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crescent  作者: Luna
第1章
20/22

9-2「猶予」

「静粛に」

 

 司祭の声が響き渡る。堂々たる足取りで歩み寄ってくる彼の後方には、案内をしていたシスターが変わらず涙を流しながら控えている。

 

「神聖なる神の御前に、退魔使の資格を剥奪されるべき者が紛れ込んでしまった。此の度は我々の不手際により、皆を混乱へと招き入れたこと、深く謝罪する」

 

 周りを見渡しながら、彼は続ける。

 

「与えられた力を持て余し、役目を果たさない者は退魔使には相応しくない。シスターウィロー、この者を外に」

 

 シスターウィローと呼ばれたその女は、「わ、分かり、ましたぁ…」と言うと、氷室さんの元へ歩いて行く。

 

「皆もこうならないように、日々精進していくのだ。役目を果たすものを、神は優しく見守って下さる」

 

 

 ゴミ、クズ、能無し、恩知らず、生きてる価値ない、○ね

 

 退魔使達の口から、容赦ない罵声が飛び交った。まるでノロイが纏う瘴気のような、嫌な空気が聖堂を包み込む。

 この場にいる全ての退魔使が、氷室さんに対して罵倒の言葉を投げつけている。月鹿は隣に座るエマを見る。彼女もまた、虚な瞳で氷室さんを見つめながら罵倒の言葉を唱えていた。


「エマ、エマ」

 

 月鹿はできるだけ他の者達と同じような表情をして、視線を氷室さんに向けたまま、長椅子の背もたれに隠れた位置でこっそりとエマをつつく。

 

「………あれ?あたし、今何を…?」

「そのまま、顔は彼らの方に。目線も動かさないで」

「え?あ、うん…」

 

 エマは戸惑いながらも、口だけで返事をする。

 

「大丈夫?」

「別に何ともないけど……あれ?あたし、今、なんて言ってた…?」

 

 みるみるうちに、エマの顔が青ざめていく。

 

「あたしも、みんなと一緒に…?」

「うん。突然、虚ろな目であの人に向かって酷いことを言い始めた。覚えてる?」

「…そうだ、急に乃亜のあのことが嫌になって、気付いたら…。あたしは何で、あんな…」

 

 

 出ていけ、出ていけ。

 退魔使達の放つ言葉が、ノロイのように響き渡る。

 

 シスターは、氷室さんの右後ろで緩く纏められた髪束を掴むと、そのままずるずると引きずっていく。

 

 

「待って!」

 

 不意に、声が響く。

 

「…何だ」

 

 司祭は表情を変えず、声の主--エマを見る。態度に表そうとはしていないみたいだが、その声はどこか不機嫌そうに聞こえた。聖堂中の視線が、月鹿の真横で立ち上がったエマの元に注がれる。

 

「チャ、チャンスをあげてみてはどうでしょうか」

 

「…チャンスとは、どういう事だ」

「そのままの意味です…!たとえノルマの達成が間に合わなかったとしても、彼女は今、ここに居ます!聖堂への侵入などという大罪を、神が見逃すはずがありません。それでも、彼女はここに来た。…それって、彼女は神に認められた存在だということじゃないんですか!?そうであるなら、我々が勝手に追い出す方が、よっぽど不敬にあたるのではないでしょうか!」

 

 胸の前で握った拳が湿っていく。震える唇を噛み締め、エマは司教をまっすぐ見つめた。

 

「はぁ…。エマ=ロビンソン、であったか。貴様、自らが誰に何を口にしているのか、理解しているのか?勝手も何もない。既にテンシ様より御言葉は賜っている。我らの言動は常に、その御意志のもとに在る。それすら解せぬとは……実に嘆かわしいことだ。--皆の者、そうは思わぬか?」

「待ってください」

 

 司祭の言葉に、月鹿の声が重なる。

 

「--。貴様は……」

 

 月鹿は立ち上がり、真っ直ぐ司祭を見据える。

 

「司祭様の仰る通り、我々が神の御意志に従うべき存在であることに、異論はありません」

 

 落ち着いた声音だったが、その一言で場の空気は一変する。

 

 いつの間にか、視線はすべて月鹿へと集められていた。

 

「ですが--だからこそ、一度冷静になって考えてみるべきではないでしょうか」

 

 月鹿は一瞬、氷室乃亜ひむろのあに目を向ける。しかしすぐに司祭へと向き直った。

 

「彼女は期限内にノルマを達成することができなかった。神は、働かない者を必要とはしない。だから魔法を取り上げる。その上、彼女は聖堂への侵入という大罪まで犯している。…それを神がお許しになるはずがない。--それもまた、事実でしょう」


「ならば--」

「ですが。たった一度の失敗だけで、立て直す機会すら与えずに切り捨てることが、果たして神の御意志に沿う行いなのでしょうか」

 

