【おまけ 第6話】運任せの特異点と、大団円への帰還
※おまけの最終回です
私たちは岩陰に身を潜めながら、迫り来る決戦に向けた作戦会議を行っていた。
だが、どれだけ話し合っても、強大な力を持つアン・テラの管理官ゼノンを出し抜くような、気の利いた妙案は一つも出なかった。
「ねえ、本当に大丈夫なの? 相手は次元そのものを操るアン・テラのシステムよね? 魔法も奇跡も使えないただの人間が、どうやってあの強固な城の儀式を止めるっていうの?」
私は頭を抱え、半ば絶望しながらカールに問い詰めた。
しかし、当のカールは岩に腰掛け、どこまでも真剣な顔でこう答えたのだ。
「大丈夫だ、ミラ。俺の直感が、今回は何とかなると言っている」
安心していいんだか、悪いんだか。
そんな根拠のない自信だけで、あんな化け物じみた連中に挑もうというのだから、この人は本当に正気ではない。
だが、彼が提案してきた唯一の作戦は、無謀ではあるが、一理あるものだった。
「テンパメントという術式は、俺も経験があるから分かる。あれは、対象の世界を切り離すための、非常に繊細で高度な次元操作だ。だからこそ、儀式が最高潮に達し、次元とつながるその瞬間に、外から強引に別の波長を割り込ませて介入すれば、術式そのものが暴走して失敗するはずなんだ」
「つまり、私がゼノンの命令でテンパメントを唱える瞬間に、あなたも同時にテンパメントを発動させて、システムを停止させるってこと?」
「その通りだ。それに、ゼノンたちはセーズ・テラの魔界にこの世界の一部をぶつけるために、システムの全エネルギーをその一撃に注ぎ込むはずだ。失敗すればエネルギーは霧散し、二度目のやり直しは効かない。……俺の直感が、そう言っている」
また直感か。
カールの異常な運や直感を頼りにして助けを呼んだのは私自身だが、いざ自分たちの世界の命運を懸けるとなると、正直不安でたまらない。
だが、もう時間がない。これ以外の妙案はないのだ。彼を信じてやってみるしかない。
作戦はこうだ。
カールは金の城の入口手前、システムに探知されないギリギリの物陰で息を潜めて待機する。
私は彼より一足早く、無抵抗を装って金の城の中心部へと戻り、ゼノンを待ち受ける。
やがて、自己修復を終えた金の城が再起動し始めた。
地響きのような大きな音がとどろき、黄金の壁に走っていた亀裂が光を帯びて塞がっていく。
そして、城の中枢が完全に静まり返ったその時。
「ふむ。どうやら修復は問題なさそうだな」
虚空から不遜な声が響き、黄金の粒子が集まってゼノンのエネルギー体が姿を現した。
ゼノンは、逃げずに台座の前に立ち尽くしている私を見ると、ひどく意外そうな顔をして目を細めた。
「ほう。てっきり、システムが停止している隙に地の果てまで逃げたかと思ったぞ。それとも、ガンズ・テラの無力な軍隊でも引き連れて戻ってくるかと期待していたのだがな……」
ゼノンは喉の奥でくくくと笑い出した。
「ふふふ、ははははっ! 自分の運命がいかに絶望的か、ようやく理解したか。どうあがいても無駄だと分かって諦めたというなら、私としては非常に助かる。無駄な手間が省けるというものだ」
私は両拳を強く握りしめ、冷たい視線でゼノンを睨み返した。
「どうせ何をしても、あなたたちには逆らえないし、無駄なんでしょう? ……だったら、さっさとこの世界の一部を切り離して、私のこの苦痛を終わらせてちょうだい」
ゼノンは、私の諦めと怒りが入り混じった自暴自棄な言葉を聞いて、心底満足したようにニヤリと唇を歪めた。
彼にとって、下位の存在が希望を折られ、絶望に染まる姿を見るのが何よりの娯楽なのだ。
「よかろう。では、さっさとそのくだらない苦痛から解放してやろう!」
ゼノンが腕を振り上げると、巨大な中央の台座がまばゆい光を放ち始めた。
城の周囲から、そしてこの世界そのものから、膨大な『奇跡』の力が一点に集束していくのが肌で分かる。
空気が重くなり、空間が悲鳴を上げ始めた。
「さぁ、ミラよ! 台座に触れ、お前の全存在を懸けて、力一杯テンパメントを唱えろ!」
私はゆっくりと、重い足取りで台座に向かって歩みを進めた。
ゼノンに拉致されてから2年半に及ぶ、屈辱と苦痛に満ちたこのくだらない茶番が、ついに終わりを迎える。
