↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王立諜報局・第二局分析官  作者: どみさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/70

第46話 揃っているのに

 控えの束が、保管課から戻ってきた。一年分、領をまたいで取り寄せた、先渡しの控えだ。受付ごと、領ごとに分かれて綴じ直され、机に積まれている。棚から出し、束ね直したのは別の手で、クロイスは書庫を出ていない。戻ってきたのは、紙だけだった。


 書庫の机の上だけで動いていた紙を、初めて外へ出して、待った。その束が、いま机に戻っている。厚みは、出したときと変わらない。


 クロイスは、まず数を確かめた。請求した枚数と、戻った枚数は合っている。次に順を見ると、受付ごと、領ごとの並びも、請求した通りに揃っていた。一枚も欠けていない。数にも順にも、過不足はなかった。


 束を一枚ずつめくる。北東の領の控え、子爵の領の控え、その前の領の控え。番号も綴じ方も合っている。要の一枚も、束の中ほどに、ちゃんとあった。二つの日付を載せた、あの控えだ。額が先に動いた日付と、補填に化けた日付が、一枚に並んでいる。


 一見、揃っていた。請求した通りの数が、請求した通りの順で戻っている。量の中に紛れさせた要の一枚も、紛れたまま、束の中に残っていた。


 クロイスは、その要の一枚を、机の中央に置いた。


 受領印を見る。番号は同じだ。几帳面に角の揃った綴じ方の癖も、何度も机の上で見てきた、あの印のものだった。


 だが、右下の角の濃さが、ない。


 十年、同じ手が、同じ角度で切ってきた印。右下の角だけが、わずかに濃い。それが、この一枚にはなかった。番号も、綴じ方も、寸分たがわず同じなのに、右下の濃さだけが抜けている。


 クロイスは、新しく解いたわけではない。番号として記憶していた印の、右下の濃さを、戻ってきた一枚に照らしただけだ。


 念のため、束の他の控えを引いた。北東の領の受領印は、右下の角が濃い。子爵の領の控えも、同じように濃い。別の領の控えを何枚か続けて引いても、どれも右下の角に、あのわずかな濃さを残していた。同じ照合掛が切った印は、十年分の癖を、束の中にちゃんと並べている。


 濃さがないのは、要の一枚だけだった。


 同じ番号を真似て、同じ綴じ方をなぞって、別の手が切り直した写し。それが、束の中ほどに、一枚だけ混ざっている。他の控えは本物のまま戻し、要の一枚だけを抜いて、写しに替えてあった。


 クロイスは、要を量の中に紛れさせたはずだった。一年分の控えに混ぜて、束を全部読んだ者にしか、どれが結び目か分からないように組んで、外へ出した。だが戻ってきた束では、その一枚だけが、正確に抜かれている。束は散らされず、欠けてもいない。結び目だけが別の紙で塞がれていた。紛れさせた紙は、紛れたまま、見つけられていた。


 局長は、束ごと請求すれば束ごと消えることもある、と言った。広く掃けば、向こうも広く消す、と。だが向こうは、束を消さなかった。広く掃いた紙の中から、結び目の一枚だけを抜いた。広くではなく、狭く、正確に。クロイスが隠した一点を、隠した通りの場所で、向こうは見つけていた。


 これまで、揃っていれば、紙は通じた。番号が合い、日付が並べば、あとは読むだけでよかった。だが今度は、揃っているのに通じない。数も、順も、日付も、請求した通りに戻っているのに、束ねる結び目だけが、写しに差し替わっている。


 本物が抜かれ、同じ番号の写しが差し込まれていた。要が読まれる前に、だ。記録を読む側より、記録を作る側のほうが、一手、早かった。


 もう一度、同じ控えを請求することはできる。だが今度は、要の一枚だけを名指すことになる。どれが結び目かを、こちらから教えることになる。そして名指したところで、本物はもう束にない。抜かれた一枚は、二度と正規の手では戻ってこない。


 クロイスは写しを置いた。指の下の紙は、他の控えと同じ厚さ、同じ手触りだ。違うのは、右下の角の濃さだけ。本物とこの一枚を分けていたのは、その一点だけだった。向こうは、その一点だけを抜き、その一点だけを、写しで塞いでいた。


 誰が抜いたのか、いつ抜いたのか、どこで写しに替わったのか。それは、戻ってきた束のどこにも書かれていない。クロイスに分かるのは、一点だけだった。右下の角の濃い、本物の一枚は、もう束の中にない。


 いつもなら、欠けた一枚から次の棚を開ける。だが今度は、次の棚がなかった。要は一枚しかなく、その一枚が写しに替わっていた。机の上に残るのは、揃った束と、揃っているのに通じない、その一点だけだ。


 机の上には、揃った束が積まれていた。請求した通りの、過不足のない束。その中ほどに、右下の薄い一枚が混じっている。


 書庫の扉が開いて、ライサが入ってきた。椅子には手をかけない。


 「保管課で、人が一人、足りない」とライサが言った。「照合掛だ。今朝から、出ていない」


 クロイスは、机の写しから目を上げなかった。


 「番号は?」と訊いた。


 ライサは、少し黙った。


 「番号は、まだ確認中だ」


 それから、名だけを置いた。


 「ヨナス」


 クロイスの手が、写しの角の上で、一拍、止まった。


 右下の濃さのない印が、机の上にあった。同じ番号、同じ綴じ方。だが、その印を切っていた照合掛は、今朝から、保管課に戻っていない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。