ボクとアイツら
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ボクの唯一の味方と言えたのが、主治医のホン先生である。ホン先生はボクに同情して、色々なことを教えてくれた。体力作りの件はもちろん、街にも連れて行ってくれたし、色々な人も紹介してくれた。ボク付きの使用人たちも、説得して味方につけてくれた。
しかもあの母も、ホン先生には逆らわない。どの医者もさじを投げたボクを、唯一診てくれたのが、ホン先生だったからだ。
ーーこうしてボクは、もどかしい思いを感じながら、少しずつ準備をしていった。
ボクが地道に体力作りに励んでいる間も、アンヌとあいつは定期的に会っていた。ボクも何度か様子を見に行ったけど、酷いものだ。
アーダルベルトは一方的に自慢話をするだけで、アンヌの話なんか聞きやしない。そのくせ無反応だと、「オレの話を聞いてないのか!」と怒鳴る始末。アンヌはそうした出会いを繰り返すうち、諦めたのか単に慣れたのか、彼とまともに話す努力をしなくなっていた。
そんなアンヌを見るのが辛くて、伯父さんにも度々苦情は入れたけど、全く取り合ってくれやしない。
しかも質が悪いことに、単純なアーダルベルトは、余計なことを言わないアンヌに気を良くし、アンヌもアンヌで我慢することには慣れているから、一見すると仲良くなっていったように見えた。
ボクもだんだん、アンヌが認めているならそれで良いような気もしてきて、でもやっぱり認められなくて……。
ーーそんな中、決定的な出来事が起きた。
「おい。お前、リオンか?」
アーダルベルトが、ボクに声をかけてきたのだ。
「……なんですか?」
「いや、しばらく会ってなかったから、誰かと思って。久しぶりだな」
「……お久しぶりです」
その頃のボクは体力作りが功を奏して、ふっくらとしてきていたから、以前と印象が変わっていた。それでも、「男の子」というには、華奢過ぎる身体ではあったけど。
「いや、見違えたな。今十二歳だっけ? アンヌより美人だな」
「……………………」
なんだ、こいつ。いや、わかってる。ボクを見るヤツの目付きを見れば。いや、でも……まさか。
「今度二人きりで話をしないか?」
ーーーーアホだぁぁぁ! 本物のアホだ、こいつ!! ボクを女だと思ってる! しかも口説いてきてる!
確かに、ドレスを着ていたボクも悪い。でも、長いこと我が家に来ていて、ボクの性別を間違えるなんて、本当に何も見ていないようだ。いくらなんでも、これはない。アンヌにすぐ報告した。けど。
「ごめんね、リオン。リオンが私のためを思って言ってくれたことは嬉しい。でも、お父様が決めたことだから……」
アンヌは予想以上に頑固だった。いや……もしかしたら、思考停止していたのかも知れない。なら、アーダルベルトがアンヌの婚約者にふさわしくないことを証明しよう。
ーーボクは行動を開始した。
こちらが何もしなくても、あいつの方から勝手にやって来る。後は、あいつの喜びそうな仕草やセリフを言うだけ。母と比べたら楽なものだった。そして……
「オレの婚約者にならないか?」
「でも……アンヌがいるでしょ? わたし嫌よ、第二婦人や愛人なんて」
「大丈夫。アンヌとは婚約破棄するよ。そうしたらリオン……お前と婚約したい」
「嬉しい!」
ボクはその日の夜、アンヌに言った。
「お姉さまの婚約者、わたしにちょうだい?」
……と。アンヌはあきれた顔をして、深いため息をついた。
「一つだけ教えて。……リオンの方から誘ったの?」
「ううん。あいつの方から」
「はぁ……わかったわ」
数日後、アンヌの婚約は解消された。ついでに築いた人脈を使って、あいつが「二股男」だという噂も流しておいた。それも徹底的に。「破棄」ではなく「解消」だったこともあって、世間の目は、アンヌに対して同情的なものとなった。
だから、アンヌの二人目の婚約者は、すぐに決まった。アーネストと名乗ったその優男は、一人目と違ってアンヌのことを見てくれる人物だと思った……最初は。
ある日、夜会で目撃してしまったのだ。
「アーネスト! あなた、家のために嫌々婚約したって、本当!?」
「あ、シェリー、えーと、それは、その……」