そして、すべてを見下してきたこの傲慢な管理官に、必ず吠え面をかかせてやる。
私は光り輝く台座の前に立った。
両手をそっと光に触れ、目を閉じる。
心臓が早鐘のように鳴っている。待つのはただ一つ。カールがこの広間に飛び込んでくる瞬間だ。
しかし、問題がある。カールがいくら足が速くても、普通に金の城の入り口から中枢まで走ってくれば、当然防衛システムが作動し、護衛の金の騎士たちに止められてあっけなく殺されるだけだ。魔法の使えない彼には、それを突破する術がない。
だからこそ、私の役割がある。
私は、ゼノンから無理やり教え込まれた調律の技術の中で、テンパメント以外に唯一完璧に使いこなせる『奇跡』の力を、密かに練り上げていた。
「テンパメントの力に耐えるための、自己防衛の練習になる」と言って、ゼノン自身が私に教え込んだ皮肉な術式。
私は目を見開き、城の入り口に向けてその奇跡を全力で解き放った。
「不可侵領域!!」
私が叫んだ直後、広間の大扉が勢いよく蹴り開けられ、カールが猛烈な勢いで駆け込んできた。
ゼノンは一瞬何が起きたか分からず呆けたが、すぐに事態を察して激昂した。
「何者だ!? ええい、聖騎士ども、その小僧を殺せ!」
ゼノンの命令に従い、黄金の装甲に身を包んだ騎士たちが一斉にカールへと斬りかかる。さらに、城の防衛システムから致死の光線が雨あられと降り注いだ。
だが、そのすべての攻撃は、カールの身体を覆うように展開された私の『不可侵領域』の光の膜に触れた瞬間、パリンと音を立てて無力化され、弾き飛ばされた。
「アンタッチャブルか!? えぇい、忌々しい!」
ゼノンが驚愕の声を上げる。
私のアンタッチャブルが持つ絶対防壁の持続時間は、わずか10秒。
その10秒間だけは、カールはどんな攻撃も受け付けない完全な無敵だ。
カールは飛んでくる剣戟も光線も一切気にすることなく、ただ一点、私のいる台座を目指して脇目も振らずに一直線に走り抜けた。
そして、息を切らしながら私の隣に滑り込むなり、台座に両手を叩きつけて叫んだ。
「待たせたな! さぁ、ミラ、一緒に唱えようぜ!」
私は力強く頷き、カールと声を合わせた。
「「テンパメントーーーー!!」」
私たちの声が重なった瞬間、台座から二つの相反する巨大なエネルギーの渦が立ち昇った。
「させんぞ! 貴様らごときに、神聖なる調律を邪魔されてたまるか!」
ゼノンは顔を真っ赤にして、発動されてしまったテンパメントの術式を強引にコントロールし、本来の目的である世界の切り離しへと向けようと必死にシステムに介入してきた。
だが、私とカールが同時に引き起こしたテンパメントは、同じ術式でありながら、完全に裏と表の相反する性質を持っていた。
私がゼノンの命令通りに世界を「放とうとする」テンパメント。
そして、カールが特異点としての運命の力で世界を「受け入れようとする」テンパメントだ。
この二つの力が次元の核で激しく衝突し、光と闇が混ざり合うようにして、互いのエネルギーを完全に相殺し始めた。
空間がぐにゃりと歪み、耳をつんざくような不協和音が城全体に鳴り響く。
やがて、集束していた莫大な『奇跡』のエネルギーは行き場を失い、霧散するように大気中へと散って消えていった。
世界は、何とか切り離されないまま、元の平穏な空間を維持していた。
「おのれ……。おのれ、おのれぇぇっ! ここまで来て、貴様らふざけるなーーー!!」
自分の何千年にもわたる計画が、下位の存在によって完全に粉砕された事実を突きつけられ、ゼノンは怒りに我を忘れて絶叫した。
理性を失ったエネルギー体のゼノンが、実体を持たないはずのその姿をどす黒く変異させ、鋭い爪を振りかざして直接カールへと襲いかかってきた。
「忌々しいセーズ・テラの小僧め! 貴様さえいなければ! 貴様さえいなければぁぁっ! ここで死ねーー!」
圧倒的な次元の重圧が迫る。
しかし、カールは一歩も引かなかった。彼は魔法の使えない拳を強く握り締め、目をカッと見開いて、突っ込んでくるゼノンを真っ向から迎え撃った。
「多世界を勝手にオモチャにしてきたお前らの遊びは、今日で終わりだ!」
カールは足を踏み込み、全身のバネを活かして、渾身の右ストレートをゼノンの顔面に向かって叩き込んだ。
「うぉぉぉぉぉっ! カール・スマッーーーシュ!!」
ドゴォォォォォォォォォッ!!
