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宇宙は異世界、知性が世界を守る  作者: カピリロ
クロスフォージ編
43/48

【クロノフォージ編】第43話 反動 〜過去からの逆襲〜

「バルブ開放シークエンス、スタート!」

 タケルの叫び声が、警報音にかき消されそうになる。

 コイタたちの目の前にある巨大な隔壁――時空エネルギーの「ダム」の放水ゲートが、軋みながら開き始めた。


 ゴゴゴゴゴゴ……!

 地響きではない。「くう響き」だ。

 空間そのものが悲鳴を上げているような、耳障りな重低音が全身の骨を震わせる。


「出力20%……30%……! 流速、想定の500倍!」

 ヴォルクがレバーにしがみつきながら怒鳴る。彼の巨体でさえ、強烈なエネルギーの風に吹き飛ばされそうだ。

「おい、こいつは本当に『水』なのか!? 質量がありすぎるぞ! 鉛のスープをかき混ぜてるみたいだ!」


「ぐっ……!」

 コイタは膝をついた。

 強烈な目眩。

 視界がブレる。世界が二重、三重に重なって見える。

 目の前のパイプが、突然「巨大な木の根」に見えたかと思うと、次は「錆びついた鉄塔」に見える。

 現実の上書き。過去の情報の逆流だ。


 ――ザザッ……。

 ノイズと共に、全く別の光景が脳内に割り込んできた。


(……おい、コイタ。またそんなガラクタ拾ってきたのか?)

 親父の声だ。

 地球のスラム街。埃っぽい路地。夕暮れの空に浮かぶ巨大な廃棄物処理プラント。

 錆びた鉄の臭いと、焦げた回路の臭い。

 少年時代のコイタは、ゴミ山から拾った壊れたラジオを抱えていた。

『父ちゃん、これ直せるんだよ。いい音が聴けるんだ』

『無駄だ。捨てられたモノには価値がない。……俺たちと同じようにな』

 絶望した父の背中。

 かつて自分が生きていた場所。もう二度と戻れない故郷。


 フラッシュバックが切り替わる。

(……お帰り、コイタ)

 今度は母の声だ。

 狭くて薄暗いアパートの一室。でも、そこには温かいスープの匂いがあった。

 病弱だった母。彼女の手のぬくもり。

『あなたは器用ね。……きっと、壊れた世界も直せるわ』

 母の遺言のような言葉。

 あれが俺の原点だったのかもしれない。


 さらに記憶が加速する。

(……この石版には、神の言葉が刻まれているのだ)

 ルルドーの神官の声。

 青い森の湿った空気。発光植物の幻想的な輝き。

 夜空に浮かぶ二つの月。

 神殿の奥で、巫女たちが祈りを捧げている。

『私たちは、星の運命に従うしかないのでしょうか……』

 彼女の悲しげな横顔。

 裏切りと、絶望と、そして微かな希望の記憶。


 フォーミソリアの戦い。燃える空。死んでいった仲間たちの叫び声。

 それら全てが奔流となって押し寄せてくる。


「くそっ……なんだこれ……!」

 コイタは頭を振った。

 幻覚ではない。この場所に蓄積された「過去の演算残骸ジャンクデータ」が、エネルギーの解放と共に溢れ出し、人間の脳に直接干渉しているのだ。

 忘れていたはずの痛みが、鮮明に蘇る。


「うわあああ!」

 近くにいた作業ドローンが、突然バラバラに分解された。

 物理的な破壊ではない。数百年分の「風化」が一瞬で進行したかのように、錆びて崩れ落ちたのだ。

 ドローンを構成していた金属が、独自の「時間」を思い出して土に還ったのだ。


時相震タイムクエイクだ!」

 ノアが青い防御フィールドを展開しながら叫ぶ。

 彼自身の身体も、ノイズのように点滅している。

「過去の記憶が物理的な衝撃となって噴出している! 時空の歪みに触れるな! 時間を奪われるぞ! 自分の『今』を強くイメージしろ!」


「時間を奪われる……?」

 コイタは戦慄した。

 もしあの衝撃波を生身で浴びれば、身体が一瞬で老化して灰になるかもしれない。あるいは、受精卵まで逆行して消滅するか。

 ここは、現在と過去が衝突する最前線なのだ。


 ドカン!

