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王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


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第67話 綴りを呼ぶ判

 朝の光が、書庫の段の上で乾いていた。夏の名残の熱は、まだ床の近くにある。起案が門を出てから、クロイスの朝は、返りの棚を確かめることから始まっていた。棚は、その朝も空だった。決まった順に机を回る紙の速さは、決まっている。まだ早い。そう数えられる速さだった。


 届いたのは、昼前だ。返りを待つ机に、紙が一枚、載った。


 照会の返りでは、なかった。判だ。綴りを、呼ぶ判だった。紙は上等で、判の朱は、まだ新しい。押されてから、日の経っていない判だった。


 文言は短い。落ちた席の摘発に係る処理の綴り、その原本一式を、上位に移す。理由の欄には、上位での保全、とある。移送の期日は、三日の後。回付の印は、決まった順に、隙なく並んでいる。書式は正しい。日付の欄も、宛の欄も、埋まっていた。


 判の出た高さを、クロイスは印の並びで数えた。落ちた席の、さらに上。綴りの上の縁に白いまま残る、あの線の、先の高さだった。


 これまで、向こうの手は、狭かった。役所の原簿を一枚、期限の廃棄で抜いた。控えを一枚、写しに差し替えた。狭く、正確に、一枚ずつ。今度は、違う。束ごとだ。呼ばれているのは、綴りの、全部だった。


 綴りには、下から積んだ判番号の控え、門を越えた許しの写し、上へ通した記録がある。落ちた席の欄の写しも、角の欠けた一枚も、上の縁の白い線も、読んできた順に綴じられていた。一つの判が、その束をまとめて呼んでいる。


 ◇


 局長ハーグレイヴが、段を降りてきた。判の写しは、局長の机も通っている。


 「読んだか?」


 「読みました」


 二人で、文言を端から読み直した。差し戻せる筋を探す読み方だ。宛の誤りを探し、回付の順に飛びがないかを辿り、判の高さと文言が釣り合っているかを量った。書式に欠けはなく、日付に逆行もない。一つずつ当てて、一つずつ、消えた。どれも、ない。判は、正しかった。


 「差し戻しは、同じ高さか、その上からしか、できん」局長が言った。「第二局の高さからは、この判に、届く紙がない」


 「偽の判なら、突けます」クロイスは言った。「印の癖。日付の逆行。経路の飛び。偽は、どこかで必ず紙に残ります。……この判には、どれもありません。正しい判です。正しい紙は、突けません」


 「広く掃けば、向こうも広く消す。昔、そう言ったことがある」局長は、理由の欄から目を上げなかった。「逆も、あってな。こちらの紙が芯まで届くと、向こうは、狭く抜くのを、やめる。中央の紙は、消えるときは、一度に消える。……束ごと、来たな」


 保全、と理由の欄にはある。保全と書いて、届かない高さへ引き上げる。書いた側の言葉は、紙の上では、正しいままだ。正しさの中身を確かめられる机は、あの高さには、ない。


 クロイスは、机の脇の綴りを、手前へ引いた。束の下のほうに、一枚、綴じてある。角の欠けた写し。死んだ手の癖から起こした、あの一枚だ。指の腹で、欠けた角を、確かめた。移せば、これも、届かない高さへ行く。番号を照らして辿った線の、いちばん下にあった一枚から、いちばん上の白い縁まで、束は、全部で一つの綴りだった。


 期日は、三日の後。クロイスは、その日付を、紙の速さで数え直した。王女の席へ出した照会が、決まった机を全部回って戻るには、三日では、足りない。最短の順で数えても、足りない。紙の速さを知っている側が、切った日付だった。


 「渡すのか?」局長が言った。


 「期日までは、こちらの棚にあります」


 返事の形は、していなかった。事実だけが、机の上にあった。局長は、判の写しを机に置いた。


 「三日で、読める紙は、読み切れ」段のほうへ向き直りながら、局長は言った。「上の急かしは、三日ぶんなら、俺の机で止まる。それより先は、止まらん」


 局長は、それ以上は言わず、段を上っていった。急かしを止める、というのも、紙の外の仕事だ。紙の外の仕事は、あの男の机でだけ、動く。


 ◇


 午後の書庫に、ライサがいた。机のこちら側の席で、判の写しを、黙って読んでいる。読み終えても、しばらく、何も言わなかった。


 「期日は、三日か?」


 それだけ言って、写しを机に戻した。戻す前に、机の脇の綴りの厚みを、一度、見た。読んだ、ということが、机のこちら側に残った。


 夕方の返りの棚も、空だった。王女の席へ宛てた照会は、まだ、決まった順に、決まった机を回っている。その経路を回り終えるより、消す手のほうが、早く動いた。文庫で聞いた言葉の形が、そのまま、この机の上にあった。返りが期日より先に戻る道は、この机からは、見えないように思えた。


 クロイスは、期日の欄を、もう一度見た。日付は、動かない。判は正しく、期日は正しく、呼ばれた綴りは、束ごと、正しく数えられている。正しさだけで組まれた紙が、机の上で、綴りの重さを量っていた。


 クロイスは、移管の書式の綴りを棚から出した。正規の移管には、渡す側の判、受ける側の判、移す束を一枚ずつ数える紙が要る。その紙の名も、書式にある。


 クロイスは、最初の一枚から、読み始めた。


 期日の日付だけが、机の上で、動かずにいた。


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