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第六十一話 祭星(さいせい)

 結局なに一つとして未来へとつなげることが出来なかったという虚ろな想いに支配され、ほとんど意識の消えかけているシュヴァンレードの前に粒喰と時命が現れた。


「これが貴様に刻まれる結末で良いのか?」

「いいわけが……ない……!」

「そりゃそうだろう……あたしの測る時を捻じ曲げてまで生かそうとした女が死んだんだからね」


 淡々と問いかける粒喰に何とか語気を強める彼にへ、時命はからかう調子でもなく静かに言葉を投げる。


「これで恵みの地もおしまい。あとは粒喰が全てを喰らえば終わり、のはずだけれど」

「貴様が残響も実行者も倒したせいで、洗浄した後に世界を戻せなくなってな」

「……後悔はしていない……」


 レドたちには最後まで言えなかったが、残響を倒した時点でこうなるのは分かっていた。世界を再構成する権能もそれを動かす権能も失われて、新しい世界が定められるはずもない。しかし二人にそんな裏切りを働いていたにも関わらず、彼は強く違和感を感じるほど平静な心を保ち続けており、今に至るまでそれを理解できないままだった。


「そうだろうそうだろう……要するに、これもまた筋書き通りだったってことさ」

「何……?」

「次の世界など最初から無かった。分断され循環を失った世界を立て直すために、『彼』はここを零と定め直したのだよ」

「分断された歴史はそのままに改めてここから全てを始めたい。そういうことさ」


 二人の言葉にシュヴァンレードは消えかけていた意識をどうにか引き上げる。


「そんなことが……」

「だからこそ前の世界が『零の水面』だったのだ、星光よ」

「零になった大地に恵みを与え、人々が自ら世界を創るのを見守ることにした。しかし、それを行うにあたり彼は気配りを怠っていた」


 権能を与えた者たちをそのまま放置していた。彼らにも己の意思が伝わっているのだと思い込んで。


「しかし、実際には全く伝わっていなかった……実行者にもあたし達にも、単なる道具のままでいたあんたにもね」


 結果、今までと同じ繰り返しを続けるとばかり考えていた彼らはそれぞれの役割を果たすために行動を起こしたものの、望ましくない方向へと世界を導いていき、訂正も出来ぬまま歴史は打ち切られてしまう。

 それを確認した創世主は一計を案じ、次の世界を用意しているように見せかけながらそこにいかなる手出しもせず連絡を断ち、あくまで彼らが自主的に真相にたどり着くよう仕向ける。しかし、


「もっとも早く気づいて欲しかった実行者が最後までそれに気づかず、始源に下された『世界を動かす』という命令を実行し続けた」

「創造主が目指した恵みの地は自らの過去のせいで歪められていき、見過ごせなくなった彼は決断を下したのさ」

「過去の記録を反省し、今を正して未来へと人々を導く、と」

「ああ……そうか……」


 シュヴァンレードは自身を悩ませていた疑問の答えにたどり着いた。過去の記録者であったはずの自分がその大半を失って役割すら忘却していた理由を。

 『自由の荒野』が滅びて世界が入れ替わるとき、彼は創造主と一つとなる。過去を知りどこが失敗だったのかを探るため、星光の記録を吸収して得られた成果として創世主が選んだ歴史こそ零の水面と恵みの地に他ならない。

 反省のもとに本来は消される運命にあった一人の少女をあえて見逃し、過去と今をつなぐための標とした。彼女は過去を上手には引き継げなかったが、それでも少しずつ過去を超えて今に溶け込み、心を通わせる仲間を得て過去を今に明かし新たな地平を築こうとする。しかし、それに気付かぬままの実行者はその仲間の一人を依代として、過去の命令のままに世界を動かし淀みを洗浄するための工作を実行し続けた。再び過去を閉ざし待ち望んでいた新しい可能性をも摘もうとする実行者を止めるため、創造主は一度は一つとなっていた星光を分離させて命を救わせ、交信を絶ったはずの実行者に偽りの指示を与える。


「星光を人間に封じて、過去を消去せよ……そして役目を果たせ、ってね」

「身勝手な……事ばかり……」


 シュヴァンレードは嫌悪感を隠さない。好き勝手な振る舞いで世界と自分たちを振り回した挙げ句全てを滅ぼした実行者や創造主、いたずらに希望を示してレドやデスクスたちを動かしておきながら最後には死ぬことを防げなかった自分自身、真相に気づきながら何も伝えてくれなかった有権能者、そのすべてに絶望した。

 こんなことのために、そんなわがままのために数えきれない犠牲を生み出し続けてきた愚かさに、何故最後まで気づくことが出来なかったのか。彼が虚しさに抱かれて消えようとしたとき、小さくかすれた声が響く。


(行かないで……一人にしないで……)

(レド……様……?)