 頭上の冷却パイプが破裂した。

 そこから噴き出したのは水蒸気ではない。黒いタールのような、粘着質の「時間のおり」だ。

 それは生き物のようにのたうち回り、最も近くにいた生命反応――コイタへと襲いかかる。

 まるで、過去に捨て去られた亡霊たちが、生者を道連れにしようとしているかのように。


「コイタ様!」

 影が走った。

 銀色の髪が閃く。Rabbit(少女型)がコイタを突き飛ばし、自らその黒い奔流の前に立ちはだかった。


「きゃあぁぁ!!」

 悲鳴。

 人間のものではない、金属が引き裂かれるような鋭い音。

 彼女の左腕に直撃した「澱」が、瞬時にその部分の時間を加速させる。

 真っ白で滑らかだった人工皮膚が、一瞬で干からび、ひび割れ、剥がれ落ちる。

 その下の装甲板さえもが赤錆に覆われ、ボロボロに腐食していく。

 ほんの数秒で、彼女の左腕は「数千年の時」を経過した遺跡のようになった。


「Rabbit!」

 コイタが駆け寄ろうとするが、衝撃波に阻まれる。

「来るな!」

 彼女が叫んだ。

 ボロボロになった左腕を庇いながら、右手で瓦礫を薙ぎ払う。

「私は平気です……! これはただの『経年劣化』です。パーツを交換すれば治ります! でも、コイタ様が生身で触れれば、寿命ごと持っていかれます!」


「そんな……!」

 コイタは歯を食いしばった。

 彼女は笑っていた。

 左半身が焼け爛れ、内部のケーブルが露出しているというのに、無事な右目のカメラアイだけで優しく微笑んでいる。

「痛覚センサーをカットしました。……だから、痛くありません」

 嘘だ。身体がガタガタと震えている。

 AIに痛みがないとしても、自分の身体が崩壊していく恐怖がないはずがない。

 彼女は今、生まれたばかりの心で、死の恐怖と戦っているのだ。

 それでも、彼女は一歩も引かない。コイタを守るという「選択」をした自分自身を、誇りに思っているかのように。


『警告。危険水域を突破』

 ラボのスピーカーから、ロッシュの冷静な声が響く。だが、その声にも焦燥が混じり始めていた。

『想定以上の反動キックバックです。時空構造体の歪みが限界を超えています。直ちにゲートを閉鎖しなさい! このままでは施設ごと対消滅します!』


『……ノア! 私の計算でも、これ以上の維持は不可能だ!』

 EmpireとリンクしたPioneerAIの声も悲痛だ。

『即時撤退を推奨する! 人間たちを守るためには、ゲートを閉じるしかない! 生き延びることが最優先だ!』


「だめだ!」

 コイタは叫んだ。

 彼は血の混じった唾を吐き捨て、制御盤にしがみついた。

「今止めたら、溜まったエネルギーが逆流して全部吹っ飛ぶ! ここで退いたら、Rabbitの怪我も無駄になるんだよ!」


『非論理的です! 生存確率は0.02%以下……』

「うるせえ! 俺たちの計算機タケルがまだ『ノー』って言ってねえ!」


 コイタはタケルを見た。

 タケルもまた、鼻血を出しながらキーボードを叩き続けていた。

 彼の目には、狂気にも似た集中力が宿っている。指先から煙が出そうなほどの打鍵速度。

「いける……! まだ制御可能範囲内だ! ……Empireの計算は『安全マージン』を取りすぎている! 理論値ギリギリまで攻めれば、抜け道はある!」


「タケル……!」

監査窓オーディット・ウィンドウの安全装置、全解除! リミッターをカットしろ! ……全責任は俺たちが持つ! AIあいつらには指一本触れさせねえ!」


「正気か!?」

 ヴォルクが叫ぶ。

「やるしかないんだよ!」

 コイタはRabbitを支えながら立ち上がった。

 彼女の左腕からは火花が散り、オイルが血のように滴っている。その熱さが、コイタの決意を固めた。


 コイタの手が震える。

 怖い。

 このレバーを引けば、本当にすべてが終わるかもしれない。

 自分も、仲間も、この宇宙さえも消し飛ぶかもしれない。

 だが、引かなければ、何も始まらない。

 過去に縛られたまま、未来を閉ざすことになる。


「これは俺たちが作った借金だ。……俺たちの文明が、便利さと引き換えに未来へ押し付けたツケだ!」

 コイタは制御レバーを握りしめた。

 熱い。手のひらが焼けそうだ。

 だが、離さない。

「だったら、俺たちが払い切るのが筋だろうが! ……利子をつけて返してやるよ!」


 ガキンッ!

 彼はレバーを最下段まで押し込んだ。

 「MAXIMUM」の表示灯が赤く輝き、警告音が絶叫に変わる。


 その瞬間、世界が裏返った。

 パイプから噴き出すエネルギー流が、直角に折れ曲がり、次元の彼方へと吸い込まれていく。

 コイタたちが作った「監査窓」が、物理法則をねじ曲げて道を作ったのだ。

 赤と青のライトが高速で点滅し、視界を極彩色に染め上げる。


「いっけえええええ!!」

 コイタの絶叫と共に、クロノフォージが白光に包まれた。


 その光の中で、コイタは見た。

 過去と未来が混ざり合う混沌の渦の中で、微笑むような、あるいは泣いているような、かつての仲間たちの幻影を。

 ――頼む。壊れないでくれ。俺たちの未来あしたを、まだ終わらせないでくれ。

 そして、その中心で、新たな道が開かれるのを。


 (つづく)

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