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crescent  作者: Luna
第1章
19/19

9-1「猶予」

「あ、おかえりぃ」

「うん、ただいま」

 

 戻ってきた月鹿は、そのままエマの隣に腰を下ろす。戻る途中で見えた黒いマントの集団は、相変わらず後ろの方で固まって座っていた。

 

「ふふっ」

 

 エマの口元が嬉しそうに緩む。

 

 

「帰ってからが楽しみだね!」

 

 月鹿も弾む口調でそう言った。




 この場にいる大半の退魔使が、授与の儀を終えた頃。月鹿達ふたりはやることもないので、そのまま座って雑談に華を咲かせていた。


「--それでさ。この間もちょっとコンビニに行っただけなのに、『家出る時はちゃんと伝えなさい!』て怒られて…。今までだって普通に外出てってたし、そんなこと言われたことなかったのに。そもそも、門限はちゃんと守ってんだよ?なのにこれって…ちょっと過保護すぎない?」

「あ、あはは…」

 

 エマは不満げな表情で月鹿を見る。

 

「しかもさ。言ったら言ったで、絶対に誰か付いてくるんだよ!ママかパパかおにい………母か父か兄が!!!あたしももう中2だよ?昼間にちょっとひとりで外出するだけなのに、大げさだと思うんだよね。ね、月鹿もそう思うでしょ!?」

 

 ぐいっと詰め寄るエマに、月鹿は軽く身を引きながら小さく頷く。

 

「確かに、昼間は別にいいかもしれないけど…それだけ心配されてるってことだと思うよ。最近は物騒な話もよく聞くし」

「それはそうだけど……。事件が起こるようになってからも、しばらくは何も言われなかったんだよ?」

 

 なのになんで急に…と愚痴る彼女に、月鹿は「そうなの?」と首を傾げる。


「うん。あたしの家、4人兄弟で下に双子がいるんだけど…ふたりとも難関中を目指してて、今年受験生なんだよね。親も兄もそいつらの世話で忙しくて…そのおかげで、あたしは結構自由に活動できてたんだけど……。本当に、何でだろう…」

 

 エマは顎に手をあて、唸っている。

 

「心当たりはないの?」

「それが…特にないはずなんだけど…」

「そうなんだ」

 

(…………)


「最近って、いつくらいからそうなったの?」

「え?それは…えーと…大体1ヶ月ちょいくらい前かな。授与式の案内が来た時には既に今の状態だったから…うん、そんなもん」

 

(…………)

「確かに最近だね。でも、仕方ないんじゃないかな。私達の住んでる所からは少し遠いとはいえ、1ヶ月半くらい前にもまたひとり見つかったんだし」

 

 5月21日、水無子市の中で最も栄えている地区にある高層ビルの屋根の上で、行方不明だったひとりの男性が遺体で見つかった。年齢は19。居なくなったのは4月末で、発見されたのはその約1ヶ月後。

 検死の結果、推定死亡時刻は失踪から1週間前後と見られている。

 行方不明になる少し前に誕生日を迎えたばかりの大学1年生で、周りの人間関係にも目立った問題はなかったらしい。

 

 一番の問題は、その死に様にあった。

 

 彼は、普通に考えて登れるはずの無い場所で死んでいた。

 それだけでも異様だが、体が綺麗に五等分にされていたという。しかも、縦向きに。

 専門家の話によれば、どんな凶器を使ったとしても、あそこまで綺麗な断面を残すのは殆ど不可能なことらしい。

 

 

 以前の月鹿ならば、この話の真偽を疑っていただろう。だが、その考えはここ1ヶ月の内に完全に変わってしまった。 

 

「確か、名前は…」

古川健人(ふるかわけんと)

「そうそれ。凄い、よく覚えてるね」

 

 月鹿の言葉に、エマは眉をひそめて小さく笑う。


「あはは……前の授与式で一回見てるから…。彼、かなり目立っててね…その時はただ、なんだか偉そうにしてる人いるなー、て遠くから思ってただけだったんだけど…まさか、あんなことになっちゃうとはね…」

 

「ということは、やっぱり彼も退魔使だったんだ。他の被害者達もそうなのかな」

 

 月鹿の言葉に、エマは「多分ね」と頷いた。

 

「前の授与式でも、ノロイに殺された子が連続殺人事件の被害者として名を挙げられたって話を聞いたから、他の人達もそうなんだろうね」

 

 時々全く関係ない人が亡くなったりもするけど、それもノロイによるものなんだろうね…とエマは悲しそうに目を伏せる。

 

「古川健人は結構強かったらしいけど、それでも負けるんだから、よっぽど強い相手だったんだろうね。…そんな危険なノロイ、絶対に出会いたくないけど…。1ヶ月半前のことだし、もう誰かが倒してくれてることを祈るしかない…んだよね…」

「そうだね」


 エマの言葉に、月鹿は頷く。今はまだ大丈夫だとしても、退魔使として戦っていく以上、気を抜けば彼の二の舞になりかねない。

 

「この街のノロイって、他と比べて強かったりするの?というか、他の街にもノロイっているよね?」

 