テンパメントで受け入れた「奇跡」がこもった拳。
その拳が激突した瞬間、ゼノンの顔面にひびが入り、エネルギーの体が内側から弾け飛んだ。
「ば、馬鹿な……この私が……ッ!?」
ゼノンの断末魔の叫びは、衝撃波にかき消された。
特異点の青年が放った、運命を捻じ曲げるようなその一撃は、高次元の存在であるゼノンのエネルギー体を、文字通り木っ端微塵に消し去ったのだった。
力の波は完全に収まり、金の城に再び静寂が戻った。
どうやら、テンパメントによる世界の切り離しは完全に失敗したらしい。
いや、そうではない。私とカールは、自らの手で「世界の分離防止」に成功したのだ!
私とカールは、台座の前で肩で激しく息をしながら、二人して見つめ合った。
緊張の糸が切れ、どちらからともなく自然と笑いが込み上げてきた。
「あははっ! 本当に、本当にやっちゃったわね!」
「へへっ、言っただろ? 俺の直感は当たるんだよ」
カールは自慢げに鼻の下をこすった。
私はそんな彼を見て、気になったことを口にした。
「ねえ、それで……最後のあの技、何なの? カール・スマッシュって……。すっごくダサい技名ね」
私の容赦ないツッコミに、カールは顔を真っ赤にして慌てふためいた。
「ち、違うんだよ! あれは子供の頃に、いつかビッグな男になったら使おうと思ってつけてた名前で……! いや、その、つい勢いで口に出ちゃっただけで……!」
必死に否定する英雄の姿がおかしくて、私はお腹を抱えて大声で笑った。
金の城に、ようやく心からの明るい笑い声が響き渡った。
◇ ◇ ◇
その頃、第一の世界アン・テラの中枢、世界防衛本部では激震が走っていた。
ゼノンが独断で進めていた世界切り離しが失敗したことで、セーズ・テラの魔界がアン・テラに直撃することが避けられない事態となったのだ。
最終的な緊急措置として、彼らはアン・テラを構成する一部である「霊界」を切り離し、それを迫り来るセーズ・テラの魔界にぶつけて相殺し、破壊することが決定された。
アン・テラはすでに極限まで科学が発展しており、今更霊力という不確かなエネルギーが失われたところで、人間の文化的な生活にはほぼ影響は無いと判断されたからだ。
とはいえ、一部の生態系や精神的な安定には少なからず影響が出る。
その甚大な被害と、独断専行で多世界を危機に陥れた責任問題の追及は、調律ショーの運営本部と、その直接の管理者であったゼノン、そして失態を犯したヴォルクへと容赦なく及んだ。彼らは即座に捕縛され、高次元の裁判にかけられた後、存在そのものを消去されるという極刑、すなわち処刑されることになった。
また、この一連の大事件を重く見たアン・テラの首脳陣は、長い間議論の的になっていた「他世界への娯楽としての干渉」について、最終的な決断を下した。
次元の狭間に起きた異常な波を完全に止め、今後一切の他世界への干渉を永久に凍結するという結論だ。
こうして、幾千年に渡って続けられてきたアン・テラの身勝手な他世界干渉の歴史は、ここに完全に幕を下ろしたのであった。
◇ ◇ ◇
ガンズ・テラを救ったあの日から、俺 は辺境にある『金の城』に住み着いていた。
見た目は黄金で眩しいが、構造は俺たちが長年暮らしていた銀の城と全く同じだ。
