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第五十七話 混乱

 エグザトスとドゥーリッドの境にある小さな平原でエグザトス軍とハウゼッツ軍が対峙していた。


「ハウゼッツ侯、遠路はるばるご苦労さまです」

「一応言っておいてやる。そこを退けラルフレート」


 ラルフレートの皮肉にグルーは無表情のまま最後通告をする。


「おや、我が軍だけでは物足りませぬか?」

「多すぎだよ。貴様一人で足りたものを」

「……私ひとりを殺せば事足りる、とお思いでしょうかね」


 なおも皮肉を言う彼に対してグルーは黙って腰に下げていた掌砲を持ち砲口を向けた。


「良い時代になったものだ。魔法などという迷信に頼らずとも、離れたまま確実に人を殺せる」

「それを言うのならむしろ今は末世でしょう。人が人を簡単に殺められるようになってしまった」

「良いではないか。人が何人死のうがいずれは新たな世界で生をやり直すのだ」


 約束された来世こそ真の祝福ではないのかね、と虚ろな表情で語り周囲にいる兵たちも静まり返っている。それを見たラルフレートは肩をすくめた。


「ならそれを放ってみてはいかがですか? 確かに胸を貫かれたのならば、私は死にますからね」

「それが遺言か。陳腐なものだな」


 グルーは言うより先に引き金を引く。何かが弾ける音の後に乾いた金属音が響いた。


「……銀、か」

「生まれてはじめて彼女から贈られたお守りですよ……次に会うときまでのね」


 鎧の下に着込んでいた薄い銀の衣をちらりと見やりながら苦笑いを浮かべる。これを託されたリュービスによるとその時のレドはとんでもなく嫌そうな顔をしていて「終わったら絶対に返してと言いなさいね」と何度も念を押していたらしい。

 どうやら死ぬまで許してもらえそうにはないようだが、逆に思い残りが少なくて済みそうだと気が楽になった。最後まで頑張って生きてみせて、とお願いされたようなものなのだから。


「くだらん小細工をする」

「小細工はあなたのお家芸でしょう? 今回もわざわざナイカ様をレドの始末に追いやって」

「適材適所というやつだ。ナイカは会戦に向いていない」

 

 貴様と同じで女しか見えていない、と完全に自分を棚に上げた発言をする。ほとんど自我の見えない状態であっても、地の性格を覆い隠すまでには至っていなかった。


「あなたの似非紳士ぶりには反吐が出ますね。これで楽にして差し上げましょう」

「貴様の偽善者ぶりにも飽いていたところだ。世界の新生の手向けにしてやろう」

「そうは行かない! 我々は最後まで諦めん! 攻撃開始!」

「……かかれ。皆殺しだ」


 両雄の号令のもと、戦いの火蓋は切って落とされる。



 それより以前、既にランブルックで鉄巨人二体と戦端を開いていたイヴネム軍は打つ手も見つからずに自領内まで後退を余儀なくされていた。その間にランブルック城は完膚なきまでに破壊され、行き場を失った民たちは巨人に群がるハウゼッツ兵の手で虐殺されている。


「……情けない。私の力はこの程度であったか」


 どうにか戦線を維持しながらもブレッカは己の力量不足を嘆いていた。ケイニアでの戦訓から急造した二枚重ねの盾を装備させ砲に対する防備を固めた上で挑んだのだが、業歪もそれを想定していたのか以前よりも砲の威力が高くなり二枚重ねでも耐えられず、また砲撃に巻き込まれながら襲いかかってくるハウゼッツ兵にも苦戦させられている。


「……だが、これ以上は引けぬ! 私の後ろには守るべき領民たちがいるのだ!」


 主なき民たちがただ殺されていくのを黙って見過ごすことしか出来なかった彼にとり、イヴネムとの境は死んでも守り抜かねばならない境界線だった。疲弊する兵士たちを鼓舞するべく前線に出る覚悟を固めた彼のもとに伝令が走り寄る。


「後方より我が軍とエスジータの旗を掲げた軍勢が近づいてきます!」

「何だと! アルジェナイトか!」


 彼はひとまず前線にいくのを保留して援軍の将を迎えるが、そこに居たのは意外な人物だった。


「アークト……!」

「無事だったかブレッカ。大分遅くなった」


 記憶を失い領内で療養していたはずの前エスジータ侯は昔の精悍な顔つきを取り戻している。


「大丈夫なのか、お前は……」

「なに、難しいことではない。息子たちに頼られ妻に一喝されては動かないわけにもいくまいさ」


 銀の悪魔に借りも返さねばな、とアークトは笑ってみせた。家族に激励されてもなお揺らいでいた彼の意識は、悲しみに満ちた声が心に響いてきたことで完全に覚醒する。これ以上の悲しみを今の世に繰り返させないという声はブレッカにも届いていて、旧友二人は意識を同じくして肩を並べた。


「相手は強大だぞ? どうするべきかな?」

「ひとまず陣を入れ替え、疲れていない我が軍が前に出よう。我々の攻撃の届かない場所が行くべき場所だ!」

「……単純だが、勇敢で確実な戦術だ」


 友の言葉に薄っすらと笑みを浮かべる。勇猛で知られるエスジータ軍を鍛え上げできた男は、自身も勇敢だった。アークトの護衛にと付けられてきたユーデが「ご命令を!」と促してくる。


