第30話
1刻ほどして、船員に扮したクレール配下の忍が戻って来た。
クレールはサムに教えられた護身術をカオルと練習中だったが、手を止めてタオルで手を拭き、返書を受け取る。
「ご苦労さまでした。近くに控えていて下さい」
「は」
忍は訓練場の隅に戻って、スクワットを始めた。
クレールは返書の封を開け、ざっと読んで、もう一度読み直す。
「むうん・・・」
アルマダも素振りを止めて、汗を拭きながらクレールの横に並ぶ。カオルも返書を覗き込む。
「ううむ・・・」
「ううん・・・」
2人も唸る。主だった人物の名が書かれているが、錚々たる面子が揃っている。
日輪国国王、ノブヨシ=ヒラマツ。
王妃、ミカ=ヒラマツ。
第一王子、公爵、コウ=ヒラマツ。
第一王女、ヒツ=ヒラマツ。
貴族院議長、公爵、タツイエ=ヒラマツ。
貴族院議員、公爵、ノブヒサ=ヒラマツ。
陸軍大将、親王、アキト=アリミヤ。
海軍大将、伯爵、シキ=ハカヤマ。
外務大臣、公爵、サネミツ=ミスジ。
文部大臣、侯爵、ショウゴ=キノト。
陰陽頭、ハルオ=ツチカド。
これは『主だった者』であって、まだ大量にいるはず・・・
「参りましたね」
アルマダが難しい顔で文部大臣のキノトの名を指差す。
「この方が来るとなると非常にまずい」
「なぜでしょう」
「雲切丸。雲切丸だとは分からないでしょうが、コウアンの刀だとはバレますよ。この方は確かな目がある」
あ、とクレールが顔を上げて、
「そうでした。刀の鑑定は文科省の管轄でしたね」
アルマダが首を振り、
「いえ、そうではないです。キノト侯爵は、若い頃はサキョウ三傑と呼ばれた大剣客です」
「ええっ!?」
「ヤナギ車道流を6年。ブランクマインド流はたった1年で免許皆伝。まさに剣の天才です」
「たった1年で免許皆伝ですかあ!?」
「当然、刀を見る目もある。愛刀はミツキヨ。数打ちのキホ末期の物、600年、いや500年程前ですか。これらが山で投げ売りされていたのですが、その中から「ではこれを」と手に取ったのが、ミツキヨ注文打ちの逸品。凄い目利きです。一目で看破されますね。キホ物なら間違いなく」
「ひえー!」
「恐ろしい程に頭も回る。今の国王陛下が王座に立てたのも、このキノト侯爵の活躍があったからです。政治家になってからも、報道の推進、人材優先主義、憲法の改正、教育充実、法治主義の確立、資本主義の弊害対策、地方奉行所の制度改革、裁判制度の改革・・・上げたらきりが無い程の実績があります」
カオルも難しい顔で頷いて、
「絶対に味方にしておかねばなりませんね。不興を買えば雲切丸は没収されます」
「不興を買えば・・・いや、不興を買わずともやむなし、がありますからね・・・この方も刀好き。必ず見せてくれ、ときますよ」
「ううん、そうなると困りますね。ご主人様は断れませんし。無銘の方を差していくわけにも参りません」
「国の為であれば友でも斬ると言った方です。例え親密な関係となっても、油断は出来ないお方です」
はて。クレールが首を傾げた。
では陛下に気に入られているマサヒデはどうなのだ?
「あの、マサヒデ様は陛下に気に入られてそうですけど。それなら大丈夫では?」
アルマダが首を振る。
「関係ないですね。陛下の親友であろうと、それが国の為にならない者と見れば、この方は斬ります。まあ、マサヒデさんは魔王様の義理の息子です。殺せはしません。牢獄行き・・・いや、国外追放でしょう。魔の国に行って下さい、ですね」
「・・・怖い方なんですね・・・」
「ええ。恐ろしい人物です。例え陛下の不興を買っても国の為にならず、ときちんと理論立てて堂々とやるでしょう。この方は王ではなく国に仕える人です。それが国の為とあらば、王でも斬るでしょう」
「あ、そういうタイプの方」
このキノト侯爵にはどう対応したら良いだろう・・・
ううん、とクレールが腕を組み、
「まず、仲良くなる事は絶対ですよね」
「そうです。そして、我々も近付く事です。マサヒデさんだけでなく、レイシクラン家、ハワード家も仲良くなりたいですよ、味方に出来ますよ、と・・・マサヒデさんには大剣客キノト侯爵が来ると言っておけば、自分で勝手に近付いていきます。マサヒデさんと我々は国益に繋がる人物だと見られれば良い。そうすれば、雲切丸は見逃してくれる、かも」
「なるほど! さすがハワード様!」
「かもですがね。軍人はイザベル様に任せれば良い。陛下の一族、ヒラマツの方々と、アリミヤ様は親戚です。陛下と仲良くしていれば全員問題ないでしょう。外務大臣のミスジ公爵と陰陽頭のツチカド様は間違いなくクレール様目当てです。来たら任せますが、最重要はキノト侯爵。クレール様も刀好き、話題はいくらでもあります」