銀の城の生活にすっかり慣れきっていた俺からすると、この金の城のシステムや居住空間は、まるで勝手知ったる実家のような過ごしやすさだった。
事件の後、ミラからは「私の村に来て、一緒に暮らさないか?」と温かい誘いを受けた。
だが、俺はその申し出を固辞した。
なぜなら、俺を元の世界に帰すための唯一の希望である「次元の亀裂」が開くとすれば、この巨大な次元装置である城の近辺しかないだろうという直感があったからだ。
ミラは俺の意思を尊重してくれ、定期的に山を登ってやってきては、村の美味しい食べ物や手作りの差し入れを届けてくれた。
また、銀の城とは違い、この金の城の動力は未だに生きている。空調も効くし、水も出る。生活していく上で不便なことは何一つなかった。
もちろん、見知らぬ異世界でたった一人で生活するのは、時折ひどく寂しくなる。
だが、10歳の頃に洞穴に落ちて、たった一人でスライムを食って生き延びていたあの頃に比べれば、一人でいることには慣れたものだ。
俺はのんびりと寝転がりながら、いつか開くかもしれない次元の扉を待ち続けていた。
そして、その日は突然やってきた。
ゴゴゴゴゴォォォォォッ……!!
何処からともなく、空間を切り裂くような轟音が鳴り響いた。
普通の人間なら腰を抜かすような違和感と圧迫感だが、次元の狭間を何度も行き来してきた俺からすると、それはひどく聞き慣れた、心地よい音ですらあった。
俺はゆっくりと立ち上がり、テラスの前に出現した巨大な次元の亀裂を、静かに見つめた。
亀裂の向こう側から、懐かしい声が次々と飛び込んでくる。
「カール! 勝手に一人で危険な場所に行くなと、いつも口酸っぱく言っているだろう!」
「そうだよ、カール! また突然消えるなんて、僕たちがどれだけ心配したか……何やってんだよもう!」
「まったく。あなたという人は、本当に学習能力というものが無いのかしら? 迷惑をかける天才ね」
「ははは! テルト村の悪ガキだった頃から、お前のその無鉄砲なところは全然変わってないな!」
亀裂をこじ開けるようにして、そこから次々と懐かしい顔ぶれが現れた。
眉間にしわを寄せながらも安堵の表情を浮かべるエルウィンさん。
涙ぐみながら剣を握りしめているクレム。
腕を組んでツンとそっぽを向きながら、耳を赤くしているエルザ。
そして、大きな剣を背負い、豪快に笑っているジャック兄さんだ。
「ごめん、ごめん。急ぎで行かなきゃいけなかったからね」
俺は彼らの顔を順番に見渡し、心からの優しく晴れやかな微笑みを浮かべて、みんなを迎え入れた。
「さぁ、無駄話は後です。急いで帰りますよ。協力してくれた裏アン・テラの人の思念曰く、この亀裂はすぐに閉じてしまうそうですからね」
エルウィンさんが急かすようにパンと手を叩く。
俺は振り返り、数ヶ月を過ごした金の城を、そしてお世話になったガンズ・テラの空を最後に見上げた。
「これで、本当に全部終わったんだな……」
誰も悲しまない、誰も犠牲にならない、本当の平和。
俺が夢見たビッグな男の冒険は、ここでついに完結するのだ。
「帰ろうぜ、みんな!」
俺はそう高らかに呟くと、差し伸べられた仲間たちの手を取り、輝く未来が待つ俺たちの世界へと繋がる次元の亀裂へ、共に飛び込んだのだった。
〜完〜
今回で本当に最後です。
最後までご覧いただきありがとうございました。