 その言葉に消えかけた自我が戻ってきた。


(あなたと……居たいの……シュヴァンレード)

(私は……)

(約束よ……死ぬ時は……一緒に……)


 はっとする。また忘れるところであった。自分には果たさねばならない使命が残されているではないか、と。



 レドを……護らねばならない。



 星光が使命を思い出したことを認めた粒喰と時命は静かに姿を消す。あとは新たなる創造主たちに委ねようと。


(私は……護れなかった……)

(ずっと……護ってくれてた……嬉しかった)


 創造主と一つになっていた彼は、彼女ともまた一つとなっている。だから、彼女にも今までの会話は聞こえていた。自責にかられ思い悩む彼に、自らも消えかけながら優しく慰める。


(悩まないで……苦しまないで……貴方は……優しい)

(ありがとう……レド……貴女も……また……優しい)


 二人は溶けて消えゆきながら願い合う。次に生まれる全ての命が、また少し優しくなれるように。世界に恵みがあふれるように。



 人に彩られた、自由な世界を夢見て。



 願いとともに消えてしまった創造主たちに、微かに意識を残していた実行者は最初で最後となる心からの言葉を贈っていた。


「願いを……かなえましょう……新たなる創造主たちへ……祝福……あれ」


 権限による呪いなどではない、本当の祝い。彼女もまた希望を祈り、消えていく。



 かすかに残された大地の上をリアリスは懸命に前へと進んでいた。地割れに飲まれかけた際の余波で左足に重傷を負い、立てない体を折れた槍で支えながらどうにか仲間たちと合流しようとするが緑豊かだった大地は変わり果て、どこへ行ったらいいのかも分からない。

 再び大地が大きく揺れ、杖替わりの槍も今度こそ使い物にならなくなり、彼女はそのまま倒れ込む。思わず決して見るまいと思っていた空を見上げると、そこにあったのは赤茶けた岩の塊。恐れていたはずのそれを何故かリアリスは穏やかに受け止めていた。


「……十分に頑張ったから? ううん、違う……それだけでこんなに暖かくはなれない……」


 今にも死のうとしているのに、まだまだやり残したこともあるというのに何に自分は安心しているのだろう。しばらくして彼女は一番納得のいく答えに辿りついた。


「……そっか……姉さんだ……姉さんは星になれたんだね……良かった……」


 その言葉を最後に恵みの地で最後に残った人間であるリアリスも意識を失い世界は沈黙に閉ざされる。そして、古びた恵みの地は新たなる恵みの地と重なり……。




 創世の再開は、何者にも等しく告げられた。




 どこともしれない木々の中で女は目を覚ます。周りには誰もいない。戦っていたはずの相手も、ずっと寄り添ってくれていた伴侶の気配も感じない。


 感じない。


 慌てて名前を呼ぶ。何度も何度も繰り返し、声の限りに呼び掛けるが応える声はない。そして何気なく見た自分の手がなめらかな白い肌に覆われているのを見て、事実を認めざるを得なかった。


 彼は、溶けてしまったのだと。


「何故なの、何故みんな私だけ残してどこかに消えてしまうの……?」


 長い旅の果てで、愛する人たちの全てを失い自分だけが生き残ってしまったという救われなさに彼女はその場で泣き崩れる。どうせもう誰も見ていないのだからと子供のように顔をぐちゃぐちゃにしながら大声で泣いていると、不意に横からパチパチと拍手が鳴り響く。


「待ってみるもんだな……貴重な光景を見せてもらったぜ」

「……?」


 にやにやと笑う黒髪の女の姿を認めて、それの意味するところがよく理解できずに泣くのも忘れて呆然となった。それに追い打ちをかけるように頭の中に声が響いてくる。


(姉さん……うるさい……もうちょっとだけ寝かせてよ……?)

「そんな……リアリス!」


 寝ぼけているような少女の声へその名前を呼んだ彼女に、黒髪の女は手を差し伸べた。


「見てみろよレダ……お前の望みは確かに叶ったんだ」


 誘われるままに少し先まで歩くと、そこには緑の溢れた穏やかな大地と、澄み切った青い空が何にも遮られることなく広がっていた。

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