「はい!」
「マサヒデさんは余計な事をさせず、陛下とキノト侯爵とだけ喋らせておけば良いでしょう。そうすれば、割り込んでくる者はいないはず。よし・・・」
アルマダが顔を上げ、素振りをしているマサヒデの方を見て笑顔を作り、
「マサヒデさーん!」
は、とマサヒデが素振りを止めて歩いて来る。アルマダはにこにこして、
「マサヒデさん! 凄い方が来られますよ!」
「え? 誰です」
「あのショウゴ=キノトですよ!」
ん? とマサヒデが怪訝な顔をする。どこかで聞いた覚えが・・・
「キノト・・・キノト?」
は! とマサヒデが目を見開き、
「ええっ!? あのサキョウ三傑のショウゴ=キノト!? 剣の天才の!?」
「そうですよ! あのショウゴ=キノトです!」
「本当ですか!?」
「本当ですとも!」
おお、おお、とマサヒデが拳を握る。
「陛下が呼んでくれたんですか!?」
「そうですよ! ショウゴ=キノトは、今、文科省で働いてるんですって!」
「な、な、何と言う・・・知らなかった!」
働いているどころか大臣だが、予想通りマサヒデは知らなかったようだ。
マサヒデが興奮で身を震わせる。してやったり。
アルマダ、クレール、カオルが心中でほくそ笑む。
「明後日の晩餐会では、陛下とキノト様とだけ喋ってれば良いですよ! この2人なら、話してても誰も邪魔する者はいません!」
「なんて事だ・・・アルマダさん! 私、パーティーが楽しみになるなんて、初めてですよ!」
「やりましたね! 私も身が震えますよ!」
やった! やった! とマサヒデが拳を握る。この喜びようはどうだ。
アルマダとクレールが顔を合わせてにやりと笑った。
あとはマサヒデがうっかりを出さないかどうかだけ・・・
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そして晩餐会当日。
「まだですか!」
「もう少し待って下さい!」
マサヒデが部屋の外からドア越しに何度もクレールに声を掛ける。
「用意が出来たら行きますから! 待ってて下さい!」
んん、とマサヒデが唇を噛み、いらいらと廊下を行ったり来たり・・・
まだ未の刻(14時)前。
城までは真っ直ぐ行っても1刻(2時間)以上は掛かる。入城手続きなどで四半刻(30分)は掛かるだろうし、遅れるなど以ての外。会場は広い城内のどこか分からない。城内を歩くかもしれないし、早いに越したことはない。
ではこのくらいの時間か・・・と未の刻に出立と決めたが、大剣客が来ると聞き、マサヒデはもう待ち切れない。
「先に降りてますよ!」
「どうぞー! すぐ行きますから!」
すたすたと廊下を歩き、階段を下りて貨物室。昨晩のうちに組み立ててあったど派手なクレールの馬車があるが、今日は全く気にならない。馬房の前の船員に会釈して、愛馬の黒嵐の前に立つ。
「聞いてくれ! 今日、俺はサキョウ三傑のキノト先生に会えるんだ! すごいぞ! 剣の天才と言われたあのキノト先生!」
うきうき喜ぶマサヒデを見て、黒嵐も何か上機嫌になってきたようだ。
馬に向かって興奮して喋るマサヒデを見て、船員がくすくす笑う。
「お前もあの城に行けるんだぞ! きっと、他の貴族連中も派手な馬に乗ってくるけど、ビビらせてやれ! お前に勝てる馬はいないぞ! ははは!」
くるくると周りを見るが、まだ誰も来ていない。
「ううむ・・・ちょっと風に当たってくるか・・・興奮してるな、俺。焦って陛下に無礼な口でもきいたら大変だ」
貨物室から港に降りているタラップを下りて行くと、外にはラディが立っていた。
「おっ! ラディさん!」
あ、とラディが海からマサヒデに顔を向けた。
「マサヒデさん」
「緊張してますね? してますよね」
「はい」
「私もですよ! あのショウゴ=キノト先生に会えるんですよ!」
「・・・」
全然緊張しているように見えない。
「あの」
「なんでしょう」
「緊張しているというか、嬉しそうに見えます」
「それは勿論! 緊張より嬉しさが勝ってるんですよ! ショウゴ=キノト先生って、道場とかに居ないから、どこに居るか知らなかったんです! 会えるんですよ!」
どこに居るか知らなかった? ラディが首を傾げる。
ショウゴ=キノトは文部大臣ではないか・・・
「あの」
言いかけて、ラディが口を閉じた。
「なにか」
「あ、いえ。私、とても緊張しています」
誰もマサヒデに教えていないのだ。
教えておいた方が良いなら、アルマダやクレールがとっくに教えておいたはず。
まさかマサヒデが自国の大臣の名前も知らなかったとは思いもしなかった。