「かわいそうなアーネスト。ごめんね、本当はわたしと婚約したかったのに、わたしの家に力がないから……」
何だか修羅場が展開されていた。しかも。
「あら、シェリーさん? 聞き捨てならないセリフですわね。アーネストはわたくしと婚約したがっているのよ。でも、わたくしのお父様がお許しにならないから、仕方なく適当な家で済ませたと聞いたわ」
「……リリー様」
「そうですわよね? アーネスト?」
「えーと、その……」
新たな令嬢が登場。さらに。
「アーネスト! 婚約したって本当っ!?」
「メアリー! 君まで……」
……三人目の女まで現れた。二股どころの騒ぎではない。ボクは急いでヤツの素性を調べあげた。わかったのは、ヤツが貴族常識に疎いうえ、相当なヘタれである、ということだった。
アーネストは誰とも付き合っていなかった。でも、ご令嬢方たちは、付き合っていると思っていた。アーネストがお誘いを断らないからだ。ただ断れなかっただけなのに。貴族独特の言い回しに対して、無知だっただけなのに。
顔が良くて女性に優しいヤツは、結構女にモテた。そして、かなりの女性たちを勘違いさせていた。ヤツもヤツで、モテるのは満更でもないのか、真剣に勘違いを訂正していないように見えた。
そんな男と婚約してしまったアンヌは、社交界で苛められるようになる。ただでさえ、家で辛い目に会ってるというのに。最悪だ。
ボクが、どうしたら良いだろうかと悩んでいると、アンヌの方からヤツを紹介してきた。何でもヤツが「幻の令嬢」に会いたがったらしい。とんだミーハー野郎である。
ちなみに「幻の令嬢」とは、色々と暗躍しているうちに、ボクについたあだ名だ。ボクにとっては都合が良い噂なので、放置していた。確かその時は、「幻の令嬢は未来を見通すことができる」と占い師のように言われていたっけ。……現実的な予測の下、動いていただけなんだけどね。
ボクはそれを利用して、「アンヌに不誠実なことをすると、天罰が下る」と占ってやった。そうしたらヤツは面白いくらいに狼狽えて、女性関係の整理をし始めた。だけど今までが今までだから、なかなか上手くいかなかったらしい。そうしたら今度は何故か、ボクのご機嫌取りをして帰っていくようになった。……別にまだ何もしていなかったんだけどね。魔女か何かだと思っているんだろうか。
もちろん、アンヌにもヤツについては話した。けど「リオン、ごめんなさい。私にはもう次を探している時間がないの」と断られてしまった。なら仕方ない。後はヤツが自滅するのを待つだけだ。
その日は、わりと早く訪れた。ヤツの方から婚約破棄を申し出て来たのだ。「こんな中途半端な気持ちのまま、君を幸せにすることはできない」と最もらしいことを言っていたけど、ボクは知っている。
ーーヤツの家が、事業に失敗したのだ。
ミュラーリャ伯爵家と縁を結んだことで、調子に乗ったヤツの実家がやらかしただけなのだが、それをヤツは「天罰」だと思ったらしい。ボクに「もう祟らないでくれ」とか言ってきた。……失礼なヤツである。
ーーさて。
次こそ、アンヌにふさわしい婚約者を! と考えていたボクの所に、「侯爵と婚約した」との知らせが届いたのは、突然のことだった。伯父さんが勝手な行動をしないように、と見張っていたにもかかわらず、だ。妙なキナ臭さを感じたボクは、早速、侯爵を調べることにした。
普通に調べただけでは、侯爵はただ「婚約者に恵まれない不幸な人」としかわからなかった。でも婚約者たちが皆、婚約してから一年と立たず死亡しているのが引っかかる。しかも死因は全員、病死。
絶対に何かあると睨んだボクは、侯爵に近づいた。色々なことがあったが結論だけ述べると、ボクは侯爵に殺されかけた。侯爵は人体実験をする、マッドサイエンティストとしての顔があったのだ。今までの婚約者たちも侯爵が殺し、実家の力で隠していたに過ぎなかった。
男だったおかげで、命からがら逃げ出せたボクは、ホン先生を頼った。普通に侯爵のことを訴えても、どうせ握り潰される。それなら、異様に顔が広いホン先生を通して、握り潰せない人を紹介してもらおうと考えたのだ。
その目論見は当たり、侯爵は無事に逮捕された。
ーーそうして気づけば、アンヌは十八歳、ボクは十五歳になっていた。