「やり過ぎるなよアークト。兵を休ませたら我々も前に出る!」

「分かっているとも……子供たちの元へ行かせはせん!」

「アークト様、今こそ我らの力を見せつけましょうぞ!」


 ブレッカの部隊と入れ替わりで前に出たアークトの部隊は、難攻不落の鉄巨人に立ち向かっていった。



 イヴネムとランブルックの境から離れていない森の中で、辛うじて逃れてきた避難民をアルジェナイトの部隊が保護していた。


「……巨人が、巨人が、夢にまで……!」

「落ち着いて。あなたは皆に守られているわ……大丈夫」


 間近で巨人に親を殺され、怯えて抱きついてくる子供に動けないセノが優しく声をかける。小屋の周辺には同じように怯え絶望する人が後を絶たない有様であった。彼女は同じく呪いに侵された人々とともに、動けない体で意識を精一杯働かせ人々の心を癒やしていた。


「落ち着いた? 美味しい水でも飲んでゆっくりしようよ」

「うん……ありがとう」


 ひとまず泣き止んだ子供にイヴネム城下から移ってきたエーフェが声をかけて、肩を抱きながら奥の水場へと歩いていく。そこへ見回りをしていたセキトとアルジェナイトが声をかけた。


「母さん、少し休んだら? ずっと話しっぱなしじゃないか」

「そうも言っていられないわ。こんなにも助けを求める人が居るのに」

「しかし、重い呪いを背負っているあなた様ばかりに苦労を強いているようで……」


 息子の言葉にも苦労の影を見せず応じる彼女に、若きエスジータ侯は苦い顔を隠さない。民を守り和らぎを与えることこそが領主の務めだというのに、何ひとつそれを果たせていないのが彼には苦しかった。そんな少年の苦衷を察したセノは「あなた達こそ少し休みなさいね」と呼びかける。


「苦しいことは遠慮なく動ける大人に任せるのも子供の権利よ」

「そういうことさ。あたしみたいに倒れてからじゃ遅いからね」

「アルジェナイト様は真面目じゃのう……じゃが、それだけでは民を守る前に疲れてしまいますぞ」


 セノの後ろで彼女の介助をしているサアメと呪いの実相を確かめるために出向していたフルッケが大きく頷く。つい最近になってようやく立ち上がれるまで回復したサアメは、娘の友人の母親が背負う呪いに愕然とし矢も盾もたまらずに手伝いを申し出ていた。


「セノ殿もあまり疲ればかり溜めるのは考えものじゃぞ。呪いは心の奥底を突いてくる。弱った分だけより進んでいくんじゃからの」

「お気遣いありがとうございますフルッケ様。ですが今出来ることをしなければ後悔する……私はそう思うのです」


 言葉は強い。実際はもう口を動かすのも厳しい状態で彼女は既に自分の限界を悟っているが、その限界に至るまで生きるとも決意している。息子と、その善き師となってくれた女性が示してくれたように。


「あなたも無理してはいけないわサアメ。また倒れては本末転倒でしょう?」

「休む時は娘と一緒にと決めてるんでね。心配はいらないよ」

「そう……なら、私も少し休みましょうか。セキトとアルジェナイト様もご一緒に……」


 左右に分かれて座り込み、すぐにもたれ掛かって眠りについた子供たちの後を追うように、セノも僅かに意識を休めた。しかし息子と寄り添う彼女の体は小さく乾いた音を立て、その有り様を見たフルッケは湧き上がる無力感を押し殺して薬湯を準備する。無駄だったと悔やむのは後でもできた。



 人気のないエスジータの城で、留守を預かるエスジータ少将ラジェスタは、様子を見に来ていたイヴネム宰相のノイゲンと駒遊戯に興じている。


「良いのですかなノイゲン殿。このように遊んでばかりで」

「構いませぬよ。我が領にアルジェナイト様がおられる以上、あとはブレナム様に委ねておかなければ今後に差し支えます」


 相手の駒を倒しつつノイゲンは答える。イヴネム侯子ブレナムも既に十五を超えており、次期領主としての自覚の一つも欲しいところであった。いきなり大事を任せ過ぎなのは確かだが、それより年下のアルジェナイトが既に軍を率いるまでに成長していることを思えば、これくらいの荒療治も必要だと割り切っている。


「いつでも先を見据えるのが補佐役の務めと?」

「あなた様のような実直さも必要でしょう……ただ、諦めが良すぎますな」


 遊戯を詰みに持ち込み、老宰相はまだまだ経験を積み足りぬ壮年の将軍を諫める。


「あの御婦人の言うことは正しいと思いますぞ。生が尽きるその時まで命は続いておるのですからな」

「死して意味を追えなくなるまでは問いかけねばならない、ですか……我々よりも若い彼女はどこでそれを理解したのでしょうな?」

「さあて、それを知るためにも我々はまだしばらく命をつながねばなりませんぞ……もう一番、お相手をしましょうかな」


 やる気のノイゲンにラジェスタは苦笑いをしながら駒を並べ直した。城には最後まで残ることを志願した老兵たちしか残っておらず潰す暇には事欠かない。

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