁石が引き合うように、俺の持つ斧と、騎士の人形が、見えない糸で結ばれた。
俺は、導かれるように騎士に近づき、その右手に、俺の持つ青い光の斧を、そっと持たせた。
その瞬間、斧の強力な光が、騎士の全身の鎧へと、瞬時に移り変わった。
カチャリ、と騎士の目が光ったかと思うと、騎士の体が、ピクリと動き出したのだ。
「――我を、起こしたのは……誰だ……」
騎士の人形。否、オリハルコンの銀騎士は、永い眠りから目覚め、完全に起動したのだった。