 殺人事件の話を聞くのは水無子市だけだ。他の街にいるノロイは、この街のものほど強くないのだろうか。

 

「いや、それが…」

 

 エマは周囲を気にするように視線を巡らせると、月鹿にだけ聞こえる声量でそっと続けた。

 

「他の街でも、ノロイの強さは水無子市とあんまり変わらないんだよ」

 

「そうなの?」

 月鹿も小声で聞き返す。

 

「うん。…そうだよ、ノロイの強さは変わらない。だから、考えてみればこの街で"だけ"事件が起こっているのは、おかしいはずなんだけど…」

「それって--」

 

 嫌な沈黙が流れる。

 

「ま、まあでも、偶然かもしれないし?たまたま、偶然、ノロイにやられてしまう人がこの辺りの地域に集まってたとかね。他の地域でも似たような事件が全く起きないかと言われるとそうでもないし、あたしらが気にすることではないのかも」

「そうだね」

 

 確かに、水無子市以外でも原因不明の悲惨な死を遂げる人はいる。けれどそれは極々稀な話であって、水無子市のように短期間でそう何度も起こる話ではない。

 

 …だけど。

 

『水無子市連続殺人事件の被害者は皆、ノロイに負けた哀れな退魔師達だった』


 きっと、そういうことなのだ。




「…そういえば、氷室(ひむろ)さん…」

「駄目だったんだろうね…」

「だってさ、前回の時点で既に…」

「そう言う割に、被害者にはなってないっぽい…」

「そもそも、ノルマを…」

 

 ふたりが黙ったことで、少し離れた所で話している人達の会話が聞こえてきた。

 

「-----」

 エマは悲しげに目を伏せる。その表情はどこか苦しそうだった。

 

「…大丈夫?」

 

 月鹿はエマの顔を覗き込むように見つめる。

 

「ぅえ?あぁ、うん。大丈夫大丈夫」

 

 エマは笑ってそう言うが、口角が上がっているだけで、その表情は曇ったまま。

 

「知り合い?」

「…誰が?」

 

 声を潜めた月鹿の問いに、エマは視線を逸らしながら聞き返す。

 

「あの人達が話してる人。確か、ひむろさん…?」

「…何でそう思うの」

「エマが悲しそうな顔をしているから。関係あるのかなって」

「--っ。そ、それは……」

 

 月鹿の予想は当たっていたらしい。エマは何か言いたげに口を開くも、ばつが悪そうに目を逸らした。


「ノルマが達成できなかったとしても、魔法が使えなくなるだけなんだよね?」

「それは…そうだけど」

「なら、きっと大丈夫だよ。その子だって、今は辛くてもノロイと会わなくなったら元気になるよ!」

 

 月鹿の励ましを受け、エマは少しだけ表情を和らげた。小さく微笑んで、「そうだね」と返す。

 

 

 

 パァァッ。

 

 ふたりが話していると、突然、大聖堂の前方から白い光が溢れ出した。眩い光が堂内を包み込む。

 

「な、何!?」

「………!?」

 

 光が治まると、その場所には一人の人影がしゃがみ込んでいた。その人はただ呆然と、何も無い虚空を見つめている。

 

「うぅ…。本当に、なんだった……の………………」

 

 目を開けたエマは、そのまま目を見開いて固まった。


「…エマ?」

「え?あ、あぁ、何?」

「それはこっちのセリフだよ…」

 

 

「氷室さん、久しぶりだねー」

「あなたが全然来ないもんだから、無理だったんじゃないかって心配してたのよ?」

「そうそう!」

 

 座り込む人物の元に、先程まで"氷室さん"について話していた一行が近づいていく。どうやら、あれが噂の氷室さんらしい。

 

「でももう上町区は全員呼ばれちまったけど…」

「なんとか頼み込んだら行けるかもよ!分からないけど!」

「私たちも一緒に頼むから、とりあえずシスターさんのところ行ってみようよ」

 

 後ろで渋い顔をする少年をよそに、ひとりの少女が氷室さんの手を取り引き上げる。その拍子に、氷室さんの手元にあった聖典がするりと地面に落ちた。転がった聖典の表紙に埋め込まれた石が、光を受けて鈍く光る。

 

「⁉︎」

 

 氷室さんの手を掴んでいた少女は、勢いよくその手を振り払った。

 

「ちょっとももか、どうしたの、って……」

 

 彼女の横にいた少女はそう言いかけたが、氷室さんの足元を見た途端、青ざめた表情で後ずさる。

 

 2、3歩下がったあと、彼女は小さく呟いた。

 

 

「この子、ノルマ達成してない…」

 

 

 一瞬、聖堂内の空気が凍りつく。しかしすぐに、ざわめきが広がった。先程までの明るい空気は消え、この場にいるほとんどの退魔使が、"氷室さん"を見ながらひそひそと何かを囁き合っている。自分が注目されていることにすらも気がついていないのか、当の本人は来た時と変わらない姿勢のまま、焦点の定まらない瞳で虚空を見つめていた。

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