 ざわり、と空気が揺れる。

 

「役割を果たせない者を排除する。一見するとそれは、合理的に見えるでしょう。ですが、それでは何も解決しません。貴方達にとっては大勢いる退魔師のひとりなのかもしれません。ですが、その人にとっては違います。貴重な時間を割いて--その人をその人たらしめる、命とも言える大事な精神を削ってまで活動していたその時間を、人生の一部を。それを奪っておいて、使えなくなったら無慈悲にも切り捨てる。本当にそれで良いのですか?」

 

「神の御言葉を、深く考えもせずにそのまま受け取って……。あなた達は、そんな事で良いと本当に思っているのですか?神は働かない者を必要としていない。--それはつまり、働く者を必要としているということであって。働かない者を切り捨てたいわけではないはずです。一度心が壊れた者でも、生きているのならば正気に戻すことができる可能性があります。だから--」

 

 

「だからこそ。貴方たちが本当に成すべき事は、切り捨てる事なんかではなく、傷ついた心を癒し、再び役割を--ノロイを倒し、世界を浄化する一端を担えるように。退魔師として、神の役にたてるように。そう導くことではないのですか」

 

 

 冷静に、しかし口調は熱く。月鹿は司祭に、シスターに、ひいてはこの場にいる退魔師達を含む全員に、訴えかける。

 

 

「そして、そんな在り方を続ける神のことを、貴方達のことを。誰が好き好んで信仰すると言うのでしょう?」

 

「神のために命懸けで戦う退魔使のことを、たった一度の失敗で切り捨てる。使えなくなったらそれまでで、機会すらも与えてくれない。その後のケアも無しに、ただ見捨てられる。……そんな人達を、神を。誰が好き好んで信仰したいと思うんだろうね」

 

 月鹿は退魔使達を見渡しながら、言葉を続ける。

 

「別にこれは、彼女--氷室乃亜さん、でしたっけ。氷室さんに限った話ではないですよ。……ここに居る、あなた方全員の話です。勿論私も、エマも含んでいます」

 

 月鹿の声は静かでありながら、確かに聖堂全体へと広がっていく。

 

「次に切り捨てられるのが自分であったとしても。--それでもこの在り方が正しいと、そう言えますか」

 

 沈黙が落ちる。

 

 月鹿は最後に、真っ直ぐ前を--「儀式の間」のある方向を見据えながら話す。

 

「だからこそ、試すべきです。切り捨てるのではなく、これからも続けられるように--続けられるかどうかを、見定める為に。私はそう考えます。どうか、ご検討を。よろしくお願い致します」

 

 そこまで言うと、月鹿は深く頭を下げた。

 

 また、沈黙が落ちる。

 

「確かに…」

「ちょっと厳しすぎではあるよね…」

「ノロイの瘴気、ヤバイやつは本当にヤバイしな…」

「僕も今回は結構ギリギリで…」


 少しして、退魔使達が小さな声で話し始めた。ざわめきは広がり、大きなものとなっていく。

 

「………………はぁ」

 ざわめきが見過ごせないほどに広まった頃。司祭は小さく息を吐いた。

 

「なるほど…。口先だけの空論ではないようだな」

 

 彼の視線が、月鹿とエマの間を行き来する。

 

「だが--我々の規律は、軽々しく曲げられるものではない」

 そう言って、司祭は一歩前に出る。

 

「ゆえに、そなた達の望み通り、機会をくれてやろう」

 

 その言葉に、安堵の気配が広がる。

 

 

「星守月鹿、エマ=ロビンソン。お前達の手で、この者を立て直してみせよ」

 

 一瞬にして、空気が引き締まる。

 

「壊れた精神を引き戻し、再び“役割を果たせる状態”へと導くのだ。期限は1週間。それまでに、その者の聖典の色を鮮やかな赤色へと変えてみせよ。尚、これは達成に至らなかったこれまでの責務の不足分とする。達成できた暁には、1週間経過後に色を戻す。続けて、次の分の収集を開始せよ」

 

「勿論、次の授与式までに更なる成果をあげられなかった場合は、今回のような特例は認めずその場で資格を剥奪する」

 

 そこまで言うと、彼は僅かに口角を歪め、続きの言葉を言い放った。

 

「…ただし。成果は全て、この者が単独で討ち取ったものに限る。お前達が手を貸して討ち取ったノロイは、一切数えないこととする」

 

 退魔使達の間で、動揺が走る。

 

「無論、支援魔法による援助も禁ずる。これはかの者に与えられた試練である。他者の力に頼らずとも、単独で役目を果たせることを証明してみせよ」

 

 

「それが出来た場合にのみ--赦しを与えよう」

 

 誰もが沈黙する。

 

 次の瞬間、ざわめきが爆発するかのように広がった。

 

「そんな…」

「1週間で…?」

「無茶だよ…」

「あいつら、終わったな…」

 

