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【完結】四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の偽恋人になりました〜  作者: 木風


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第三十六話 四国転生〜459通のお祈りメールから、旅館若旦那の本物の恋人になりました〜

正社員登用後、初めての出勤日。


肩書きは変わった。

契約社員ではなく、正社員。

せとうち四国広報局、愛媛担当SNS広報官。


そして、もう一つ。

曽我部亮平さんの、恋人。

……恋人。


あの、おんまくの日から……

おんまく。

本当に、それはもう色々とおんまくだった。


「美咲ちゃん、朝からにやけとるんよ」

「にやけてない」

「めちゃくちゃにやけとるんよ」

「ハツを取り出すわよ」

「正社員初日から物騒なんよ」


肩の上で、いよぴよさんが呆れたように羽を揺らす。

私は咳払いをして、スマホを開いた。

先日のおんまくの投稿を確認する。


屋台の灯り。

今治焼き鳥。

かき氷。

夜空に開いた花火。


それから、投稿には使わない写真


亮平さんと繋いだ手元。

浴衣の巾着。

花火の光に照らされた亮平さんのきれいな横顔。


私だけが見られる、非公開フォルダにそっと移しておいた。


愛媛担当SNS広報官として、伝えたいものはたくさんある。

けれど、伝えないで大事にしまっておきたいものもある。


SNSの反応は、とても好評で、今では、「取材に来てほしい」と依頼されることもあるくらいになっている。

コメントは相変わらず。


『若旦那、絶対好きじゃん』

『目が彼氏』

『もぐもぐ広報をめっちゃ餌付けするじゃん』

『愛媛、正社員登用しろ』

『若旦那、告白はよ』

『俺の元カノだと思ってたら若旦那の嫁だった』

『元カノの幸せが、俺の幸せ』


何も言及したことはないのに、なんでこんなにみんな勘がいいの!?

