1話(アリサ視点)
現実逃避がしたくて書きました。
全5話予定です。
毎日21時ごろ投稿します。
よろしくお願いします。
西の大国であるガイスト皇国の騎士団総長に嫁ぐため、私――アリサ・クオンはこれから二か月かけて西方にあるガイスト皇国へと旅立つ。
この船に同乗してくれたのは侍女一人と数名の護衛だけだった。彼ら彼女らは私を皇国へと送り届けたら、私を置いてすぐに帰ってしまうそうだ。私の身の回りの品も必要最低限だった。
そのかわり、この船には皇帝への貢物が大量に積まれていた。
別に父である国王から愛されていないからということではない。
姫であれば容姿や年齢は問わず、身一つで嫁いできてほしいと皇国側から要求をされただけのこと。
その要求に反しない形で、せめて皇国での私の扱いがよくなるようにと、父がたくさんの貢ぎ物を持たせてくれたのだ。
港には家族や臣民が見送りに来てくれていた。
船が港から離れていく。港にいる人々に手を振りながら、家族に想いを馳せる。
妹には泣かれ、もうすでに他国に嫁いだ姉からも心配の手紙が届いた。嫁がずとも国の要職につけることもできると、何度も兄や父から言われたが、特に優れた才能があるわけでもないので迷惑をかけるだけだ。もう二十二歳という年齢で嫁ぎ先も見つからず、いつかは出家するつもりだった。そんな覚悟を決めた私に、奇跡的に使い道が見つかったのだ。喜ぶべきことであると、誰よりも理解している。
私は見送りに来てくれた人々が豆粒のようになるまで手を振り続けた。
―――――
約二か月間の船旅を終えて、ガイスト皇国へと到着した。
私を皇国へ送り届けた船は荷下ろしを済ませると、侍女や護衛を乗せて早々に帰って行ってしまった。
ここからは私一人で乗り越えていくしかない。
どんな扱いになっても耐えて見せる。
私は微笑みの仮面を貼り付け、出迎えに来ていた人々のもとへと歩みを進めた。
出迎えの人の中にひときわ目立つ男性が立っていた。
美しい金の髪に、鋭い眼光の奥にはサファイアのような青い瞳がのぞく。体は筋肉質で、背も高く、まるで金獅子のような美丈夫だ。
私はその人から目を逸らすことができなくなってしまった。
彼の顔を見るためには、首が痛くなるほど見上げなければならない。
私はなんとか覚えたての言葉で出迎えの感謝とあいさつをした。
するとその男性は目を見開き数秒固まってしまう。
皇国語は儀礼的に必要なものを中心に覚えた。
日常会話も失礼にならない程度に覚えたが、我が国では使わない発声法がいくつかあり、まだ流暢に話すことはできない。挨拶を間違えてしまったのだろうか。
それとも、私のような貧相な身体で、目だけがギョロギョロと大きく、口も鼻も小さい醜女を見て、不快に思われただろうか。
少しの間が空いた後、彼は片膝をつき私に目線を合わせ、はっきりゆっくりと私が聞き取りやすいように皇国語で挨拶を返してくれる。
「ベルンハルト・シュタルクだ。シュタルク侯爵家の当主であり、この国で騎士団総長を任されている。会えて嬉しく思う。」
騎士団総長様自らが出迎えに来てくださっていたの?!
まさか婚姻相手自らがこんな小国の姫を迎えに来てくれるはずがないと思い込んでいたので少し混乱してしまう。
その後、騎士団総長様が何やら話していたが、早口すぎてほとんど聞き取ることができなかった。
ただ、彼が必死に何かを伝えようとしてくれていることだけは分かる。
そして、こちらに悪意がないことも伝わってくる。
好意を持ってもらえるとは思っていないが、信頼関係は築いていけそうだ。
そんな予感がした。
「馬車へお乗りください。私がエスコートしましょう。」
ふいに、ベルンハルト様の横に控えていた男性がクオン王国の公用語で私に話しかけてきた。
おそらく通訳であろう。その男性はひょろりと細く、子供に見えるほど幼い顔立ちだった。背もベルンハルト様の肩ほどしかない。なぜこの人にエスコートされなければならないのだろう。
どこか自信がありげなその態度に不快感を覚えた。
ベルンハルト様は何も言わずその様子を見ているだけだった。
表情からは何の感情も読み取れない。
ベルンハルト様以外の方にエスコートなどされたくはない。
「結構です。」
私はそう言って用意された馬車に一人で乗り込んだ。
ベルンハルト様は騎乗していた。
どうして、馬車に同乗してくれないのかしら?
この婚姻に後ろ向きであるという意思表示だろうか?
「ベルンハルト様…」
馬車の中で小さな声で呼んでみる。
すると、なぜか胸が温かくなるのを感じた。
―――――
皇宮のほど近くに建てられた大きな屋敷に馬車が止まった。
今日からここで過ごすのだろうか?
何の説明もないまま連れてこられたので、これからどうなるのか少し不安だ。
馬車から降りると、なぜか通訳の男が待ち構えていた。
通訳の男が私に手を伸ばしかけた瞬間、ベルンハルト様が私の肩を抱いて引き寄せる。驚いて彼を見上げると、彼は厳しい顔つきで通訳の男を睨みつけていた。
通訳の男はベルンハルト様におびえたように頭を下げながらも、ちらちらとこちらを見てくる。
なんなんだこの男は…
「ついてきてください。」
ベルンハルト様は私から離れると、そう言って歩き出す。
私はその背を必死に追いかける。歩幅の差がありすぎて普通に歩いては見失ってしまいそうだ。
通訳の男がベルンハルト様に何かしら耳打ちをすると、ベルンハルト様は歩調を緩めてくれる。
ベルンハルト様の気遣いを私は嬉しく思った。
しばらく歩くと応接室のようなところに到着した。
ベルンハルト様に促されるままにソファに着席すると彼は私の向かいに着席する。
通訳の男はベルンハルト様の後ろに立っている。
通訳の男を介して、ベルンハルト様からこれからのことについての説明があった。
ここはシュタルク侯爵家の屋敷で、これからここに住むこと。
半年間の教育期間を設けた後、婚姻式を行うこと。
三日後、皇帝陛下との謁見があること。
など、私が知りたかった情報が次々と伝えられた。
でも、私は話の最初に、ベルンハルト様が言った言葉が忘れられなかった。
『こんな年上の荒々しい男に嫁ぐことになってしまって申し訳ない。美しく若い姫にこんな男との婚姻を強いてしまうのは心が痛む。アリサ姫の要望は何でも叶える努力をしよう。ただし、皇国法に則り、不貞だけは認められない。気の毒だが…皇帝の決めたことは絶対だ。諦めてほしい。』
この言葉を聞いた時の私の気持ちが分かるだろうか?
嫁ぐ前から不貞したがっている不埒な女だと言われたようなものだ。
それに、どうして私がこの婚姻を嫌がっているように思ってしまったのだろうか?
挨拶の仕方が悪かったのか。ここまでの態度が悪かったのか。
私は言葉を尽くして、この婚姻を喜んでいることを伝えた。
ベルンハルト様の容姿も褒めた。
だが、それは全く通じていないようであった。
この通訳の男が悪いのではないか…そう思うほどに。
最後までお読みいただきありがとうございます。
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