 誰もが理解した。口では"機会を与える"なんて言っている司教だが、氷室ノアを救うつもりなど、はなからなかったのだ。ノルマ達成の条件は、魔石を100個集めること。1週間でノロイを100体倒すなんて、ほぼ不可能だ。--ましてや、こうしている間もずっと動かない、壊れてしまった退魔師ひとりでなんて。

 

「--っ、そんなの……!」

 エマの顔色が変わる。

 

「ひとりで、しかも支援も無しでなんて……そんなの、無理に決まって--」

「分かりました」

 

 真っ青な顔をしたエマの言葉を遮って、月鹿は受け入れる。

 

「ちょっと月鹿、本気?だって、こんなの--」

「大丈夫だよ」

 

 エマに優しく笑いかけて、言葉を続ける。

 

「条件は理解しました。--それで構いません」

 

 月鹿は一切の迷いなく、言い切った。

 

 

 ざわめきが、今度は別の意味で広がった。

 

 

 

 その後、司祭はざわつく退魔使たちを静め、残っていた者たちの授与の儀を再開した。

 先程までとは打って変わり、会場は不気味なほど静まり返っている。

 重い空気のまま授与式は終わり、司祭に促されるまま、皆は渋々と帰ってゆく。


 

「あ、あの~…」

 

「こ、こんばんは〜…」

 

 氷室乃亜の元まで行ったエマは、遠慮がちに声をかける。

 可愛らしいふわふわの衣装を身に纏い、緩やかに波打つ金色の髪を垂らした乃亜は、動く気配がない。


 痺れを切らしたエマは、耳に当てられていた大きなヘッドホンを軽く持ち上げる。耳元で呼びかけ、さらに目の前で手を振るが、反応はない。

 なんとか注意を引こうとするものの、その気配すら見られなかった。

    

「ど、どうしよう…」

 

 

「あの、この中に氷室さんの家が何処かとか、知ってる人はいますか?」

 

 氷室乃亜に声を掛けた少女達の元へ行った月鹿は、そう尋ねた。

 

「知らない…というか私達、あの子のことをたまに見かける事があったくらいで、それ以外の関わりは特に無いわよ」

「敵対してた訳ではないから、ボクやももか辺りなんかは、偶然出会った時なんかに一緒に戦うなんてこともあったけど…」

「そもそもあいつ、殆ど戦えないしな…」

 

 2人の少女と4人の少年は、困ったように顔を見合わせる。どうやら氷室乃亜は、同じ地区の退魔使たちともあまり交流がなかったらしい。

 

「そうですか…」

「…あ、高級住宅街の方に向かっていくのをよく見かけるから、そっち方面に家があるのかも。あっちといえば千隼くん、何か知らない?」

 

 ももかと呼ばれた少女が思い出したように呟いた。

 

「流石に家の場所までは分からないですけど…ただ、自分の住んでる北らへんで見かけたことはあまり無いので、あるとしたら南の高台付近か、もっと東に行った先か…て感じですかね」

「…それって、高根町方面ですか?」

「はい。今言った辺りはあんまり行かないから分からないんですけど、探してみたらあるかもしれないです。氷室って苗字はそこまでよくあるものでもないので、行ってみたら分かるのではと」

 

「ありがとうございます。探してみます」

「いえこっちこそ、はっきりとした場所を言えなくてすみません…」

「ふたりとも、頑張って。大変だと思うけど、応援してるよ!」

 

 彼らに例を言い、月鹿はエマ達の元に戻る。そして今聞いた事を彼女に伝え、今日はとりあえずもう帰ろうと説得する。

 

 

「今日は本当にありがとう。月鹿が助けてくれて、本当に助かった。あたしひとりじゃ、どうなってた事か……こんな我儘に付き合わせちゃってごめん。月鹿は忙しいだろうし、あたしひとりでも--」

「大丈夫だよ。口を出したのは私の勝手だし、一緒に頑張ろ。大丈夫、きっと何とかなるよ」

 

 目を伏せるエマに、月鹿は明るく言った。

 

「--ありがとう」

「とりあえず、明日からやっていくんだよね」

「うん。…どうしよう」

 

 エマの顔が青くなる。月鹿は大丈夫だからとエマに言い聞かせる。

 

「細かい事は帰ってから、メッセージでやり取りして決めよう。またね」

「そ、そうだね。また!」

 

 エマが正典に手をかざすと、白い光が溢れ出す。光が収まった時、彼女の姿は消えていた。

 

 月鹿もすぐ聖典に手を--かざさない。聖典を手に持ったまま、聖堂の片隅へと歩いていく。

 

 

「お待たせしました。話って何ですか?真歩(まほ)先輩」

 

 ふたつの人影は、聖堂の外へと歩いていった。

2026/5/31

司祭の表記を変更しました

変更前→司教

変更後→司祭

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