いや、最後のコメントに関しては、もはや誰目線なのかもわからない。


「美咲さん」


声に振り返ると、亮平さんが車のそばに立っていた。

今日はいつもの白シャツに、旅館の名が入った羽織。

何度も見てきた、若旦那としての姿。

それなのに、もう以前と同じには見えない。


旅館の若旦那。

取材先の案内役。

恋人役。


そして今は、本当に恋人。


「おはようございます」

「お、おはようございます」


普通に挨拶しただけなのに、少し照れる。

亮平さんはそんな私を見て、ほんの少しだけ笑った。


その笑い方が、もう以前よりずっと近い。

そう思ってしまう自分が、また恥ずかしい。


「正社員初日の予定ですが」

「はい!」

「まずは、今後の取材計画を立てましょう」

「いつも協力してもらって、すみません」

「いいえ。次はどこに行きたいですか?どこでもご案内しますよ」


行きたいところ。

まだ行っていない場所。

まだ食べていないもの。

まだ見ていない景色。


愛媛に来たばかりの頃は、何もわからなかった。

遠い場所だと思っていた。

知らない土地だと思っていた。

いつまでここにいるのかも、ここで何ができるのかも、何ひとつ見えていなかった。


でも今は違う。


ここには、まだ私の知らない美味しいものがある。

美しい色がある。

会ってみたい人がいる。

聞いてみたい話がある。

伝えたい言葉がある。


「かき氷と、流しそうめんが気になります!」


勢いよく答えると、亮平さんが少しだけ目を瞬かせた。


「食べ物からなんですね」

「夏なので!」

「いいですね」

「あと、川とか山の方も行ってみたいです。海も好きですけど、愛媛って山もきれいそうなので」

「では、次は少し涼しい場所にしましょうか」

「はい!」


夏の日差しに目を細める。

正社員初日なのに、もう次の取材のことで頭がいっぱいだ。

それが、なんだか嬉しい。


「暑くなりましたね。海に泳ぎにも行きたいです。プールもありですね」

「……水着ですか?」

「?水着じゃないと泳げなくないですか?」

「……ラッシュガード、ちゃんと着てくださいね」

「あ、はい。わかりました?」


なぜか亮平さんの声が少しだけ真剣で、私は首を傾げる。

肩の上で、いよぴよさんが得意げに胸を張った。


「四国転生、第二章開始なんよ」

「勝手に章立てしないで」

「まだまだ広報する場所は山ほどあるけんねぇ」

「それは、そう」


私はスマホのメモアプリを開く。


次に行きたい場所。

次に食べたいもの。

次に撮りたい景色。


思いつくまま、どんどん書き込んでいく。


かき氷。

流しそうめん。

山の清流。

夏の海。

秋の柑橘。

冬の温泉。

春の桜。


書けば書くほど、足りない。

半年では、全然足りなかった。

これから先も、たぶん全然足りない。


「亮平さん」

「はい」

「四国、思ったより広いですね」

「まだまだありますよ」

「困りますね」

「なぜですか?」

「帰る暇がなくなっちゃいます」


そう言うと、亮平さんは静かに私を見る。

それから、やわらかく笑った。


「では、ずっといてください」


心臓が、また簡単に跳ねる。

気持ちを伝え合ったばかりで、もう恋人役ではないのに。

それでも、亮平さんの言葉にはまだ慣れない。


慣れたいような。

慣れたくないような。


「……はい。まだまだ、食べたいものも、見たいものもありますから」

「僕も、案内したい場所がたくさんあります」

「じゃあ、忙しくなりますね」

「はい」


亮平さんが車のドアを開けながら尋ねる。


「今日はどこに行きますか?」

「かき氷も捨てがたいんですが……でも今日は、物件を見に行きたくて」

「物件?」

「はい。マンスリー、そろそろ出ようかなって。正社員にもなったので、ちゃんと借りようかと」


半年だけの仮住まいではなく。

いつでも東京に戻れるようにしていた部屋ではなく。

ここで暮らすための部屋を探す。

そう思っただけで、少しだけくすぐったくなる。


「……そうですか」

「はい!今度こそ駐車場付きで探そうかと」

「……そうですね」


亮平さんはハンドルにもたれかかりながら、私を覗き込むように見つめてくる。


「美咲さん。一緒に暮らします?」

「……はい?」


一瞬、何を言われたのかわからなかった。


「今、何て?」

「一緒に暮らしますか、と」

「えっ!?い、一緒に!?誰と誰が!?」

「僕と、美咲さんが」

「主語が明確になっても混乱が増えただけなんですが!?」


肩の上で、いよぴよさんが得意げに羽を揺らした。


「同じ巣に住めばええんよ」

「鳥基準で言わないでくれる」

「番やけんねぇ。『四国転生』第二章は同棲編なんよ」

「勝手に始めないで!」


亮平さんは少し笑ったあと、すぐに真面目な顔に変わる。


「1LDK……あ、美咲さんの仕事部屋が必要なので、二部屋はほしいですよね」

「亮平さん!?」

「もちろん、急にとは言いません」

「急です!かなり急です!」

「でも、僕は美咲さんと過ごす時間を増やしたいと思っています」


そういう言い方をされると、何も返せなくなる。

私だって、一緒の時間が増えるのは嬉しい……間違いなく……


「それに」

「それに?」

「美咲さんが一人で住む場所を探すとなると、たぶん僕はかなり口を出します」

「自覚あるんですか?」

「あります」

「控える選択肢は?」

「ひか、える?とは?」

「あ、なさそうですね……」


亮平さんの手が、私の頬を撫でるように触れる。


「あなたが帰る場所を探すなら、僕も一緒に考えたいんです」


帰る場所。

その言葉と手の温かさに、じんわり温かくなる。


半年前、私は愛媛に来た。

失業手当が終わりかけて、四百五十九通目のお祈りメールに心を折られて、怪しい内定承諾書に縋るようにして。


ここは、知らない土地だった。

仮の仕事で、仮の住まいで、仮の恋人役だった。


でも今は違う。

ここで働くことを選んだ。

ここに残ることを選んだ。

そして、この人の隣にいることも選んだ。


「……まずは、物件を見てからです」

「そうですね」

「……前向きに、検討します」

「お願いします」


亮平さんはいつも通り、ただ楽しそうに笑った。


「美咲ちゃんの『四国転生』は、まだまだ終わらんけんねぇ」


いよぴよさんが、私の肩で羽をばたつかせる。

私は笑って、スマホのカメラを起動した。

今日も、ここから始めよう。


食べて。

見て。

笑って。

悩んで。

誰かに届ける。


四百五十九通目のお祈りメールから始まった、私の『四国転生』。


剣も魔法もないけれど。

温泉と、鯛めしと、柑橘と、花火と。

少し胡散臭い広報神と、隣で笑ってくれる人がいる。


そして、これから帰る場所を探しに行く。

私の『四国転生』は、まだまだ終わらない。

最後までお付き合いありがとうございました。

美咲の『四国転生』いかがでしたでしょうか?

こちらは「じゆうに文庫小説大賞」の「せとうち作品部門」用に、愛媛・しまなみ・小豆島などを舞台に書き下ろしてみました。

読んでいる間に、少しでも「愛媛に行ってみたい」「瀬戸内を旅してみたい」と思っていただけたなら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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